第9話 夜の鬼狩り
「今日も鬼が少ないなぁ…。」
いつものように森の中を進みながら、焔空は首を傾げていた。
「そうね。ここ数日、明らかに数が減ってるわ。」
「お父様たちの討伐が順調ってことならいいんだけど…こんなに急に減るものなのかな?」
腕の中に潜むランの声にも、疑念の色が滲んでいる。いつもなら何匹か遭遇するはずの鬼や魔物の姿が、ここ数日の夜はほとんど見当たらない。
「なんか、変な感じがするね。」
「そうね。」
不穏な予感を抱きながらも、右手に遠く町を囲む壁を望みながら、慎重に森の中を進んでいく。すると
ヒュルルル、パァン!
遠くの空に、鮮やかな光が打ち上がった。炎が破裂し、その光が夜空を一瞬だけ明るく照らす。
「なにあれ?」
「さあ?何かの合図じゃない?」
「どういう合図か分からないけど…とりあえず、行ってみよう!」
鬼の少なさに対する疑問と、その魔法への違和感が重なり、焔空は迷わずその方角へと駆け出した。
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木々をかき分け光の上がった方角へ急ぐと、森の先に複数の気配を感じ取った。
「グォォォォォォォォ!!!」
巨大な鬼の咆哮。そしてその前に座り込んでいる小さな人影と、地面に倒れ込んだ人影が二つ。
「あれって…!」
星の光でも分かる褐色の肌と銀髪の少女。その隣には、大人の男が瀕死の兵士を担ぎ、恐怖に顔を歪めている。
「どりゃ!!」
焔空は迷うことなく、三人と巨大な鬼の間に割って入った。
「だ、誰だ!」
「な、なんで、こんなところに人が…!」
黒瀬と夏帆の驚く声が背後で響く。だが焔空に振り返るも状況を確認する余裕もない。目の前の鬼から、それほどまでに圧倒的な威圧感が放たれていた。
(デカい…!それにこの感じ…こいつヤバイ!!)
「気を抜くんじゃないわよ…」
「分かってる!」
「グォォォォ!!」
妙に声が小さいランの声だったが、相手がただ者じゃないことは分かっている。鬼が咆哮と共に、巨大な武器を振り下ろす!
「ふっ!」
間一髪のところでその一撃を受け流す。だが、伝わってくる衝撃は今までの比ではなかった。
「くっ、重い…!」
「力は強いみたいね。」
鬼の動きは巨躯に見合わず素早い。だが焔空の速さはそれ以上で、鬼よりも速い!
「速すぎる、目が追いつかない…!」
背後で、夏帆が呆然と呟いているのが聞こえる。
「はぁっ!」
何度も攻撃を躱し、隙を見てランで切りつけるが、鬼の分厚い皮膚に阻まれ、致命傷には至らない。
(速さは勝ってるけどこのままじゃ、埒が明かない…!)
「懐に入って全力で振りなさい。」
「うん!」
ランの言葉に集中を研ぎ澄ます。鬼が再び武器を振り上げた、その一瞬。
「今!」
大きく踏み込み、鬼の懐へと飛び込む!
「グォ!?」
まさかそこまで踏み込んでくるとは思わなかったのか、鬼の動きが一瞬止まる。その隙を焔空は逃さなかった。
「ふりゃ!!!」
ランを鬼の心臓めがけて突き出す!
ズブリ
槍が確かな手応えと共に、鬼の分厚い胸を貫いた。
「ガ、ァァァ…。」
呻き声を上げながら、鬼の巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。
ドサッ
やがて完全に力を失い、鬼は地に伏した。
「はぁ、はぁ…ふぅーーー。」
汗を拭いながら、焔空は大きく息をつく。その一部始終を、夏帆は口を開けたまま呆然と見つめていた。
(すごい…!何あの動き、あんな巨大な鬼を、たった一人で…!)
