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ソノ獣、危険 (後篇)




     ※




 お互い三十を手前にしても、外が老けただけで中身は大して変ってもいない。

 特に、彬之介は相変わらずだった。

 再会以来、時々、会って酒を飲む様になってかれこれ一年になろうとしている。

 居酒屋で生ビールのジョッキを片手に酒を飲んでいる彬之介は、机の上にある何度も鳴る携帯電話を睨んだ。

 大方、女からの電話だろう。一緒に呑む度、何度もいろんな女から連絡が来る。

 毎回、呑む場所を中年オヤジの多い飲み屋にするのも、小洒落た店だと女がやたらと声をかけて来るからだ。

 ガキの頃から、彬之介の傍から女が消えた事はない。無駄に女を引き寄せるフェロモンが、奴から垂れ流れているに違いない。


「…お前、鬱陶しいなら電源落とせばいいだろう」

「駄目だ。蓮ちゃんから電話来たら困る」

「レン?」


 誰だ?リンが名前を覚えている相手はどんな奴なんだ?電話を待つぐらいだから女か?

 聞いたが、彬之介は苛々した様に携帯電話に出る。


「さっきから何度もうるせぇ。誰だお前。…あぁ?美咲みさき?知らん、何処の女だ」


 彬之介の携帯から、音が割れて女性の怒り狂った声が聞こえる。


『貴方の彼女でしょうがっ!彬之介こそ何よ!今日、デートの約束したじゃないのっ!』


 彬之介、お前自分の彼女を忘れるとか有り得ないだろう。


「キャンキャン吠えるな。俺に特定の女なんざいねえ」

『なんですってー!』

「煩い。俺は今、ミドリとデート中だ。邪魔すんな」


 そう言って、俺に突然携帯電話を渡そうと突きだしてきた。

 俺にどうしろって言うんだ…と、思ったが、不意に悪戯を思いついて、その携帯電話を受け取った。


「はぁーい、アタシ、ミドリ~。何処の小娘か知らないけど、名前も覚えてもらえないなんて、ご愁傷様~。リンってば、アタシにベタ惚れなのよぉ~。アタシの身体、忘れらないみたいでぇ~、もう、ずっと離してくれなくってぇ~。御免なさいねぇ~」


 裏声で、高笑いしながら相手に間髪与えない勢いで喋り倒して、そのまま電話をきってリンに携帯電話を返す。


「これで良いか?」

「…お前、ほんとおもしれ~。何その技」


 彬之介は大してダメージを受けた様子もなく、笑いながら電話を受け取る。


「嫌がらせしたってのに、つまらない反応だな…明日には、お前がホモだって噂が流れるかもしないって言うのに」

「あぁ、丁度良い。最近、女がうるさくて蓮ちゃんと会う時間が少なくて困ってたんだ」

「俺は体の良い女よけかよ。…で、さっきから誰だよ、そのレンって」

「これがまた、可愛いんだ。打てば響く反応するし、かまうと怒るくせに放置すると寄って来てじゃれて来るし」

「…猫の話か?」

「俺の妹なんだから、人間に決まってんだろうが」

「…妹?お前、妹なんていたか?」

「あぁ、一回り離れてるけどな」


 そういえば俺、彬之介の家族構成知らないな。というか一切、こいつ表に出さなかった。

 たまに、校内で暴力沙汰起こすと、ガタイの良い親父が学校に来ていたのは見たことはあるが…兄弟の話は奴の口からも出た事がなかった。


「口が悪いし、ひょろひょろだけど、それでも猛烈に可愛いから許す」


 精悍でそれなりに整っている彬之介の顔が、だらしない笑顔に染まる。

 喧嘩でブチギレた悪魔の笑み浮かべるか、皮肉な笑みしか見せた事のないこいつが!


 いやぁぁぁぁっ!何!?彬之介が脂下がった顔してるわよぉーーーっ!


 って。思わず、心の中の叫びがカマ口調になったじゃないか。

 俺、感情高ぶるとカマ口調になるんだよな。

 週末、親父の店で女装してバイトしてるから。

 あ、別に金には不自由してない。料理が趣味で、店のキッチンで料理作っているだけ。ある種のストレス発散。


「…ってか、お前シスコンだったのか?」

「シスコンだと?可愛くて可愛くて、あわよくば、蓮ちゃん喰っちまいたいくらい愛してやまない俺が、シスコンだと?…そんな生ぬるい愛情じゃねえ!」


 生大のジョッキを激しく机に叩きつけ、彬之介は危ない発言をする。

 というか、そんな粗雑な扱いしたら、ジョッキか机が壊れる。


「喰っちまいたい?それは、眼に入れても痛くないジジイ級の溺愛という話か?」

「性的な意味で!」

「…なんだ、血の繋がらない妹か?」

「ラブラブ馬鹿ップル両親から、血の繋がらない妹が出てきたら、この世の終わりだ」


 ってことは、血の繋がった妹をやっちまいたいと?

