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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第5章 聖光の顕現、揺らぐ運命の座標

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第90話 すれ違う想いと、交わる決意

 「聖痕を解く術……それを探しに、聖教会の本拠地、聖都セラフィムへ向かう」


 そうレオニスが宣言したのは、診断の翌朝だった。

 決断は早く、準備も急ピッチで進んでいた。


 けれど、聖都までは馬車で一週間。

 険しい道のりのなか、ヴィスがこのまま耐えられる保証はない。


 「……この進行速度では、聖都に辿り着く前に、命の枷が落ちてしまうかもしれません」


 フィリオが冷静に言った。だが、その声の奥に滲む焦りに、ハルカの心臓がぎゅっと縮む。


 「止められる方法は……ないんですか」


 自分の声が少し震えていた。


 フィリオは一瞬、視線を伏せ——そして首を横に振る。


 「私は魔力干渉による治療や結界構築など防衛術を専門としておりますが……このような聖痕による呪的侵蝕は、専門外なのです」


 ——そんな。


 そのとき、ふと脳裏に浮かんだ。


(そういえば——以前、ライエルの腕も魔力毒に侵されていて……あのとき、ノアが……)


 あのときも、誰も治せなかった。けれど――ノアだけが、進行を止める術を知っていた。


 (ノアなら、何か手がかりを――)


 

 * * * * * *


 

 「すみません、今すぐ王都の魔導研究所と通信を繋いでほしいんです」


 通信班の魔導士に駆け寄り、事情を話す。


 「研究所?……可能ですが、相手先の同意が要ります。こちらで回線を開きますので、お名前を」


 「ノア=アルフェリア。魔導研究所の主任研究員です」


 その名を聞いた瞬間、通信班の魔導士が一瞬目を見開いた。

 「……あの、青の魔導士ですか。了解。すぐに繋ぎます」


 数秒後、魔導端末が微かに輝いた。


 「接続します――」


 やがて、柔らかく落ち着いた声が、端末越しに響いた。


 『……やあ。久しぶり。君が僕を頼ってくれるなんて嬉しいね』


 音声の端に、わずかに笑みを滲ませながら——

 

 『……ラブコールじゃなさそうなのが、残念だけど?』


 懐かしい声に、胸が熱くなった。

 ノア。ずっと会いたかった人。今すぐ駆け寄って、安心させたい。でも——。


(今は、それどころじゃない)

 

 通信の向こうに、ノアは視線を巡らせる。

 端末越しに、レオニスとフィリオの姿が映るのを見て、彼の表情が微かに変わった。

 『……何か、あったんだね』

 

 声が震えないように、ぎゅっと歯を噛みしめる。

 「お願い、ノア。こっちにいる仲間の一人が聖痕に侵されてて……このままだと、聖都に着く前に命が危ないの」


 『なるほど。それで、専門家を呼んだわけだ』


 ノアの視線が端末の向こうで動いた。

 

 横にいたフィリオが一歩進み出る。


 「……失礼します。こちらからも一点、確認を。

  フィリオ=セリオスと申します。魔導防衛を担当している者です。」


 フィリオが通信に向かって、丁寧に名乗った。


 『……フィリオ=セリオス? ああ、多層展開の論文を書いた。……なるほどね』


 「恐縮です。私も貴方の“魔力構造の逆転写理論”には感銘を受けました」


 ノアが軽く目を細めた。


 『それは光栄だ。こちらも、“圧縮魔導結界の多層展開”論には感心したよ。——それで、状況は?』

 

 「症状は聖痕の発現から三日目。魔力流の逆転が見られ、干渉率が倍増しています。再侵蝕のリスクが高まっている状態です」


 『ならば、対処法はひとつ。応急処置として魔力逆圧封鎖を施す。封印の波形を逆流させて干渉の発火点を鈍化させるんだ』


 「理解しました。術式は?」


 『送る。五式、圧縮構成で』


 端末に、複雑な術式結界図が転送される。


 「……なるほど。この調整であれば、移動を含めて一週間は耐えられるはずです」


 結果、フィリオは応急処置の具体的方法を把握し、ヴィスの元へ急行した。


 ハルカは端末を見つめたまま、ぽつりとつぶやく。


 「ノア……ありがとう。……本当に、ありがとう」

 

 ハルカが息をついたそのとき。

 ノアの声が、ふと、鋭さを帯びる。


 『こうして通信できているってことは……沈黙の帳は?』


 その問いに、横にいたレオニスが口を開いた。


 「王妃軍との戦闘で損壊した。今は仮の結界で持たせている」


 『そんな……戦闘があったなんて……君は、無事だったの? また無茶はしてないだろうね?』


 「……それは」


 言い淀むハルカのかわりに、レオニスが一歩前に出る。


 「……すまない。君が預けてくれた彼女を、危険にさらした」


 素直な謝罪に、ノアの目がわずかに細まる。


 『……僕は、君になら託せると思っていたよ。

 あのとき、あの里に——この子を預けたことを、後悔してなかった。……でも、もしまた彼女が……』


 語尾がかすれ、通信にノイズが混じる。


 『……いや……違う。革命軍に預けた時点で、敵対勢力との交戦は予測できたはずなのに……』


 ノアの声音には、苦いものが滲んでいた。

 革命軍に預けた時点で、敵対勢力との交戦は予測できた。

 けれど——彼は信じたのだ。彼女が、ここなら守られると。

 それが甘かったのだとしたら……。

 自分の判断が、また彼女を危険に晒したのだとしたら——。


 (……何をやっているんだ、僕は)


 レオニスが口を開く。

 「——君の気持ちは、わかる。

 だからこそ、俺が彼女を守る。……絶対に、誰にも傷つけさせない」


 その言葉に、ノアはわずかに目を伏せ、しばし沈黙した。

 やがてふっと息をつき、ほんの少し笑みを浮かべる。


 『……君が彼女のそばにいるなら、それでいい。けど——ちゃんと守って。……頼むよ。彼女は、君の手で壊してはいけない人だから』


 レオニスの目がわずかに見開かれた。

 その言葉の重みを、深く、静かに受け止める。


 『……それじゃあ、僕も——できることをやるよ』


 * * * * * *


 通信が切れたあと、ハルカはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 肩を、そっと叩く手がある。レオニスだった。


 「……ありがとう、って、俺が言うべきなのかもしれないな」


 ハルカはうっすらと笑って、静かに頷いた。

 その横顔には、ほんの少し、涙が浮かんでいた。


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