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第11話 用無し女騎士

 第四試合場に立つ騎士科の生徒は、全部で十二人。そのうち十一人は、すでに初戦で敗れていた。騎士科は勝てば続けて試合に出場する「勝ち抜き戦」方式を取っているが、この試合場ではまだ成立していなかった。


 一方、魔術科の生徒は十三人。こちらは勝ち抜き制ではない。騎士科に勝ち続けてしまい、残りの魔術科の生徒が試合できなくなってしまうからだ。


 騎士科が全員試合を終えてしまい、余った者には、怪我のない騎士科の生徒が再び立たされることになる。


 この合同訓練の建前は、「剣と魔術、異なる武器を持つ者同士が戦い方を学ぶ」こと。しかしその実態は違う。魔術科の生徒たちは、「剣を持って突っ込んでくる敵」への対処法と、冷静に魔術を行使する訓練を積む場にすぎない。


 騎士科の生徒たちは、彼らにとってただの当て馬でしかなかった。これも、学園という一面であった。

 騎士が、魔術師に勝てるはずがない——その前提が、この合同訓練のルールに色濃く滲んでいる。


 セリスの名が呼ばれ、彼女が試合場に向かった時だった。

 試合場の外から、下品な哄笑が湧き上がった。


「おいおい、騎士様は人手不足か? 女まで駆り出すとはな!」

「これは珍しい、用無し“女”騎士様のお出ましか!」


 どっと笑いが広がる。魔術科の一部の生徒たちは、明らかに面白がっていた。


 セリスは試合場に入り、静かに木剣を構えたのち、対面に立つ魔術科の生徒へと一礼する。

 その所作に、からかいの声は途切れ、一瞬だけ場の空気が引き締まった。


「君、盾と兜は?」


 監督教師ガレン・ストームウィンドが問う。声には警告と配慮の色があった。


 セリスは首を振った。黒髪が揺れる。


「必要ありません。始めてください」


 その言葉に、ガレンはしばし沈黙したのち、黙って頷いた。


「始め!」


 マティアスは手を突き出し、迫るセリスに向けて詠唱した。


『Sora, Venta, Gustu, Fulu ——〈裂け、風よ、刃よ、鋭く〉!』


 空気が震え、風刃が迫る。観客が息を呑んだその刹那、セリスの体が流れるように動いた。


 脚を交差させながら身を捻り、風の軌道を見切ったかのように斜めに滑る。彼女の肩先すれすれを風が通り過ぎ、後ろで地面を裂いた。


 次の瞬間にはもう接近していた。


 マティアスが何かを言うよりも早く、彼の足が払われる。視界がひっくり返り、背中が地に落ちた。


 そして、冷たい木剣が首筋を制する。


「それまで」


 ガレンの声が、静かに響いた。


 騎士科の生徒たちは声も出せず、ただ呆然とその光景を見つめていた。


 魔術科の生徒たちはざわつき、顔を見合わせながら囁き合う。


「たまたま、避けれたんだよな?」

「偶然に決まってるさ」

「運が良かっただけだよ」


 セリスはマティアスに一礼し、静かに試合場の開始線まで戻った。

 表情に大きな変化はなかったが、その頬はかすかに紅潮していた。


「次! 魔術科Aクラス、クラウス・ディルモント!」


 名を呼ばれた痩身の男は、ビクリと肩を震わせた。先ほどまでのニヤけた表情は影を潜め、顔にはわずかな引き攣りが浮かんでいる。


 クラウスはチラリと一人の少年を見やった。金髪をオールバックにした鋭い目つきの少年、レイナード。だが、レイナードは腕を組んだまま、じっと試合場を見つめて動かない。


 試合場に上がったクラウスに対し、セリスは無言で一礼し、木剣を構える。

 クラウスは少しずれた眼鏡をクイと押し上げると、両手をセリスに向けて掲げた。


「始め!」


『Fara, Solu, Ignar ——〈火よ、立て、炎柱〉!』


 クラウスの詠唱が響いた瞬間、彼の掌から赤い光が奔った。セリスの足元から突如として炎が噴き上がる。渦巻く火柱は唸りを上げて立ち昇り、乾いた土を焦がす轟音と共に試合場を赤く染めた。


「三節だ!」

「すげえ!」


 魔術科の見学席から歓声が上がる。一方で、騎士科の生徒たちは息を呑み、その場に凍りついた。


 見学席の生徒の一人は驚きに目を見開き、思わず立ち上がる。


「火の魔術なんて、危険すぎる……!」


 だが教師たちが動く気配はない。試合は続行された。


 クラウスは歯を食いしばり、燃え盛る炎柱の維持に魔力を注ぎ込むように両手を突き出していた。顔には余裕の笑みが浮かんでいたが、額に滲んだ汗が、一筋、鼻筋を伝った。


 汗は笑みと裏腹に、必死さを隠しきれていなかった。


 そこに、クラウスの背後を冷たい風が掠めた。

 彼が気づいた時には、すでに遅かった。セリスは発火点を読んだかのように素早く後に下がり、炎の縁を駆け抜け、視線の死角から一気にクラウスの背後へと滑り込んでいた。


 ——クラウスは焦りながらも、反射的に左手を振り上げる。短く、急ぎの詠唱が唇から零れる。


『Rys, F——』


 チリっとした火花が生まれようとした、その瞬間。

 木剣の鍔が、その手首を叩き落とした。


 軽く、だが正確に。詠唱の音は途切れ、火は瞬きのうちに掻き消えた。


 セリスの木剣の切っ先が、静かにクラウスの首筋に当てられていた。


 黒の前髪がふわりと揺れる。

 炎の熱気が渦巻く試合場の中心で、セリスの瞳は凍てつくように冷たく光っていた。


「——まだ、やる?」


 クラウスは、右手を上げかけたまま硬直した。

 恐怖と屈辱がせめぎ合う顔。鼻先にずり落ちたメガネに気づく余裕すらなく、唇だけがかすかに震えていた。


「それまで!」


 ガレン・ストームウィンドの声が試合場に響いた。

 その一言で、結界内に張り詰めていた緊張が一気に解ける。


 騎士科の見学席からは、どよめきが巻き起こった。

 一方で、魔術科の生徒たちからはざわめきと不満の声が漏れる。


「何だよ、あれ……? 連勝だと?」

「クラウスがヘマしただけだ。詠唱、もたついてたじゃんか」


 セリスは木剣を静かに下ろし、黙ってクラウスに一礼する。

 そして何事もなかったかのように、開始線へと戻った。


 熱気の中にあってなお、セリスは静かだった。汗もなく、ただ沈黙だけがそこにあった。


 ガレンは今度も特に驚く様子も見せず、手元の紙に目を落とした。


「ふむ。魔術科は、これで全員試合を終えたか。……君、どうするね? あと一試合くらいなら、時間は取れるが」


 そう言いながら、ガレンはちらりと魔術科の生徒たちへ視線を向ける。


「希望者がいれば、受け付けよう」


「先生、俺が——」


 それまで腕を組んで黙っていたレイナードが一歩前へ出ようとした、その瞬間。

 セリスが先に口を開いた。


「カイル君を。カイル・クロウフェル君をお願いします」


 魔術科の一角がざわつき、見学席にもさざ波が走る。

 レイナードは静かに舌打ちをし、そのまま足を止めた。


 ——指名された赤髪の少年の口元が、わずかに綻んだ。

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