 ヲイヲイ。どん引きどころの騒ぎじゃないぞ。犯罪だろ、おい。

 男の俺を喰った彬之介の事だ。放置したら、絶対やるだろ…。

 俺の身体に鳥肌が立った。


 ヤバい。絶対ヤバいわよぉ!顔知らないけど、会ったコトないけど、蓮とかいう妹ちゃん!アナタの貞操、この野獣に狙われてるわよぉ!

 可愛い子ヒツジちゃんが、狼に食べられちゃうっ!


「…けどさぁ、蓮ちゃんが最近、俺に冷たいんだよ…なんかこう、ウザいとかいって、かまってくれねぇし…だから、酒飲んで帰り遅くなる時は、土産持って帰るんだけどさ…そしたら、飛び蹴りとか、言葉のナイフで俺の事容赦なく抉って来るんだよ…」


 落ち込み気味に語り出した彬之介のその言葉に、俺は少しほっとする。

 妹ちゃん、今の所、うまく彬之介を撃退出来ているようで、ほっとした。

 土産を持って帰るのに飛び蹴りを食らわせたり悪態付く妹って…リンの血をひしひし感じるんだが…いかんせん、相手がこの彬之介だからな…


「ちなみにお前、どんな土産を持って帰ったんだ?」

「やっぱ女の子だから、可愛いもんが好きだと思って、薬局の前に放り出されてたカエルの置物を持って帰った時は、『俺はカエルが嫌いだーっ!とっとと、元の場所に返して来い、クソ兄貴!』って、罵倒された」


 なんで買って帰るんじゃなくて、拾って帰るわけ!?しかも、なんでケ●ヨンをチョイスしたの!?しかも妹ちゃん、カエルじゃなかったらOKなの!?

 その辺の思考、リンと同じ!?残念な子なの?!


「で、二回目は、なんか菓子屋かケーキ屋の前で、つぶらな瞳の頭のでかい女の子の人形が一人淋しそうだったから、担いで帰ったら『この、ド変態ロリコンがーっ!ペ●ちゃん誘拐してくんなーっ!警察に通報されたくなかったら、とっとと、元居た場所に送り届けてきやがれ!』って、右フックで殴り飛ばされて脳震盪を起こしてぶっ倒れた」

「は?お前が一撃でノックアウト?」

「いや、我が妹ながら、良いパンチで惚れなおしたね」


 …その男もビビる様なガタイで菓子屋の看板娘を担いで、よく道の途中で捕まらなかったわね。それだけでもミラクル…そして妹ちゃんは、とってもお口が悪くて、手も早いみたいだけど、思考は常識人の様で良かったわ。オネーさん、ちょっとほっとしたわ。

 彬之介のコピーみたいな思考回路の女の子なんて、恐ろし過ぎる。けど、リンを一撃で仕留めるなんてやるわ…一度お目にかかってみたいかも。


「なあ、今度は、イケメンの人形にしようかな…」


 懲りずにまた、拾っていくつもり!?しかも、何で人形オンリー?


「…ケンタの紳士は絶対連れ帰っちゃ駄目よ。妹ちゃんに、家叩きだされるわよ?」

「…おまっ、なんで次の獲物が分かった!?ってかあの人形、ケヴィンに似てねえ?」

「獲物ってあんたね…しかも、ケヴィンって誰よ」

「ほら、中二の時に交換留学生で来た、妙に老け顔の」

「…そりゃあんた、ケヴィンじゃなくて、ジャスティンよ」

「…」

「……」

「………まじか!?俺、ずっとケヴィンだと思ってたぞ!」


 ホントに、ザルの記憶力ね…珍しく名前覚えているかと思ったら、全然違うし。


「あんたのアホは、作為的なのか天然なのか、時々、判断不能になるわ」

「お前も、言葉がカマ口調になってる」


 …あら、アタシ、余りにもぶっ飛んだ話に驚き過ぎて、カマ口調が抜けなくなってきたわ…どうしましょ。


「おほほほほほっ!お黙りっ!あんたがバカなコトを言うから、ショック過ぎでまともな状態で会話なんて出来ないのよっ!」

「お前といると、ホントに退屈しねぇなぁ」

「あんたを楽しませてあげてるんだから、近いうちに、あんたの妹、アタシに紹介しなさい。あんたの悪口で盛り上がってやるんだから!」


 とりあえず。

 女と関わるのも好きじゃないし、彬之介の妹なんて出来れば近付きたくないけど、貞操の危機は別問題。

 妹ちゃんに一回会って、警告してあげた方が良いわよね…。兄弟仲がこじれたって、アタシの知った事じゃないし。

 アタシはアタシの良心に従って、リンの被害者として行動するだけよ。


「あ?それはお前が女装して、ばっちりメイクして俺と酒飲んだらなー」

「男に二言はないわね?」

「お前との約束は守る主義だ」


 一度たりとも約束なんて交わしたことないけどね。


「嘘だったら、あんたの実家に勝手に乗り込んで、あんたの悪癖全部、妹ちゃんに暴露してやるから、覚悟なさい!」

「うわっ、そいつはマジで勘弁しろ」


 本気で嫌がる所を見ると、妹ちゃんに嫌われるのが本当に嫌なのね…。

 ともかく言質はとったし、そんな簡単な約束、すぐはたしてやるんだから!




 ふふふっ、面白くなりそうだわっ!








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