第9話 騎士階級
アストレイア家は、三百年前の〈対魔戦争〉で名を馳せた祖先を持つ、セレスティア王国の騎士階級の家柄である。
武門の誉れは高く、かつては剣聖をも輩出したことがある。誇り高き血筋だ。この国において「騎士」とは、下級貴族の持つ称号であると同時に、兵種としての呼び名でもある。
だが、その栄光の日々は、今や遠い過去のものとなっていた。
約二百年前。グラヴェール公による魔術革命が、騎士の時代に終止符を打った。
それまで長々とした詠唱を必要としていた魔術師は、戦場では騎士の護衛なしに戦えなかった。だが、詠唱の短縮が進むと、もはや剣や槍が届く前に、炎や雷で敵を焼き払えるようになった。
戦場は魔術師の独壇場となり、騎士は「時代遅れ」の象徴として蔑まれるようになったのだ。
ある高慢な魔術師が、騎士に向かってこう吐き捨てたという。
——「用無し騎士」
その嘲笑は、騎士階級の胸に、鋭い刃のように深く突き刺さった。
しかも皮肉なことに、騎士階級にはいまだ参戦義務が課されている。
魔術の才を持たなかった者は、魔術師の盾として戦場に立つしかない。
あの魔術師の言った「用無し」とは、実のところ嘘を含んでいる。使い道はまだあった。魔術師にとって騎士とは、便利な——いや、都合のいい“肉壁”であったのだ。
魔術師は高らかに呪文を唱え、騎士が血を流して死んでいくのを眺めている。
誇り高き騎士たちが、ただの盾として使い潰される現実。
それこそが“魔術革命”の、もう一つの顔だった。
セリスはアストレイア家の長女として生まれた。一人娘であり、兄弟はいない。
魔術師を一人も輩出したことのないこの家は、セリスに希望を託した。
幼い頃のセリスは、詩を愛し、静かに口ずさみ、時には木剣を手に、風と立ち合うように振るっていた。
その姿に、両親は天から授けられた輝きを見出した。この子こそは——と、祈るような思いで、期待の眼差しを向けた。
だが、六歳の魔力検査で下された判定は、あまりにも冷酷だった。
装置は一度も光ることなく、判定は“素養なし”。
信じがたい思いで、両親はさらに魔力計測を強く求めた。渋々、検査官は魔力量測定の魔道具を持ってきた。
だが、セリスの前では、針はまるで死んだように静止したままだった。
「素養なしでも、ここまで針が動かない子は初めてですよ……」
検査官の幼年学校の職員は、困惑した顔でそう呟いた。
たとえ素養がなくとも、魔力を知覚できない者でも、通常は微弱な魔力反応があり、針はわずかに揺れるはずだった。
セリスに魔術の素養がないという事実に、両親はひどく落胆した。
だが、それでも一人娘への愛が揺らぐことはなかった。
セリス自身は、魔術師になれないことも、魔力を全く持たないことも、さほど気にしていなかった。
もちろん、大好きな父と母を喜ばせたいとは思っていた。
けれど、彼女は手にした剣を見つめ、「これでよかったのだ」と心の底から思ったのだ。
十二歳の頃、地下室で埃に埋もれていたこの剣を見つけた瞬間、彼女の心は初めて熱く震えた。
スラリと伸びた銀の刃。花を模した古い紋様が刻まれたそれは、まるでかつての騎士の誇りを宿しているようだった。
柄を握ると、騎士の血が脈打つように感じた。
セリスは、何かを強く欲しがるような子ではなかった。
だが、この剣だけは違った。
何度も埃を払い、手に取り続ける娘の姿に、ついに父は苦笑しながら首を振り、剣を譲った。
「私は剣に生きる。この剣に、そう誓う」
セリスは静かに呟き、刃を見つめた。
幼年学校には入れなかったセリスは、アストレイア家が治める小さな村の私塾で一般的な教養を学び、下級貴族としての作法や立ち居振る舞いは、家で身につけた。
そして十五歳になると、騎士の叙任資格を得るため、進学先を選ぶ時期が訪れた。
セリスは、王国最高の魔術学校——「学園」の騎士科へ進むと決めた。
両親は反対した。学園は魔術師のための場所であり、騎士など「用無し」と軽んじられるのが常だったからだ。
だが、セリスは反論した。王都の騎士学校であろうと、高位貴族からの侮蔑は避けられないこと。
学園なら教育費と生活費が免除される——下級貴族にとって、それは無視できない利点だということ。
そして何より、「魔術をこの目で見てみたい」と、付け加えた。
母は、頬に手を当てて小さくため息をついた。
「この子は言い出したら聞かないから……」
そして、娘の意思を認めてくれた。
父は、最後まで渋い顔をしていた。
騎士科の生徒は四十八人。魔術科と違って他国からの入学者はおらず、全員がセレスティア王国の騎士階級出身だった。
その中で、セリスだけが唯一の女子生徒だった。
王国では女性の爵位継承も認められているが、実際には嫡男相続が慣例であり、一人娘の場合は婿養子を取るのが一般的だった。騎士には参戦義務があるため、家を継ぐ者が剣を取ることが求められたからだ。
入学から一か月。
セリスは毎夜、剣を構え、修練を欠かさなかった。誰に見せるでもないその姿勢は、黙々と積み上げた意志の証だった。
そして、魔術科との初の合同訓練の日が訪れる。形式は、一対一の模擬戦。
彼女はずっと、この瞬間を待っていた。
「さあ……奴らを、剣で倒す日が来た」
セリスは剣を握りしめ、静かに闘志を燃やした。彼女の黒髪が、月明かりを吸い込んだかのように、艶やかさを増した。
魔術師を剣で倒す。これこそが学園に来た彼女の、本当の目的だった。




