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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第4章 揺れる絆、灯された革命の火

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第48話 鏡の奥に映るもの

 雑貨屋の店先から、レオンさんがひょっこり顔を出す。


 「お嬢さん、ちょうどいいとこに。ちょっと手ぇ貸してくんない?」


 研究所からの使いで近くを通りかかっただけだったのに、いつの間にか店の奥に引きずり込まれていた。


 木箱が積まれた半地下の倉庫。棚の上には色とりどりの瓶や、見たことのない魔術道具が所狭しと並んでいる。あの陽気な店先からは想像もつかない、ごちゃ混ぜなカオス空間だった。


 「これ、魔道具の試作品でさ。動作不安定なんだけど、見た目が面白いからって卸から買わされちゃって。ちょっと暴れ気味でね?」


 「暴れ気味、って……?」


 レオンが苦笑しながら、金属の輪っかのような道具を指差す。その中央にある宝石が、びりびりと淡く震えていた。


 ——やな感じ。


 直感が警告を鳴らす。魔力素(エレメント)の揺らぎ。これは、暴発する寸前の状態——。


 「危ない、それ……っ!」


 私が言いかけたその時、宝石が眩く発光した。


 レオンが反射的に身を乗り出し、それを素手で押さえ込む。


 「く……っ、ちょいと……やばい、かも……!」


 金属音と光の火花。細かい破片が宙に舞う。


 あと数秒も持たない。暴発すれば、ここにいる二人とも無事じゃ済まない。


 そして、私の口が——咄嗟に叫んでいた。


 「レオニス!!」


 時が止まった。


 彼の動きがぴたりと止まり、空気が凍る。


 だが——その直後。


 「っち、仕方ねぇな」


 彼の目が鋭くなった。


 まるでスイッチが入ったかのように、迷いのない動きで彼は魔道具の基部をひねり、緊急封印装置を展開。

 即席で結界のような術式を構築し、暴走の核を収束させる。


 眩い光が、すうっと吸い込まれるように消えていった。


 静寂。破片が床に落ちる音だけが響いた。


 私は、ほっと息を吐いた。


 ——けれどその安堵は、すぐに凍りつくことになる。


 レオンは、ゆっくりとこちらを振り返った。


 帽子がはらりと床に落ちる。


 揺れる茶髪の奥から、覗いたのは——隠していたプラチナブロンドの髪。


 「……その名を、どうして知ってる?」


 彼の声は、さっきまでの軽口とはまるで別人だった。


 次の瞬間。私は壁に押しつけられていた。


 ガン、と木の棚が背中に当たる。


 顔が、近い。息がかかるほどの距離。


 レオン……いや、彼は私の口元をそっと押さえた。


 「……声を出すな。誰にも、聞かれたくないだろう?」

 その顔は、もう“レオン”ではなかった。


 眼鏡を外し、帽子を脱いだ彼の横顔は、まるでディアル様の鏡写しのような美貌。


 けれどその瞳は、ディアル様とも違う。冷静で、計算された光を宿していた。


 「初めまして。俺は“仮面の梟”——レオニス=デ=フィレント=エルヴィオン、だ」


 (知ってる、知ってた。だけど……)


 心臓が、跳ね上がる。


 この至近距離で、こんな美しさで、あんな声で、名前を告げられて。


 怖いのに、綺麗すぎて、目が離せない。


 ドクン、ドクンと脈が全身に波打つ。


 私は、ただ呆然と、彼を見上げるしかなかった——。


 

 * * * * * *



 がらんとした倉庫の奥。

 木箱に囲まれた狭い空間に、静かな空気が満ちていた。


 レオン——いや、レオニスは、壁に背を預けたまま、じっとこちらを見ていた。

 もはや陽気な雑貨屋の笑みは消えている。そこにいるのは、仮面の梟。

 軽さの欠片もない鋭い眼差しが、逃げ場を塞いでいた。


 「さて、ひとつ確認させてもらおうか」

 静かな声だった。

 けれどその一語一語が、まるで刃のように心をなぞっていく。


 「君はさっき……俺のことを“レオニス”と呼んだ。どうしてその名を知っている?」


 (やばい、やばいやばい!)

