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(23)3日目、アルト兄さん

 遅くなりました。ブックマークしてくださった方々、評価してくださった方々、ありがとうございます!

 シトリン・アルストロメリア 第三王子とのお話です。

 3日目は、とても穏やかに始まった。

 何故なら昨日の晩餐の時に、


 「ルピナス。明日だけど、お昼をここで食べてから出掛けようと思うんだ。だから、午前中はのんびりしてていいよ。」


 と、言われたからだ。


 「…でも、昼食は作らないといけないわね。」


 料理が出来ると言ったら、全員が強く反応を示したので、昼食はメニールが作ることになっていた。


 「♪~~♪~♪~~~♪」


 「ルピナス。」


 「~~♪♪」


 「ルピナス、おーい。」


 「♪~……?ジニア兄様、アルト兄さん、いつの間にいらっしゃったのですか?」


 「…ちょっと前から声を掛けてたんだけど。」


 どうにも気付かないメニールに、肩を軽く叩いたジニアは呆れたような顔をしている。

 アルトは、メニールの料理に目がいっていた。


 「というか…さっき、卵の下味に何か入れてたよね?」

 「隠し味を入れる時の基本ですよね?」


 下味をつけるのは良い。しかし…メニールの右手にある物は_


 「……それ、一番刺激の強い香辛料だよね。辛くならない?」

 「普通に食べられる量をはかって入れていますよ?」


 声を潜めてメニールに確認するジニアに、小首を傾げて答えている。確かに量りは置いてあるし、その量は限度を守っている。


 「あ、分かった。…だから、アルト兄さんは安心して食べて。」

 「へ?…まぁ、ルピナスの手料理なら何でも喜んで食べられるけど。」


 この後、王家の棟で辛い物が苦手なアルトの悲鳴が上がったのは、言うまでもなかった。


 ーーーーーーーーーーーー


 「…アルト兄さん、大丈夫…じゃないですよね。申し訳ありません…。」

 「ん?大丈夫だから、頭を下げないで。」


 にこやかに言うアルトだが、その片手には今も果実水の入った容器を持っている。しかも、その容器は馬車の揺れとはまた別に小刻みに揺れていた。


 「…これから行くところだけど、途中で僕ちょっと御使おつかいを頼まれちゃってね。先に行って待っていてくれる?」


 「?分かりました。」


 素直に頷くメニールに、アルトは苦笑する。


 「ちょっとは寂しいって言って欲しかったなぁ…。」


 「…もう一度やり直しますか?」


 また素直に反応するメニールをアルトは柔らかく微笑み、首を横に振った。


 しばらくして、馬車が停まる。どうやら着いたようだ。


 「直ぐに戻るからね。」


 メニールはアルトを乗せた馬車を見送ると、辺りを見回した。

 そして、大事なことに気付く。


 _目的の店を教えてもらっていなかった。


 辺りは沢山の店がずらりと並び、とてもじゃないが分かるわけがない。


 「っ雨…?」


 うろうろとしていると、突然雨が降ってきた。メニールはとりあえず目に入った店に雨宿りする。


 ギィ__


 「おや、いらっしゃい。」


 「すみません、雨宿りをしても…?」


 店の扉を開けると、暗い色の外套を深く被った老婆が杖を片手に、カウンター越しで話してきた。申し訳なさそうに言うメニールに、老婆はかまわないと雨宿りをさせてもらえることになった。


 「お嬢ちゃん、売り物を見ていかんかね。」

 「…あ、でも手持ちがあまりなくって…。」

 「かまわん、かまわん。見るだけならタダだろう?」


 メニールは老婆の言葉に甘えて、店の中を見ることにした。


 「若い娘さんなら、こっちの髪飾りなんてどうだい。」

 「わぁ…綺麗ですね。」


 そこには、薄桃色に輝くモルガナイトの髪飾りがところ狭しと並んでいる。


 「私のつくった宝石達でね。一番の収入源だよ。」

 「珍しいですね。この種類の赤系統はここの辺りではあまり見ないので…。」


 メニールが色々な物を見ていると不意に、目が引き寄せられる品物を見つけた。親指の爪くらいの大きさのワンポイントアクセサリーは、金縁きんぶちに細かい細工さいくのしてある楕円形のロケットペンダントだ。蓋を開けてみると_


