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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第4章 揺れる絆、灯された革命の火

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第47話 革命の影、その手に

 王都に戻ってから、数日が経った。


 あの日の騒動——東の森での魔力異常調査と、現地で発生した混乱については、一通り報告を終えた。

 もちろん、“アスランの正体”や“ディアル様の姿”については伏せている。

 あれは、まだ私の胸の中にしまっておくべきことだから。


 とにもかくにも、ようやく一段落ついた私は、再び王立魔導研究所の庇護下に戻ることになった。

 

 ——不思議なことに、会話はなんなく出来るのに、文字はやっぱりまだ苦手だ。

 それでも、前よりはずっと読めるようになってきた。

 知らない単語も、文脈からなんとなく意味がわかる時がある。

 書く方も、見よう見まねではあるけれど、短いメモなら少しずつ形になってきた。


 まるで、異世界だったこの場所が、“少しずつ自分の居場所”に変わっていくみたいで。

 そんなささやかな変化が、ちょっとだけ嬉しい。


 そして、もうひとつ——。

 あの日、ディアル様……アスランが託してくれた子犬。

 白っぽい毛並みの、小さな命。私は“スフレ”と名付けた。


 研究所では、私の部屋の片隅にスフレ用の寝床を置き、日中はなるべく一緒に過ごせるようにしていた。

 時々書類をかじられて焦ることもあるけれど、彼のあたたかさが、心を落ち着かせてくれる。

 まるで、あの日の記憶が形を持ってそばにいてくれるようで——。

 私は、彼の存在に、何度も救われていた。


 もともと連れてくるつもりはなかったけれど、復帰初日、どうしても離れたがらずに後をついてきてしまって——

 見つかったら怒られるかもと冷や汗をかいていたら、案の定、職員の一人に見つかってしまった。

 ……でも、意外なことに、スフレはあっという間に研究所の人気者になっていた。


 「なんて賢い子犬なの!」「癒しの天使!」

 すっかり“研究所のアイドル”の座を獲得して、今では餌や水の心配も要らないほど、職員たちが自主的に世話をしてくれている。

 彼が誰かの机の下で丸くなっている光景は、すっかり日常になっていた。

 

 * * * * * *

 

