第8話 逃げ場のない森
夜の帳が完全に降り、辺りは闇に包まれている。岩城の傷は深く、もはや自力で動くことすら難しい状態だった。
「がはっ…夏帆、ちゃん…。」
「岩城さん、しっかりして!」
「俺のことは、置いていけ…。隊長たちと、合流を…。」
「そんな、無理です!」
「早く動かねば全員が共倒れになるぞ!治癒ができる者を連れて、すぐに戻ってくればいいではないか!」
黒瀬も、荒い息の中でそう続ける。だが、夏帆は激しく首を横に振った。
「駄目です!私のせいで、岩城さんがこんな怪我を…!ここに置いていくなんて、絶対にできません!」
震える声でそう叫び、夏帆は岩城の体を無理やり担ぎ上げようとする。だが、意識のある大人を背負うのは、いくら鍛えているとはいえ容易ではなかった。
「うっ、くぅ…!」
足がもつれ、その場に膝をついてしまう。
「夏帆ちゃん…。」
「くっ、まだ、まだ大丈夫…!」
歯を食いしばりながら、必死に立ち上がろうとする夏帆。その様子を見ていた黒瀬は、大きくため息をついた。
「…あっーーもう!!!くそったれ!!!」
「え?」
少し離れたところまで歩いていた黒瀬は肩で息をしながら、自らの体を叱咤し、二人の元へと歩み寄る。
「こやつは儂が運ぶ!!こやつを持ったままでは防御も何も出来んだろう!!お前は儂ら二人を守れ!!」
「…はい!」
「まったく!!こんなことになるなら、昔のように鍛えておけばよかったわい!!」
そう言って、意外にも力強く岩城を担ぎ上げる黒瀬。その姿に夏帆は少し驚いたような顔をした後、覚悟を決めて周囲を警戒しながら歩き始めた。
「おい。街道の方向は分かるのか?」
「あっ、そういえばどっちに行けば…。」
気合を入れた夏帆だったが、遠くの方で炎が夜空へ打ち上がり、高い場所で炸裂した。
「あれは、火砲だ…。自分の居場所を伝えるために使われている。つまりあの方向に隊長はいる…。ごほっごほっ。」
「じゃああっちに急ぎましょう!!」
目指すべき場所が決まり、目を輝かせる夏帆。その表情は夜闇でも輝いて見えるほどだ。
「はぁ…。子供は単純でたまらん…。」
「ははは…。」
あきれ果てる黒瀬を先導し歩き始めた夏帆。だが少し進むと、森の奥から異様な声が聞こえてきた。
「グルルルル…。」
これまでとは比較にならないほど巨大な気配が近づいてくる。
「な、なに…?」
木々を割って現れたのは、これまでの鬼とは一線を画す、圧倒的な巨躯を持った鬼だった。
「グォォォォォォォォ!!!」
「なっ、なんだこいつは…!」
黒瀬が思わず後ずさろうとする。夏帆もその圧倒的な存在感に、思わず体がすくんでしまった。
(こんな大きな鬼、今までに見たことない…!でも!)
「私が二人を守るんだ!!」
《土甲!!》
こちらに向かってくる鬼に向かって、土の小手を突き出す!
ガッ
だが鬼の体は犀以上に硬く、夏帆の渾身の一撃が通用していない。
「えっ。」
まさかの事態にあっけにとられる夏帆。彼女めがけて鬼が持っていた棍棒を振り下ろす!!
ドゴォォ!!
ぎりぎりで避けたものの、地面を砕き周囲に岩を飛ばすほどの勢いを持った攻撃だった!!
「…!!!」
今まで感じたことのない力の差に背筋が凍る夏帆だったが、鬼の攻撃が続いた!
ドゴドゴドゴ!!!
その巨躯と巨大な武器からは想像もつかない怒涛の攻撃は、 夏帆をさらに焦らせるには十分だった。
「こ、このぉ!!」
「よせ!!」
震える体で無理矢理攻撃に転じる夏帆だったが、
ガスッ
ボゴォ!!
夏帆の攻撃は強靭な皮膚で受け止められ、手痛い反撃を受け後方まで吹き飛んでしまう!!
「くっ!!」
《水泡!!》
どこまで吹き飛ぶか分からない勢いだったが、黒瀬の泡に受け止められ彼らの近くに落ちる。
「げほ!ありがとう、ございます…。」
「か、感謝してる場合か…早く逃げねば…。」
逃げようと提案する黒瀬も先ほどの魔法で体力が尽きたのか、動ける状態ではない。
絶体絶命。もはや逃げる術も、戦う術もない。誰もがそう覚悟した、その時だった。
「どりゃ!!」
暗闇の中から、何者かが鬼に斬りかかった!!
「な、誰だ!」
驚く黒瀬の視線の先。マントを羽織り桃の面をつけた人影が、三人と巨大な鬼の間に赤い槍を携えて割って入った。