 喉がからからだ。唇がうまく動かない。


 (嘘をつかなきゃ。でも、もしバレたら……)


 ノアみたいに器用に誤魔化すなんて、絶対に無理だ。

 それでも、このままじゃ帰れない。下手をすれば、帰してもらえない。


 「……前に、聞いたんです」

 「誰から?」


 言葉に詰まる。頭が真っ白になる。


 (誰って……いつって……そんなの、ゲームの設定で——)


 ——でも。

 この世界の“今の私”が知っていてもおかしくない時期は?


 (……ディアル様の失踪前。

  そう、一年前なら……ギリギリ、辻褄は合う)


 「……一年前、くらいだったと思います」

 「誰から聞いた?」

 「……ディアル様から」


 嘘だ。

 でも、今のところ、それ以外に手はない。


 レオニスの目が細められる。

 静かに歩み寄ってきた。

 その一歩ごとに、鼓動が跳ねる。


 「兄上から……?」

 「“弟は生きてる”って。それだけ、です」

 「それだけで、俺の正体に気づいたと?」


 「……レオンさんの雰囲気が、どこかディアル様に似ていて……

  もしかして、って」


 頬が熱い。ごまかそうとするほど、言い訳じみていくのがわかる。


 レオニスは近くの木箱に腰を下ろした。

 そして、ゆっくりと呼吸を吐いた。


 「……まあ、ありえなくもない話だ」


 沈黙。

 その沈黙が、苦しかった。


 「君の目は……嘘をつけない目をしてる」

 「っ……」


 「でも、それでも、俺の正体を知っていた」


 視線が合う。

 逃げようとすれば、即座に腕を掴まれそうな距離。

 どこまでも見透かされているような——


 「ハルカ。君は何者だ?」


 名を呼ばれた。

 名前を、きちんと。


 陽気なお兄さんでも、革命軍のリーダーでもない、

 一人の人間として、彼の声が届いた気がした。


 (……やばい。こんなの、ずるい)


 そう思うくらい、彼の声には、真実を引き出す力があった。


 「……その“ディアル”とは、どういう関係だ?」


 低く、抑えた声だった。けれどその声音に、逃げ道はないと悟る。


 「君のような……一般人が、王族とどう繋がる?」


 私は喉がひりつくほどに唾を飲み込んだ。

 視線を逸らせば嘘だとバレる気がして、でも正面から彼の目を見返す勇気もなくて。


 「……私は、その……魔力異常の調査対象として、以前、城に……」


 言葉が途切れる。苦しい。


 「王立魔導研究所より前に、王城で一時的に保護されてたことがあって……それで、偶然……」


 自分でも、何を言っているのか分からなくなる。

 でも言わなきゃ。もっともらしい理由を、今、ここで。


 「そのとき、たまたま、ディアル様と……ほんの少し話しただけです。弟は生きてるって、それだけ……」


 しどろもどろになった私の説明を、彼はずっと黙って聞いていた。


 やがて、静かに、たった一歩、私との距離を詰める。


 その金色の瞳が、まっすぐに私を射抜いた。


 「……嘘をついているようには、見えないな」


 私は少しだけ息を吐く。――でもそれは、安心ではなかった。


 「けれど、何かを“隠している”。そうだろ?」


 肩が、びくりと震えた。


 「……まあいい。真実を語るまで、君はここを出られない」


 淡々と告げられた言葉が、私の胸の奥で重く響く。


 (……拘束、された……?)


 ぐらりと、足元が揺れるような感覚。

 息が詰まりそうだった。


 逃げられない。この人の目からは、きっと何も隠せない。


 なのに、私は本当のことなんて、絶対に言えない。


 (ノア……、助けて……)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

レオニス キャライメージ

挿絵(By みてみん)

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