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第5話 幼年学校③

 

 幼年学校では三年次から教養と魔力蓄積に加えて、魔力操作の授業が始まった。


 魔術師には、魔力量ももちろん重要だが——

 それ以上に重視されるのが、魔力操作の技術だった。


 魔力を自在に発現するには、まず“意図した形”に魔力を整える必要がある。

 火の玉を作るにも、風刃を放つにも、魔力を燃えやすい燃料や刃のような形に変え、魔術の“型”へと収束させていく工程が欠かせない。この魔力操作により詠唱の短縮、魔術の精度・威力が左右される。




「自分の中の魔力を……球にしてみなさい」


 そう言った教師は、椅子に腰かけたまま、生徒たちを見回した。


 教室は静まり返っていた。


 ほとんどの生徒が、目を閉じて集中している。息を潜め、額に汗を浮かべる者もいる。

 その中で、カイルだけは頬杖をついて、窓の外を眺めていた。


(球、ねぇ……)


 彼は軽く息を吐く。言われた通りに魔力を“球”にするなど、彼にとっては朝の挨拶より簡単なことだ。

 むしろ、どれだけ精密に、滑らかに変化させられるか——その方が、よほど面白い。


 カイルは魔力を収束させて球を作ると、それを細く伸ばして矢にし、さらにねじって槍に変える。

 形を保ったまま振動させ、まるで風のように揺らしてみせた。


 そんな“遊び”をしていることに気づく者は誰もいない。


 隣の席の少年が、苦しげに眉をひそめながら微動だにしない。

 おそらく、魔力を集めるだけで精一杯なのだろう。


 しかし、コツを教えたりすることはなかった。

 リリィの二の舞は嫌だった。最後のあの目が、カイルには忘れられなかった。


「カイル、どうだ。できたのか?」


 教師の声が飛ぶ。


 カイルはゆっくりと顔を上げて、曖昧な笑みを浮かべた。


「まあまあですね」


 教師は少しだけ目を細めて、それ以上は何も言わなかった。


 ——魔力操作は、魔術師にとって最も大切な基礎でありながら、“学園”の入学試験には含まれていない。


 理由は単純だった。

 他人の魔力操作を、誰も正確に評価できないからだ。

 魔力の流れは他人には見えず、感知する術もない。

 魔道具を使えば存在の有無と量はわかるが、操作された“形”までは読み取れないのだった。




 ◇




「はい、では今日は魔術革命について学習します」


 歴史の教師がそう言って教壇に立ち、黒板にチョークで文字を書きつける。


 その筆頭に書かれた名前は——グラヴェール。


 ざわめいていた教室が、徐々に静まり返る。


 教師は満足げに頷くと、指を立てて語り始めた。


「さて、皆さん。魔術というものは、ただ魔力を出せば発動するわけではありませんね。まず、魔力を“操作”し、そのうえで“呪文”を詠唱して初めて、火や水、風などの現象に変わるのです」


 生徒たちは神妙な顔つきで頷く。カリキュラムの中でも“歴史”は退屈だとされがちだが、この日は違った。


「ですが昔の魔術は、今とは比べ物にならないほど“遅かった”のです。詠唱だけで数分、長いものなら十数分というのもありました」


 ちらほらと驚きの声が漏れる。


 前列の女子生徒が小声で「そんなの使い物になんないじゃん……」と呟き、周囲がくすくすと笑った。


「そこへ現れたのが、グラヴェール公爵……いえ、その当時彼は公爵ではありません。伯爵家の子息、ルシアン・アルデリック・グラヴェールです!」


 教師の声が一段階高くなった。まるで英雄譚を語る吟遊詩人のような口調だった。


「彼は十歳にして呪文詠唱の工程を見直し、さらにはなんと“一言”だけで魔術を発動させることに成功しました。これを“短縮詠唱魔術”といいます。それまでのものは“長述詠唱魔術”と呼ばれるようになり、この世界から姿を消していきました」


 教師は手元の教科書を掲げ、生徒たちに開かせる。


「ページ二十四。そこに記述がありますね。そう、この長述詠唱から短縮詠唱への転換を“魔術革命”と言います」


「カッコいい〜!」

 生徒の声が飛ぶ。

 教師は咳払いして続けた。


「こうして効率化された魔術の研究が進めらていきました。ルシアンはこの偉業を認められ、公爵に叙され、初代グラヴェール公としてその領地に“学園”を設立しました。学園とは——」


 教師の声が熱を帯びる後列の窓際——


 カイルは、教科書のページを一枚、また一枚と静かにめくっていた。

 指先はページの上に浮いたまま、紙には一度も触れていない。


「学園、か。そこにいけば、楽しいのかな」


 そこでなら、思いっきり魔術が使えて、そして……。


 ——笑い合える友達が、できるだろうか。

 



 ◇




 カイルは、十五歳になった。


 幼年学校を卒業し、いよいよ“学園”に入る年齢だ。

 

 試験はある。大陸中から魔術の才能を秘めたものたちが集まる場だ。このカレスティナの幼年学校から、毎年合格者が出るとは限らないらしい。


 ——それでも。自分は学園に入るのだ。


 学園。それは、魔術師の卵が本格的に技術を磨き、身分や立場を問わずに力を競い合う場。


 ——どんな連中がいるのだろうか。会ってみたい。

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