第10話 広がる桃の噂
「――以上が、今回の奇妙な鬼の襲撃の報告となります。」
栄昌国の王城、円卓を囲む広間。そこには桃麟家の当主である国王をはじめ、御三家の長たちが集まっていた。焔夜も、その中の一人だ。護衛部隊の隊長からの報告を聞き終えた国王は重々しく呟く。
「鬼が意図的に貴族を狙ったかのような動き、か。」
「これまでも、鬼が徒党を組むようになったことは把握していましたが…今回のように、統率されたかのような行動は前例がありませんな。」
猿塁家の当主がそう続ける。
「まさか、また鬼神の力が影響してる…?」
犬導家の当主が、以前確認された魔法を吸い取る槍のことを思い出したのか、そう漏らす。
「その線も、考慮すべきだろう。」
焔夜が静かに口を開いた。
「以前確認されたあの槍。三種の神器の一つと目されるあの武器も、鬼が単独で扱うには不自然な代物でした。もし今回の一件も同様に、鬼を裏で操るような存在がいるとすれば…。」
「単なる鬼の脅威ではなく、我々に敵意を持った何者かが鬼を利用している可能性がある、ということだな。」
国王が、焔夜の言葉を引き継ぐようにそうまとめた。
「さらにその脅威を退けたという謎の人物についても、詳細を調べる必要があります。」
「桃の面の男、か。夜に鬼を狩っているという噂は、以前から耳にしていましたが。」
「行商人などを助けているということから、敵ではないでしょうが目的が判然としない以上、迂闊に手を出すべきではないでしょう。まずは、その正体と目的を見極めることが先決かと。」
焔夜の言葉に、その場の全員が頷く。
「では、各家、引き続き情報収集に努めるということで。何か新たな動きがあれば、速やかに共有すること。」
国王のその一言で、会議は締めくくられた。
「――我々の知らないところで、何かが動き始めているか…。」
会議室を後にしながら、焔夜は小さくそう呟いた。その視線の先には、まだ見ぬ脅威への警戒が滲んでいた。
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その情報は隊長の手によって文書化され、貴族たちにも共有されていた。そしてその噂は瞬く間に国中へと広がっていった。
「よう!!焔空!なあなあ!前に話してたやつの目撃情報が出たってよ!」
数日後。流舞が興奮した様子で焔空の部屋に入ってきた。
「前に言ってたやつ?」
「桃の面の人の話だよ!ついこの間、行商人の旅団を護衛していたとき、巨大な鬼が現れたらしいんだけど、その時に助けに入ったんだって!しかも魔法を使わず、華麗な槍捌きで倒したらしいぜ!」
「え…。」
内心でドキリとしながらも、焔空はさりげなく相槌を打つ。
「そうなんだ。」
「日向さん…確か焔翠さんの友達も、その場にいたらしいわ。その人や黒瀬っていう貴族が実際に見たっていう話だから、間違いないって。」
堅美もそう続ける。
「学園中、いや国中その話で持ち切りだ!無償で鬼を倒す勇猛果敢な桃の面の人ってな!」
「一部では本当に桃太郎が復活したって言ってる人もいるって。死んだ人が復活するわけないのにね…。」
「じゃあ、二代目桃太郎だな!!」
「そんなに、大きな話に…。」
(まさかそんなに大きな噂になるなんて…。)
自分の存在が知らぬ間に広まっていくことに、焔空は複雑な思いを抱いていた。誰かの役に立てたことは嬉しい。だが同時に、その噂がいつか自分の正体に繋がってしまうのではないかという不安も、拭いきれなかった。
「その人、絶対すげえ強いんだろうな。俺もいつか会ってみたいぜ!」
「ははっ。」
無邪気にそう言う流舞に、焔空はぎこちない笑みを返すことしかできなかった。
「私たちも桃の面の人に負けないくらい強くならなきゃ…。この国を、あなたを守るのは私たちなんだから。」
「おう!!俺たちがもっと強くなれば、よくわからん奴に頼んなくても鬼を倒せるよな!」
「…。」
だが、二人を見ているうちに、焔空の不安は消え去っていた。
「…僕も自分にできることを精一杯頑張るよ。」
次の笑顔はぎこちなくなく、自然な笑顔だったと自負する焔空。
「ええ。一緒に頑張りましょう。」
「頑張ろうぜ!!」
笑いあう三人。三人の笑顔には、一点の曇りもなかった。
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一方その頃。日向の家、夏帆の部屋では。
「もう大丈夫なの?無理してない?」
「大丈夫だよ、美月ちゃん!ちょっと肩を怪我しただけだから!」
ベッドに腰掛けた夏帆を、美月が心配そうに見つめていた。その傍らには焔翠の姿もある。
「本当に、心配したのよ。あんな大怪我をして。」
「ごめんね、美月ちゃん。心配かけちゃって。」
苦笑いしながら、夏帆は肩に巻かれた包帯を撫でる。
「…でも、今回のことで、自分の未熟さがよく分かったよ。」
急に、夏帆の表情が真剣なものに変わる。
「あの巨大な鬼が現れた時、私、全然歯が立たなかったんだ。何もできないまま、皆に迷惑をかけて。それに勝手に一団から離れたことも怒られちゃった。今回は良かったけど、命令に従わないのは駄目だって。…桃の面の人が来てくれなかったら、私たち、どうなっていたか…。」
「夏帆ちゃん…。」
「だから、しばらくは護衛に出るのをやめようと思う。もっと、力をつけないと。」
きっぱりとそう言い切る夏帆に、焔翠は少し驚いたような表情を浮かべた。
「そう、ね。それが賢明だと思うわ。」
「うん。それでね、焔翠ちゃん。もしよかったら、休みの日に一緒に修行に付き合ってくれないかな?焔翠ちゃんの魔法の感覚、すごく参考になると思うんだ。」
「私と?」
「うん!焔翠ちゃんの戦い方を教えてもらえたらいいなって。」
夏帆の言葉に、焔翠はしばし考え込むような表情を見せた後、小さく頷いた。
「…いいわ。私も、まだまだ足りない実力を鍛える必要があるから。」
(父上に認められるためにも…。)
「本当!?ありがとう、焔翠ちゃん!」
ぱっと表情を明るくする夏帆に、焔翠も僅かに口元を緩める。
「ふふ、良かったわね、二人とも。私もお菓子を作って応援に行くわね。」
微笑ましそうにそのやり取りを見ていた美月が、傍らに置いていたバスケットから何かを取り出した。
「はい、これ。今日もお見舞いに焼いてきたの。」
差し出されたのは、綺麗に並んだクッキーだった。
「わあ!美味しそう!ありがとう、美月ちゃん!」
「私も、頂くわ。」
「どうぞ、召し上がれ。」
穏やかな笑みを浮かべる美月。三人は賑やかに笑い合いながら、クッキーを頬張った。窓からは、穏やかな午後の日差しが差し込んでいた。