 「…っこれ。」


 エメラルド、だった。

 しかも見覚えがある輝きだ。

 もしかしてこの宝石は_


 「おや、お目が高いねぇ。それは亡くなった第5王子様の宝石だよ。」


 「っ……。」


 やはり、キースの…シオンの宝石だった。


 「ん?お嬢ちゃんとその宝石…深いえにしで繋がりがあるねぇ。もしかして、おいて逝かれた婚約者の方かい?」


 「えにし?…です、か。」


 「そうだよ。宝石の能力でね。だから珍しいだろう?」


 老婆はそういうと、あまり深く追及せずにエメラルドを買うのかどうか聞いてきた。

 その事にほっとしながら、メニールはエメラルドを買うと雨が降っているのもかまわずに、店をそっと出て、人気のない路地裏へ駆け込んだ。


 「えにし……。」


 そして、何時間も雨に打たれた。


 「(私は、いったいどうしたいの…?)」


 私のキース様への気持ち…。


 キースが好きだった。

 でも、兄妹だった。

 けれど違った。

 でも、血の繋がりはあった。



 __好きでいていいの…?



 翡翠は?


 宝石のつくり方を教えてほしいと、そこからだった。

 翡翠に好意を持ち始めていた。

 しかも小さい頃のあの人は、翡翠だった。

 それに、キースの親友だった。

 好きだと言ってくれた。


 __私はどうなの?


 「翡翠……。」


 先程買ったばかりの宝石をそっと抱きしめながら、ついにメニールは誰にも気付かれず意識を失った__。


 ーーーーーーーーーーーー


  寂 し い ?


 寂しくないわ。


  じ ゃ あ 何 で こ こ に い る の ?


 待っている、から。


  助 け な ん て こ な い よ ?


 私が迷ってばかりいるから?


  お い て い か れ た か ら だ よ 。


 置いて、逝かれた…?


  そ う だ よ 。


 キース、様…?


  み ん な み ん な 置 い て 逝 っ た よ ?


 …?みんな…って誰。


  ほ ら 後 ろ を 見 て ?


 お父様…?お母様…?__兄様たち…っ?


  き み は 一 人 き り じ ゃ な い は ず だ よ。


 ___?


  分 か ら な い ?


 誰…?


  い た で し ょ う ?


 分からないの。


  と っ て も 大 事 な 人 。


 …っ。


  大 切 な 人。


 分からない…っ。


  そ ん な は ず な い 。


 …あなたは誰のことを言っているの。教えて。


  ご め ん ね 。


  君 が ___ に な る こ と を 祈 っ て る よ。


 っ待って。


  ま た 会 お う ね 。


 ーーーーーーーーーーーー


 「っメニール!!」


 「っ…?」


 ふと、水面から上がったかのように目が覚めたメニールは、左手が温かい手に包まれているのに気が付いた。軽く握り返すと、突然ガタッといって何かが倒れる音がして、目を見開けば涙を滲ませた翡翠がこちらを見ている。


 「っフリーム、ベリー!目を覚ましたよ!!」


 「「本当っ(ですの)!!」」


 翡翠が声を上げると、ぱたぱたと足音がしてフリームとベリーが覗き込んできた。


 「っ暫く見ない内に、勝手に倒れないでほしいわ!心臓が縮み上がったわよ!!」

 「そうよ!手紙でも何でも、連絡の一つくらい考えてよね!心配で胃に穴が開くところだったよ!!」


 「っ…フリーム、ベリー、ごめんなさい…。」


 涙を目尻に溜めながら話す二人にメニールは戸惑いながらも、嬉しく思った。こんなにも自分を想ってくれる友人がいて、幸せだ、と。この気持ちをどう伝えれば良いのか…


 「メニール!聞いてますの?」


 「…あ、ごめんなさい。じゃない、


  __ありがとう。」


 「「…?!!」」


 目を見開いた二人はお互いに顔を見合せ、突如声も出さずに泣き始めた。


 「え…、ベリー?フリーム?」


 「「っどうした(ました)!!?」」


 「ど、どちら様ですか…。」


 二人がしゃっくりを上げた途端、扉を壊す勢いで入って来た、こちらも髪が青と赤の二人組の男達は、慌てていながらも冷静に状況を判断したようで、メニールと翡翠に退室の詫びだけ言うと、二人を連れて帰ってしまった。


 「ベリーとフリームの、婚約者…?」


 「そう。アレキサンドライト家の双子だよ。」


 アレキサンドライト家の双子は有名で、互いが力を合わせなければ宝石をつくれない、特殊な価値者だ。二人は引き離せない関係にあり、従姉妹同士のベリーとフリームとは世間も安心する組み合わせだろう。大切にしてもらっているようで、相思相愛。

