第2話 魔力検査
窓の外では、淡い朝の光が街を照らしていた。
カイルは、パンを口にくわえながら、どこか浮かない顔でテーブルに座っていた。
「カイル、ちゃんと食べてる? 今日は大事な日なんだからね」
母の声が響く。少し緊張しているのか、朝から声がやや高かった。
「食べてるよ。ほら」
もぐもぐと口を動かして見せると、母は半分安心したように息をついた。
「服も着替えてちょうだい。髪も寝癖が立ってるし……。はい、こっち向いて」
椅子に座ったまま、カイルはされるがままに髪を梳かされる。
鏡を見なくても、母が丁寧に整えてくれていることは、なんとなくわかる。
「父さんは?」
「朝早くから出てるわ。出荷の手配でね。今日のこと、ちゃんと伝えてあるから、検査が終わったら店に寄ってちょうだいって」
……やっぱり、今日は“特別”な日なのだろう。
六歳。
魔力検査を受ける年だ。
セレスティア王国では、六歳になると魔力検査を受けることが義務付けられている。
貴族でも、平民でも関係ない。
その素質が認められれば、七歳から王立の魔術幼年学校に進むことになる。
幼年学校は王都に本校があり、地方都市には分校が設けられている。
カイルの住むカレスティナにもその一つがあった。
この検査制度はセレスティア王国に始まり、今や大陸中の国で行われ、各国は魔術師の育成に勤しんでいるらしい。
「魔術師になれるかな」
「なれるわよ。きっと。カイルは小さい頃から不思議な子だったから」
母は笑ってそう言った。
(……たぶん、大丈夫だと思う)
カイルの中にある魔力がそっと動いた。
今、言葉も発さずに念じるだけで火でも水でも出せる。
カイルは立ち上がった。
新しく買ってもらった上着に袖を通すと、母が背中をそっと撫でた。
「さあ、行きましょう」
◇
春先のこの季節。
新年度が始まる前の王立魔術幼年学校カレスティナ分校では、一ヶ月ほどかけて、カレスティナ市を中心とする地域一帯の子どもたちを対象に魔力検査が行われていた。
カイルは、幼年学校の教室の一つにいた。
木造の古い校舎。淡い光が射し込む教室には、六歳の子どもたち二十人ほどが座っていた。
教室の後方には保護者たちが立ち並び、なかには両手を固く握りしめて祈るような姿勢をとっている者もいる。
(真剣だなぁ……って。母さんかよ!)
この検査に合格すれば、幼年学校への進学が決まる。入学することに拒否はできないらしい。貧しい家庭では給付金も出ると聞いた。
さらに希望すれば、“学園”への選抜試験を受けることができる。
そこで才能を開花させ、卒業すれば、晴れて「魔術師」となる。
魔術師となれば、一代限りとはいえ貴族の身分が与えられる。
多くは士爵止まりだが、稀に市民や平民から子爵にまで昇った者もいるという。
もっとも、学園だけが道ではない。幼年学校を終えた者の中には、治癒・衛生術師養成所や補助術師学校など、各種の専門学校へ進む者もいる。これらは貴族位こそ与えられないが、都市の医師団や職人ギルドに所属して高い収入と安定を得られる道であり、魔術師とは別の形で人々の尊敬を集めていた。
(母さん、貴族の話を聞いたとき、目を輝かせてたもんなぁ……)
カイル自身は、貴族になることに特別な関心はなかった。
だが——母が喜ぶのなら、それも悪くない。
「うわ、本気すぎ。どうせあんな親の子どもなんて不合格だろ」
どこかから声が聞こえてきた。母のことを言っている。そう感じたカイルは髪の毛が逆立つ感覚を覚えたが、父の顔が思い浮かんだ。
「言いたいやつには言わせておけばいい。男はな、背中で黙らせるものだ」
以前そう言った父の顔を、カイルは誇らしげに見ていた。
カイルはふう、と一息ついた。
壇上では、検査官らしき魔術師が長い説明を続けていた。
魔力とは何か、この検査の意義とは何か、そして魔術師として生きるということ——
ようするに、魔力“量”の検査ではなくあくまで素質があれば合格ということらしい。
(何のためにこんなに長い話がいるんだろう?)
カイルは思わずあくびをしそうになったが、ぐっと噛みころした。
ようやく、説明が終わり、試験が始まる。
やることは、ただ一つ。
前方に置かれた石のような装置に手を置くだけだった。
最初の子が石に手をのせた。
……反応は、なかった。
しばらく沈黙したあと、その子は小さく肩を震わせ、やがてぽろぽろと泣き出した。
後ろにいた保護者がすぐに駆け寄り、ギュッと抱きしめる。
母と子はそのまま教室を後にした。
次の子も、さらにその次の子も、同じだった。
ただ静かに手を置き、反応がないまま退出していく。
四人目。
その時、石がぼわっとやわらかく光ったのが、カイルにもはっきり見えた。
「これはすごい光だ。合格ですよ!」
試験官の声に、子どもは両手を高く掲げて飛び跳ねた。
母親が走り寄って抱きしめ、喜びの声を漏らす。
促されて退出するまで、二人はずっと抱き合っていた。
それ以降、カイルの順番が来るまで、石が再び光ったのは一回だけだった。
けれど、今度はカイルが見ていても、光ったかどうかははっきりわからなかった。
試験官がぽつりと「合格です」と呟き、子どもが小さく跳ねるように喜んだ。
その様子を見て、どうやら光ったらしいとカイルは理解した。
これまで十五人中、十三人が不合格。
案外、簡単なものではないらしい。
カイルはぼんやりとそう考えていた。
「君、早く手をのせて」
声に顔を上げると、メガネをかけた試験官がややせかすように言った。
「はいはいっと」
カイルは軽い調子で返事をして、石に手を置いた——その瞬間だった。
教室が、光に包まれた。
石そのものだけでなく、部屋全体を照らすような強い光が一気に広がる。
子どもたちも保護者たちも、思わず目を覆った。
「君! 手を離して!!」
慌てた声にカイルが手を引くと、光はすうっと収まっていった。
しん、と静まり返る教室。
全員が呆然と、その場に立ち尽くしていた。
「……合格?」
カイルが首を傾げて尋ねる。
「ご、ご合格です……!」
試験官は、ずれたメガネを直すのも忘れたまま、震える声で答えた。
「ふーん。じゃあ、こっちに行けばいいんだね」
カイルは両手を後頭部に組み、口笛を吹きながら歩き出した。
「まぁまぁ、良かったのかな?」
そう呟きながら、出口へ向かう。
母は持っていた鞄を落とし、慌てて拾ってカイルの元に駆け寄った。
その後、別の教室で「来年度の入学案内」と書かれた紙の束を渡された。
この日の合格者はカイルを含めて三人。
何やらいろいろ説明もされたが、内容はほとんど覚えていない。
——母が真剣に聞いていたから多分大丈夫だろう。
その日の夕飯は、びっくりするくらいのご馳走だった。
母はずっとにこにこしていて、父は「ほう」と一言だけつぶやいたあと、少しだけ焼き加減にこだわってステーキを焼いてくれた。




