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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第5章 聖光の顕現、揺らぐ運命の座標

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第87話 封じられた空間

 数日後の昼下がり。


 見張り台のそば、帳の展開炉周辺では、いつものようにヴィスが魔導機器の調整作業をしていた。


 「……このバランスだと、長期展開で歪みが出る……やっぱ補助魔素の分散が足りてねぇか」


 ぶつぶつと呟きながら、魔力触媒の位置を微調整していると——


 「こんにちはーっ!」


 元気な声が飛んできた。


 「……また来たのか」


 顔を上げると、そこにはあの少女——リゼが、にこにこと笑って立っていた。

 少し離れた場所には姉の姿もあるが、今日は水場の手伝いに行くからと、リゼだけがここに残されたらしい。


 「ねえ、おじちゃん。きょうも……かたぐるま、して?」


 「は?」


 不意を突かれたヴィスが眉を上げる。


 「このまえ、してくれたでしょ? あの、高いとこにあったきれいな結晶、見たくて……」


 「ああ……あれか」


 以前、結界炉のそばに飾られた魔導結晶にリゼが興味を持ち、背伸びして覗こうとしていたのを、しぶしぶ肩車してやったことがあったのだ。


 「楽しかったの。おじちゃんの肩、すっごく高かったんだよ!」


 「……お、おう」


 恥ずかしそうに頭をかきながら、ヴィスはちらりと周囲を見回す。


 「……しょーがねぇな。ちょっとだけだぞ」


 「やったーっ!」


 ひょいと抱き上げて肩に乗せると、リゼは嬉しそうにきゃっきゃと笑う。小さな手がヴィスの頭の上でバランスをとりながら、あちこちを指差していた。


 「ねえ、あっちのも光ってる!」


 「おい、あんまり動くな。落ちるぞ……」


 口では文句を言いながらも、ヴィスの顔にはほんの少しだけ、やわらかい色が差していた。


 遠くでその様子を見ていたハルカが、思わずくすりと笑う。


 「……なんか、いいですね。子ども、好きなんですか?」


 「……うるせぇ。たまたまだ」


 「ふふっ」


 その日から、ヴィスの作業場には、時折小さな足音と笑い声が響くようになった。


 * * * * * *


 「……親方。斜面の地下、妙な空洞がある。音の返りが違うんだ」


 そう報告してきたのは、ガロスの弟子、ラウルだった。


 ガロスはその報告を受けてすぐに足を運び、周囲の地形と音の反響を確認する。

 少し唸ったあと、彼はごつい顎をかいて、にやりと笑った。


 「こりゃ……地中に空間があるな。ほじくってみる価値はありそうだ」


 周囲を指示して掘削を開始させると、やがて古びた石の階段と封じられた扉が姿を現した。


 「おい、誰か──幹部連中に伝えてくれ。これは、ただの地中構造じゃねえぞ」


 ほどなく、レオニス、カイネル、エレナ、そして魔導構造に詳しいフィリオ=セリオスとヴィスが現場に姿を見せた。

 フィリオは魔導反応の観測器を手に、ヴィスは結界判定用の道具を肩にかけている。


 「……この構造、古代教会様式ですね。装飾といい、石材の積層といい、聖都地下の遺構と酷似しています」

 フィリオが扉の縁に刻まれた碑文を指さす。そこには、古代語で祈りの一節のような文が刻まれていた。


 「魔導封印……か」

 ヴィスが低く呟き、観測器の数値に視線を落とす。


 「封印かどうかはまだ断定できませんが、術式の痕跡はあります。旧時代のものなので、解析には時間がかかるでしょう」

 そう言いながら、フィリオはふと振り返り、後ろに控えていたハルカへと視線を向けた。


 「レディ、こちらへ」

 「……私ですか?」


 少し戸惑いながらも近づいたハルカに、フィリオは落ち着いた声で続けた。


 「あなたは以前、特殊な魔力干渉を受けた経緯があると聞いています。そのような影響を受けた者に、古い術式が何らかの反応を示すこともあります」

 「……それって、危険ではないんですか?」