 親しい友人の幸せに、メニールがほっと息を吐く。


 翡翠はメニールの様子を見つめ、悔しそうに顔を歪めた。何故、翡翠がそのような表情を見せているのかメニールには分からない。

 それを感じ取ったのだろう、翡翠は深く溜め息を吐くと口をまた開いた。


 「ロケットペンダント、見させてもらったよ。」


 「っ…。」


 何も、やましいことなどないはずなのにメニールの喉はひくつき、息を詰めた。

 その様子に翡翠はまた顔を歪める。


 「キースの、宝石だよね。」


 「…そう、よ。」


 メニールは堪えきれず、いつの間にか枕元に置いてあったロケットペンダントに目をそらした。楕円形に削られたエメラルドは、今は蓋にさえぎられて見えない。


 「やっぱり、キースがいいの…?」


 「え…。」


 翡翠がメニールの枕元に手を伸ばす。

 ロケットペンダントを手に取り、蓋を開けられたエメラルドは姿を見せた。価値者が死してなお輝き続ける宝石に、翡翠はまたさらに顔を歪める。


 「僕はだめ、なのかな…。キースの替わりにはなれない。」


 「どうしてそんなこと言うの。キース様と翡翠はまったく違…」


 バチッ


 ペンダントの蓋を乱暴に閉められる音でメニールの声は遮られた。

 驚いて翡翠の方を見ると、翡翠は顔を俯かせ唇を噛み締めペンダントを力強く握っている。


 「っなら、なんで僕とキースを重ねるんだ!僕は…僕は君を好きだと言ったはずだ…っ!!」


 「私は重ねてなんか…っ」


 「君は無自覚に僕にキースを求めているっ…!目覚めた時だって、僕の手をキースがしていたように頭を撫でさせようとしていた!」


 「っ…あ…」


 確かにキースは、メニールを落ち着かせるために頭を撫でる癖があった。無意識に求めていたのだろう。

 それに気づいたメニールはショックを受けて顔が青ざめる。


 「!……ごめん。」


 ぐっと、まだまだ口から出そうな言葉を止めて、メニールをなだめようとする手を出しては引っ込めた。

 メニールをなぐさめたい。けれど、その行動や仕草がキースを彷彿ほうふつとさせるのは目に見えている。


 「…ごめんね。君がキースを好きなことは君のスターテスだ。僕が否定できるわけじゃない。」


 「っ……。」


 「怖がらせてごめん。僕は……ううん、やっぱりいい。キースはこんな時、どうするんだろうね。キースなら君を傷付けたりしないのに。ごめん。僕で…翡翠でごめんね。」


 そう言って、翡翠は部屋を出て行った_。


 ーーーーーーーーーーーー


 ~メニールSide~


 「(どうして、こうなってしまったの…?)」


 翡翠が去って行った扉を睨み続け、私はどこがいけなかったのか、ただひたすら考えていた。


 翡翠への気持ち。

 私の気持ち。

 キース様との過去。


 翡翠が好き。だけど、私の中のキース様をどうすればいいのか分からないから、今はただ扉がもう一度開くのを祈るばかりだ。


 コン コン コンッ


 「っはい…。」


 「_ルピナス。失礼するよ。」


 入ってきたのは、私が望む人ではなかった。

 コツコツと足音をたてながら、その人は私の近くにあった椅子に腰掛ける。


 「アルト、兄さん…。」


 「ごめんね一人にして。場所、伝えるの忘れてて。」


 「あ、謝らないでください…。」


 泣きボクロのある顔が悲しげに歪んだ。


 「…僕には沢山の人の噂が集まって来るんだ。だから、大丈夫。全部分かってるよ。」


 「っ…。」


 「泣いていいんだよ、ルピナス。泣いて、泣いて、全部吐き出して。僕が受け止めてあげるから。」


 私は__泣いた。


 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて……。


 泣き止んだ時には、あまりに泣きすぎて逆に恥ずかしいぐらいだ。それを感じ取ったのか、


 「おしぼり作ってくるね。」


 そう言って席を離れたアルト兄さんを尻目に、まだ滲む視界をぼーっと眺めた。


 「ただいま。…はい。熱いから気をつけてね。」


 「…ありがとうございます。」


 顔を拭いていると、アルト兄さんから異常なほどの視線を感じる。


 「ルピナスは、さ」


 「?」


 「翡翠が嫌い?」


 「嫌いなわけないです。」