まるで舞うように鬼の攻撃をかいくぐり、最後は華麗な一撃で仕留めてみせた槍捌き。その鮮やかさに、思わず見惚れてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
焔空が振り返り、三人に声をかける。
「あ、は、はい…!」
我に返った夏帆が慌てて頷く。
「怪我をしている人がいるんですね…。どうしてこんなところに?」
「えっと…私たち旅団の護衛をしてたんですけど、鬼の襲撃を受けた時に魔物があの人を乗せた馬車を森に押し込んだんです!それに岩城さんは巻き込まれて、私は二人を追って森に入ってきました!!」
「…なるほど。」
表情は見えないが、予想外の言葉に驚いた焔空。だが深く考えようとはせず、次の行動に移る。
「旅団ということは他にも仲間がいるんですよね?もしかして先ほどの光っていた魔法は、あなた方の仲間の合図か何かですか?」
「多分そうです!」
「では急ぎましょう。」
焔空はそれ以上多くを語らず
「お仲間の元まで、ご案内します。」
そう言って周囲を確認しながら、三人を街道の方へと導いていった。
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やがて木々の隙間から、隊長たちがいるであろう街道が見えてきた。
「街道はあそこですね。近くに皆さんのお仲間は…。」
「隊長!!誰かが森の中から来ます!!」
街道の方から男の声が聞こえる。
「いるみたいですね…。」
「え…はい!!」
夏帆の声が途端に明るくなった。
「いえ。」
短くそう告げる焔空。
「あっ!皆!!」
街道から来た仲間に気を取られた夏帆をよそに、焔空は既にその場を離れ木々の合間を縫うように走っていた。
「いいの?あのまま去っちゃって。」
「うん。人は多いみたいだしもう大丈夫だよ。」
「そう…。」
「っていうかランって人嫌いなの?さっき凄い声小さかったけど。」
「………はぁぁぁぁ。」
「え?どうしたの?」
「あんたを気遣ってしゃべんなかったのがバカみたい…。」
「僕を、気遣って?」
「普通の槍は話さないでしょ!!あんたが前に誰にもばれたくないって言ったから、ばれる要素を無くそうとしたの!!!」
「あっ、そういうこと!?」
「そうよ!!次からは普通に話すからね!!」
「ああ!ごめん!ありがとう!なるべく話さないで!!」
焔空は怒られつつもさらに森の奥へと駆けていく。
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「隊長!夏帆ちゃんたちが戻りました!」
「なに!?」
街道に広がっていた兵士の声に隊長が答える。そこには黒瀬に担がれた岩城と、怪我を負いながらも元気に歩く夏帆の姿があった。
「無事だったか…!だがどうやって…。」
安堵の表情を浮かべる隊長に、夏帆が慌てて駆け寄る。
「父ちゃん!助けてくれた人がいたの!すごい強い人で、大きな鬼を一瞬で倒しちゃって…!」
「助けて、くれた人?」
「うん!桃の面をつけた人なんだけど…。」
辺りを見回すが、既にその姿はどこにも見当たらなかった。
「あれ?」
「…そうか。あの噂の…。」
隊長は小さく呟き、暗い森の奥へと視線を向ける。だがそこには、もう誰の気配も無かった。
「父ちゃん、聞いて!」
街道での混乱が収まり、旅団が無事野営地点まで戻った後。黒瀬と岩城は処置を受けて命の危機は過ぎたようだ。夏帆も深手を負っていたが父親の前で、興奮冷めやらぬ様子で先ほどの出来事を話していた。
「さっき森の奥ですっごい大きな鬼と戦ったの!でも今まで見た鬼と違って、やられそうになっちゃったの!でもでも、桃の面をつけた人があっという間に倒しちゃったの!」
「桃の面…。」
隊長の表情がわずかに引き締まる。
「あの噂の人物か。」
「知ってるの!?」
「ああ。何年か前から、夜に鬼を狩っているという謎の人物の噂は聞いたことがある。まさか、これほどの強さだったとはな…。」
腕を組み、考え込む隊長。
「その人物のおかげで、お前たちは命を拾ったわけか。…詳しい状況を、報告書にまとめておかねばならんな。」
「報告書?」
「ああ。今回の一件は、いくつも異常な点がある。鬼が待ち構えていたかのように現れたこと、黒瀬様の馬車のみを森の奥へ連れ去ったこと。この裏には何か大きな存在が絡んでいる気がするんだ。そして、それを退けるほどの実力者が、正体不明のまま夜な夜な活動していることもきちんと報告しなくては。」
真剣な表情でそう語る隊長に、夏帆は少し戸惑いながら頷いた。
「これは、王家や御三家にも報告する必要があるだろうな。」