 ハルカの問いに、ヴィスが横から口を挟む。


 「だから直接触れとは言ってねぇ。まずは距離を取って、観測だけだ」

 「ええ、あくまで慎重に。こちらで魔導反応を測定します。ご協力いただければ」


 「……では、始めます」


 小さく深呼吸をして、ハルカは数歩、扉へと近づいた。

 距離はまだ、三メートルほど。けれど、冷たい空気が肌に触れた気がして、思わず足を止める。


 「……温度、急に……」


 「検出範囲に入ったな。魔力波、微弱に反応あり」

 ヴィスがぼそりと呟き、観測装置の調整に手を伸ばす。フィリオも別の魔導測定器を操作しながら、静かに頷いた。


 「脈動は安定しています。今のところ、危険な兆候は見られません」


 (……けど、何か……)


 ハルカの視界の端で、白いものがふわりと舞った気がした。

 埃とは違う、やけに鮮やかで軽やかな……羽のような。


 思わず振り向くが、そこに何もない。背後では、弟子たちが資材を運び、幹部たちが扉の縁の碑文を検討していた。


 (……気のせい、だよね)


 けれど、心の奥が、ひどくそわそわしていた。

 それは、あの揺れを感じた時と、どこか似ている感覚だった。


 やがてレオニスが前に出ると、静かに一同を見回し、口を開く。


 「ここは……聖都の地下遺跡に似ている。装飾、構造、そしてこの扉の重圧感。かつて、聖教会が築いたものと見て間違いないだろう」


 「教会の……? でも、なんでこんな辺境に?」


 エレナが眉をひそめ、声を潜める。


 「わからない。ただ……意図的に封じられた可能性が高い。放棄ではなく、封印だ」

 そうレオニスが告げると、フィリオとヴィスもそれぞれ頷いた。


 「慎重に進めよう。物理的に開くにしても、いくつか段階を踏む必要がある。

 古代の術式が絡んでいるなら、場合によっては王都の資料も確認が必要になる」


 「……中に何があるかは、まだわからない。だが、里の拡張にも関わる可能性がある。調査を優先しよう」


 レオニスの言葉に、全員が静かに頷いた。


 この時は、まだ誰も知らなかった。

 この扉の向こうに眠るものが、後の運命を大きく揺るがす存在になることを──。



 フィリオとヴィスは、交互に測定器の数値を確認しながら、慎重に結界と魔力の流れを分析していた。


 「……封印術式は、かなり古い。だが……まだ生きているな。強制解除すれば、術者に跳ね返る可能性がある」

 「だとしたら、無理に壊す必要はねぇ。式の余白を見つけて、開閉だけ通す」

 ヴィスがそう言って、扉の縁をゆっくりなぞる。


 「このあたり……術式の重なりが薄い。排出経路かもな」


 「侵入者ではなく、選ばれた者にだけ通路を開ける構造でしょう。封印というより、通すか否かを判断する門に近い」


 フィリオがそう評した瞬間、扉の表面に刻まれていた碑文が、微かに光を帯びた。


 「……あっ」


 ハルカが驚いたように小さく声を漏らす。


 「何か感じましたか?」

 「……いえ。なんでも、ないです」


 だが、その『なんでもない』には、どこか奥に引っかかるようなざわめきがあった。


 やがて、すべての検査が終わり、フィリオが皆を振り返った。


 「魔力の波長は安定しています。干渉も許容範囲内。……問題ありません。扉の開放を許可します」


 フィリオの言葉に、場が静まり返った。


 カイネルが小さく息を吐き、周囲を見渡す。


 「――周辺の警戒は強化しておく。何が出てくるかわからん。即応体制を維持しておけ」


 その指示に応じて、背後に控えていた兵士たちが頷き、素早く配置についた。


 レオニスが一歩、前に出る。


 「──開けよう。気を抜くな。何があるかは、まだわからない」


 フィリオが静かに術式を解放すると、淡い光が扉の中央に走る。


 古びた石の扉が、軋むような音とともに、ゆっくりと左右に開いていった。


 その奥には、ひんやりとした空気と、まるで時そのものが閉じ込められていたような静寂が広がっていた。


 「……これが、地下神殿……」


 誰かがぽつりと呟いたその言葉は、奥深くまで吸い込まれていった。


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