 「じゃあ好きなんだね。」


 「…はい。」


 「愛って…難しいよね。」


 そう言うと、アルト兄さんは上着に隠すように首にかけてあったペンダントを出した。

 それは、剥き出しのなんの飾り気もない、宝石に紐を通しただけのものだ。

 けれどその宝石は__美しかった。


 「これは、僕の初恋。」


 「初恋…?」


 「そ、一目惚れってやつ。」


 その宝石を大事そうに見つめるアルト兄さんは、懐かしむように目を細めた。


 「まだジニアが生まれていない小さい頃、プレゼントに並べられた宝石の中で見つけたんだ。好きで、好きで、好きで、沢山集めた。誰とも知らない、男か女かも分からない。けれど追いかけ続けた。」


 まるでそれは、恋する乙女。


 「…でも、亡くなったんだって。」


 なるべく明るく言って笑うアルト兄さんの顔はそれでも陰っている。


 「悲しかった。宝石だけの繋がりに、僕はそれだけ執着し、恋い焦がれていたんだ。」


 それはまるで悲恋の物語のようで、現実味がない。

 見えない人。

 相手は自分を知らない。

 自分も相手を知らない。


 先の見えない初恋。


 「ルピナスの初恋はキースかな?」


 「…たぶん、そうです。」


 アルト兄さんはうんうんと頷くと、どこか物語を紡ぐようにゆっくりとまた話し始めた。


 「初恋は実らないって迷信めいしん、知ってる?」


 「迷信、ですか。」


 こくりと、また頷いた。


 「そう、迷信。僕の初恋は実らなかった。メニールの初恋も実らない。……ね?」


 でも…と、アルト兄さんは続ける。


 「迷信は迷信。もしかしたら僕の初恋は憧れだったら…?」


 「…私の、初恋が初恋ではない、と。」


 またにこりと笑うと、何時から持っていたのかロケットペンダントと自分のペンダントを手で弄びながら、ちらりとこちらを見た。


 「ひどいこと言って良い?」


 いきなりのことに唖然としたが、話しを進めるため、興味があるために恐々と頷く。


 「ルピナスはキースと会った時、両親の愛を与えられていなかった。それをキースが与えてくれた。


  _キースは初恋じゃなくて、親の代わりだったんじゃない?


  ルピナスの思っている…思い込んでいる初恋は『親愛』なんだと思うよ。」


 「__っ。」


 それは、私のこれまでの気持ちを表すのにふさわしい言葉だ。

 キースが好きだけれど、翡翠も好き。『好き』がいくつもあると知ってはいたけれど、与えられなかったものを私がキースで補っていたなんて無意識で気付くことなんてできなかった。

 それじゃあ、キースの好きと翡翠の好きは違うから、悩まなくて良いと思っていいのか…。


 「まだ決められない?なら、もうひとつ小話をしよう。」


 「…お願い、します。」


 黙り込む私に焦れたのか、アルト兄さんは私にまた助け船を出してくれた。


 「例えばだけど…心には器があるとして、その器には気持ちが水のように注がれているんだ。愛には専用の器があって、他の人に捧げることができる。これが『愛する』ということ。


  ルピナスは器の中身が枯渇していると思っているんじゃないかな?キースに捧げすぎて、もうないと…思っていない?」


 枯渇……もう、ない…。


 それは、とても分かりやすい例え話だ。


 「親愛は家族に送るもの。愛は大好きで大切で家族になりたくて送るもの。」


 「キース様はもう家族の一員だと思っていて、翡翠は家族になってほしくて…。」


 家族になっていると認識したキースと、家族になりたいひすい


 「まあ、つまり、キースは元々から家族なんだから、深く考えずに翡翠を捕まえて家族に迎えろっていう話。」


 「家族…。」


 「さっさと旦那、捕まえてこい!!」


 「っ。」


 それは、恋人をすっ飛ばした最高の成れの果て。


 ずっと隣にいる存在の名詞めいし


 「アルト兄さん…」


 「なんだい?」


 ニヤニヤと笑うアルト兄さんは分かっているようだ。


 「っありがとうございます。」


 「幸せになってきてよね。僕が最初の保証人だよ。」


 私の兄さんは、とても厳しくて優しい、家族です。

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