 午前の仕事を終え、資料を元の棚へ戻していたときだった。


 「おや、働き者だね。……僕がいない間に、随分と馴染んだみたいだ」


 ふいに耳元に落ちた声に、私はびくっと肩を揺らす。

 振り返れば、そこには淡い青緑の髪と銀灰色の瞳を持つ、端正な青年——ノアが立っていた。


 「ノア……っ!」


 思わず声が弾んだ。心が跳ねた。

 懐かしさと嬉しさが一気に押し寄せる。


 気づけば、私は小走りで彼に近づいていた。

 あの夜、絶望の淵で現れてくれたヒーローのような姿が、今でも瞼の裏に焼きついている。


 「……あの時は、ありがとう。ほんとに……助けてくれて」


 目を合わせると、彼はふっと微笑み、静かに顔を寄せてきた。


 「……ずいぶん、甘えるのが上手くなったね。ハルカ」


 耳元で囁かれた声に、体がピクリと震える。


 「っ……!」


 まるで心の奥を撫でられるような声音に、私は思わず言葉を失った。


 ノアはくすりと笑い、少しだけ距離を取る。


 そのときだった。


 スフレが、ひょこっと私の足元から顔を出す。

 ノアの姿を見つけた瞬間、耳をぴんと立て、警戒と興味が入り混じったような動きで近づいていった。


 「……ん?」


 すん、と鼻先をノアの足元に押しつけてきたスフレに、ノアはわずかに目を見開いた。


 「……これは、初めて見る顔だね。君の飼い犬?」


 「うん。森で出会って、アス……その、ある人から預かったの」


 「ふうん……」


 ノアはスフレを一瞥しつつ、慎重にしゃがみこむ。

 スフレは一瞬、距離をとってから——そろりと前足を踏み出し、彼の差し出した指先に鼻を寄せた。


 「……人見知りしないんだね」


 「そうみたい。私にもすぐ懐いたから」


 ノアは少しだけ苦笑した。


 「……あまり得意ではないんだけどな、こういうの。予測不能で、感情の反応もバラバラで……」


 「え、ノアでも苦手なものあるんだ」


 「あるとも。特に子どもと動物はね。秩序を無視するものは、苦手だ」


 でも、と続けるようにノアは目線を落とし、伏せたスフレの頭に、ぎこちなく手を乗せた。


 「……まあ、君が選んだ相手なら、悪い気はしない」


 その言葉に、私は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


 スフレは満足げにノアの足元で丸くなり、すっかり安心しきった様子を見せている。

 ノアはその姿を一瞥しながら、ふっと息をついた。


 「……君の周りは、いつも何かしら騒がしいね。だから余計に、君の“声”が聞こえるとほっとする」


 唐突に落ちたその言葉に、私は思わず顔を上げた。


 「——君の声が、またこうして聞けてよかったよ。

 あの夜から、ちゃんと眠れてる?」


 心配するような口調に、胸がきゅっとなる。


 「うん。おかげさまで、ちゃんと……」


 「そう。なら、いい」


 彼は、視線をすっと外しながら続けた。


 「アスランの件については、報告に目を通したよ。

 ……随分とぼやかした書き方だったけど、君らしいね」


 「っ……やっぱり、わかるんだ」


 「君が書くときだけ、文の結びが妙にあいまいになる。

 それに——端々の書式も独特でね。正式な文型よりも、日常言語に近い表現が多い。

 読み慣れていると、すぐに気づくよ」


 「うぅ……だって、まだ研究所の文字体系も、ちゃんと覚えきれてないし……」


 「それでも、君なりに一生懸命伝えようとしていたのは伝わってきたよ。

 ……だから、読めた」


 その目には、わずかに柔らかな光が宿っていた。

 それはきっと、心配と、安堵と——他の誰にも見せない、彼だけの優しさ。


 私はただ、頷くことしかできなかった。



 * * * * * *


 その日の午後、研究所の上層部で、ひとつの名前が慎重に口にされた。


 かつての王子、ディアルの弟。

 王妃に疎まれ、四年前に姿を消した“もう一人の王族”。


 ゲーム本編には登場しなかった、隠しルートの攻略対象。


 ——レオニス。


 その名が、再び王都の空気に囁かれ始めていた。



 * * * * * *


 王都の朝は、いつだって騒がしい。


 道を行き交う人々の声、荷車を引く音、遠くから聞こえる鍛冶屋の打撃音。

 けれどその喧騒の中に、妙な緊張感が混ざっているのは、気のせいじゃない。


 「——また焚火があったらしいよ。東区の裏通り」

 「ほら、あれが合図って噂の……革命派の動き、また始まったのかねぇ」


 買い物帰りの主婦らしき二人の話が耳に入った。

 私は立ち止まりこそしなかったけれど、意識だけがその会話に引き寄せられていく。


 革命軍——

 その言葉を聞くだけで、胸の奥がざわついた。


 

 * * * * * *


 

 研究所から頼まれた備品の回収で、私はいつもより東寄りの通りへと足を伸ばしていた。

 石畳の隙間に小さな花が咲いていて、王都の喧騒から少し離れたこの界隈は、どこか懐かしい空気が漂っている。


 そして——その空気の中心に、彼の店があった。


 木製の看板に『レオン雑貨店』と手描きの文字。

 店先にはハーブの鉢植えがいくつも並べられ、色とりどりの小物が吊るされている。

 カラカラ、とドアの鈴が鳴った瞬間、耳に飛び込んできたのは、陽気な声だった。


 「いらっしゃーい、お嬢さん! お目が高いねえ!」


 ひときわ目立つ瓶底メガネ。

 くせ毛気味の茶髪に、妙に“お洒落”を主張してくるつば広ハット。

 軽快な口調と人懐っこい笑みを浮かべた雑貨屋の店主——レオン。


 (雑貨屋のレオンさん。王都の片隅で雑貨屋を営む男。瓶底メガネに陽気な笑顔、どこにでもいそうな軽い兄ちゃん——

 でもその正体は、ディアル様の腹違いの弟、レオニスで革命軍のリーダー。“仮面の梟”。

 王家の血を引きながら、王妃に疎まれ、追われる身となった男。

 軽く笑って、誰より重い覚悟を背負ってる。……わたしは、もう知ってる)


 「お嬢さん、見るだけでも大歓迎だよ〜。あ、でも見ると欲しくなるって評判だからね? 責任は取れませんよっと」


 「……いえ、研究所の使いで。指定された備品を受け取りに来たんですけど」


 「おっ、例のアレか!任せて、ちゃんと準備してあるよ。あんたが来るって聞いてたしね」


 さらりとした物言い。でも、その語尾に含まれたニュアンスに私は気づく。


 (……やっぱり、わかっててやってる)


 フルコン勢の直感。

 この男が、ただの雑貨屋なはずがない。


 「代金は後払いって話だったよね? ……じゃあ今日はツケでいいや。あんたがまた来るって信じてるから」


 「……それって、営業トークですか?」


 「もちろん! でもちょっとだけ、ホンネも混ざってるかも?」


 そう言って、レオンは小さくウィンクしてみせた。


 その表情の裏にあるものを、私はまだ完全には読み取れない。

 けれど確かに、この人は、あの“レオニス”だった。


 表の顔は陽気な商人、裏の顔は——

 『鏡』として、王国の“本当の姿”を映し出す者。

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