第4話 幼年学校②
最初の授業は、魔術の基礎知識だった。
自分の中にある魔力を溜め、鍛えていくことで魔力量を増やす。
次に、その魔力を“形”に変える操作。
そして最後に――呪文を詠唱し、魔術として放つ。
その言葉を聞いた瞬間、カイルの中に衝撃が走った。
「……呪文? 詠唱?」
ぽかんと口を開けたまま、カイルは目を瞬かせた。
魔術とは、言葉を口にして使うもの――らしい。
だが、カイルはこれまで一言も発したことがなかった。
言葉などなくとも魔術は使える。そう信じていたし、実際にそうしてきた。
教師が続ける。
「なお、幼年学校では魔術の実行は一切禁止です。施設の安全のため、使用が認められているのは“学園”などの高等学校に入ってからです」
暴発の危険がある。だから施設が整った場でしか魔術の訓練は行わない――と、教師は強調した。
(マジか。むやみに使うのはやめておくか……)
——でも、バレなきゃいいんだよな?
一年目の授業は、魔術の基礎知識に加えて、魔力の蓄積に多くの時間が割かれた。
瞑想によって魔力を体内に蓄え、高めていくという訓練だ。
(赤ん坊の頃からやってたのと同じだな……まぁ、やって損はないか)
授業のあと、隣の席の少女が話しかけてきた。
茶色い髪を高い位置で二つに結んだツインテールが、肩のあたりでぴょこんと跳ねている。
小柄な体をほんの少し傾け、こちらを覗き込むようにしていた。
声は控えめで、おそるおそるといった様子だった。
「あの……カイル君、だよね?」
「ああ。で、君は?」
「リリィ。リリィ・セルファス。よろしくね」
「よろしく」
カイルはそっけなく応じた。
特に興味もなければ、愛想を振りまく必要も感じていない。
それでもリリィは気にした様子もなく、にこっと笑った。
(——あれ、この子、どこかで見たことがある)
「今日の授業、難しくなかった?」
「そうか?」
「うん……魔力って、流れたって言われたらそうかも? って思ったけど……ちゃんとは分からなくて」
「人によるんじゃない?」
「……そうなんだ。うまくできるといいなぁ」
言葉の最後は、かすかに不安げだった。
けれど、笑顔だけは崩さずに、小さくうなずいた。
(ああ……魔力検査のとき、光ったかどうか、はっきりしなかった子か)
「努力すれば、なんとかなるよね?」
その言葉に、カイルは少しだけ視線を外した。
「うん。たぶん、大丈夫だよ」
それから、リリィはことあるごとに話しかけてくるようになった。
「今日の瞑想、途中で寝そうになったよ〜」
「集中力、足りないんじゃないか?」
「えー、カイルは平気なの?」
「……まあ、慣れてるから」
「じゃあ、コツ教えてよ!」
笑って話す彼女は、いつも明るく、楽しそうだった。
授業のこと、魔力のこと、家のこと、くだらない話も多かった。
最初はうるさいと思っていたはずなのに、気づけば、彼女が隣にいるのが当たり前になっていた。
ある日、リリィが紙袋を差し出してきた。
「はい、これ。朝、焼いてきたの。ちょっと焦げちゃったけど……」
「……クッキー?」
「お母さんがね、お礼くらいしなさいって。……わたし、カイルにいっぱい助けられてるから」
カイルは黙ってそれを受け取った。
焦げた匂いの中に、懐かしいような甘い香りが混ざっていた。
「……うまいよ。ちゃんと焼けてる」
「ほんと? よかった……!」
その笑顔を見て、カイルは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
その日から、彼はリリィのことを「友達」と呼んでもいいと思えるようになった。
だけど。
その裏にある微かな不安に、カイルは気づいていた。
瞑想の後、深く息を吐く彼女の様子。
測定器の話が出たとき、一瞬だけ沈む目。
努力しても、足りないのかもしれないという予感。
それでも、リリィは頑張っていた。誰よりも真面目に、ひたむきに。
カイルは必死に励ました。
「大丈夫だよ、なんとかなるって」
それしか、方法を知らなかったから。
幼年学校では、一年の終わりごとに魔力量の検査が行われる。
その学年に応じた最低魔力量に届かなければ、退学となるのだ。
「カイル君、手を乗せてみて」
教師に言われ、針付きの装置を見た。
簡易型の計測器。とはいえ訓練した魔術師でも測れるくらいの、しっかりしたものだ。
「はいはいっと」
カイルが手を触れると、針は勢いよく右に傾き、やがて振り切れた。
さらに針の枠が膨張し、ぼんっ、と音を立てて破裂する。
「え?」
「ごほっ、ごほっ。先生、これ、不良品?」
教師は目を丸くしたまま、言葉を失っていた。
カイルは、もちろん合格だった。
廊下で、リリィとすれ違った。
「リリィ。どうだった?」
その問いに、彼女はカイルを睨むように見つめた。
涙をこらえるように、唇を震わせながら、ぽつりと呟いた。
「……大丈夫、って言ってたのに……」
そのまま、リリィは駆け足で立ち去った。
翌日。
教室に彼女の姿はなかった。
机の上にあったはずの荷物も、名前札も、すべて消えていた。
ぽつんと残された机だけが、彼女の存在をかすかに示していた。
カイルは、その席をただ、しばらく見つめていた。




