第11話 きびだんごを持つ男
「はっ!」
学園の裏手にある鍛錬場。授業が終わり夕暮れ時、そこには焔翠と夏帆の姿があった。
「焔翠ちゃん、こんな感じで良いかな?」
土の小手を構えた夏帆が、焔翠の方を振り返る。
「…軸がぶれてるわ。もっと重心を落として。」
「こう?」
「ええ、良いと思う。」
短くそう言うと、焔翠は自らも炎で作った小手を構え、ゆっくりと型をなぞってみせる。無駄のない、流れるような動きだった。
「うわぁ…やっぱり綺麗だね、焔翠ちゃんの型。」
「見惚れてないで、自分の型を磨きなさい。貴方の良さは自由な戦い方よ。私のはあまり参考にしないほうが良いわ。」
「は、はーい!」
慌てて姿勢を正す夏帆。それからしばらく、二人は黙々と鍛錬を続けた。
「はぁ、はぁ…。」
一区切りついたところで、夏帆が地面に座り込み、額の汗を拭う。
「焔翠ちゃんって、いつもこんな大変な鍛錬してるの?」
「ええ。父上に認めてもらうためには、これくらい当然よ。」
「…そっか。」
夏帆はしばらく黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。
「ねえ、焔翠ちゃんは、あの桃の面の人のこと、どう思う?」
その言葉に、焔翠の手が僅かに止まる。
「…どうって。」
「私、あの人の動きを見て、本当にびっくりしたの。私たちなんかよりずっと強くて、しかも一人で夜な夜な鬼を狩ってるなんて…。焔翠ちゃんも、気になるんじゃないかなって。」
「…。」
焔翠は少し考えるように視線を落とした後、静かに口を開いた。
「正直、興味はあるわ。私よりも強い存在がいるというのなら、一度は戦ってみたい。その実力が本物なら、私が目指すべき強さも見えてくるかもしれないから。」
「やっぱり!その時は一緒に教えてもらおうね!!」
「ええ。それに…。」
言葉を続けようとした焔翠だったが、そこで一度言葉を切った。
「…なんでもないわ。修行を続けましょう。」
「え、気になるんだけど!」
「気にしないで。」
そっけなくそう言って、再び型の稽古を始める焔翠。夏帆は不満げな顔をしながらも、それ以上は追及せず、慌てて後を追った。
(父上に認められたい。それに…もし本当に、私よりも強い存在がこの国にいるのなら。私は、それを超えなければならない。誰もが認める力を身につけたい。)
内心でそう誓いながら、焔翠は体を動かし続けた。
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その頃、栄昌国から離れた、鬱蒼とした森の奥深く。
木々に覆われ、陽の光もほとんど届かない場所に、朽ちかけた古い遺跡のような建造物がひっそりと佇んでいた。その中心、崩れかけた円卓の周りに、三つの人影があった。
「なあなあ、もうさっさと全部ぶっ壊しちまおうぜ!」
弾んだ声で、そう言い放つ男。落ち着きなく祭壇の周りをうろつき、時折その場で軽く跳ねるような仕草を見せる。
「あの国、どこもかしこもイラつくんだよ!」
『駄目よ。』
祭壇の傍らに腰掛けている女が、静かにそれを制した。輪郭がゆらゆらと揺れ、その姿はどこか儚げで、同時に妖しい色香を纏っている。
『あの子だけは、絶対に救わないと。』
女の声から、先ほどまでの柔らかさが消えた。
「あの子? あー、お前いつもそいつの事言ってるよな。別にいいじゃねえか、巻き込んじまっても。」
『駄目。絶対に駄目よ。』
きっぱりとそう言い切る女に、男は不満げに口を尖らせる。
「なんでだよ。お前が一人にこだわるから、話がややこしくなるんだよ。」
「おい。」
軽い口調のまま男が女に詰め寄ろうとしたその瞬間。
女の背後、闇の中に潜んでいた何かが、僅かに揺らめいた。ただそれだけの動きだったが、そこには言葉にできない圧が込められていた。
「――っ。」
男が思わず言葉を止め、一歩後ずさる。
「わ、悪かったって…。」
決まりが悪そうに頭を掻きながら、男は視線を逸らした。
「くく、くくく。」
そのやり取りを、離れた場所で見ていたもう一人の男が笑い声を漏らす。落ち着いた佇まいで、その存在感だけで場の空気を支配するような、風格を漂わせた男だった。
「仲がいいことだ。」
「うるせえよ、なんとか言ってくれよお前からも。」
助けを求めるように、元気な男が風格のある男に視線を向ける。
「別に、構わんだろう。」
風格のある男は静かにそう答えた。
「我らの目的は、それぞれ違う。だが、栄昌国を壊すという一点においては、利害が一致している。それまでは、仲良くやればいい。」
「んなこと言ってもよぉ…。」
「不服か?」
「…いや、別にいいけどよ。」
風格のある男の言葉に、渋々といった様子で頷く元気な男。
「まあ、いいわ。」
女が薄く笑いながら、話を締めくくるように口を開いた。
『それぞれの望みが叶うその日まで、大人しくしていましょう。』
「ちっ…分かったよ。」
不満げに舌打ちをしながらも、元気な男は諦めたように肩をすくめた。
「ああ、そういえば頼みの物が出来ているぞ。」
風格のある男が手を挙げると、暗闇の中から細長い触手が二本現れた。片方には人間よりも大きな槍を持っており、もう片方には器用に木で出来た籠を持ち、元気な男の眼前に持っていく。
「我ながら、この団子をここまで小さくするのには苦労したぞ。」
籠の中には掌に収まる程度の球が一つと、いくつかの団子が入っている。
「おお!あんがとな!」
先程の不満気な様子も一変、嬉しそうに両方を手に取る男。よく見るとその団子は蠢いているようにも見える。
『なにそれ?』
「そうだな……きびだんご、と言ったところだ。」
『はあ?』
「はっ、すぐに分かるさ。」
意趣返しと言わんばかりに説明する気は無さそうな男。そんな様子からあっそ、と興味を無くした女。
「――早く暴れてえなぁ。」
おもちゃを持った子供のように楽しそうに呟く。
『早くあの子を救いたいわ。』
女がうっとりとした声色でそう続けた。
「早くあの国を、あるべき姿に戻したい。」
風格のある男が静かにそう締めくくると、三つの影はそれぞれ、闇の中へと溶けるように姿を消していった。後に残されたのは静寂と、壁の石が放つ不気味な赤黒い輝きだけだった。
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夜も更けていつものように壁の上にやってきた二人と一本。壁の上から月明かりに照らされた広大な森を見下ろす焔空。いつもは笑顔で自分を鼓舞するが、今は違う。
「最近変な感じだ…。」
「変?」
「うん。今まではただ暴れたり、人間を襲ったりするだけだったけど、最近の鬼はなんというか……、役目を守ってるって言うか…。」
「ああ、確かに昨日は他の鬼を庇おうとした鬼がいたわね。そのあとすぐに庇った鬼を放って、あんたに攻撃してきたけど。」
「あんなの初めて見たんだよねぇ…。」
焔空は後ろでランを持ち、森の奥へ視線を向ける。
「鬼が仲間を庇うなんて、普通はないよね?」
「ないかと。」
セレストも森を見ながら即座に否定した。
「だよねぇ。鬼が人間に負けないように工夫して成長してるのか。それとも」
もし、鬼たちの背後に何かの存在がいるのだとしたら。
「誰かが、鬼たちを動かしているのかもしれない。」
「はぁ?なんでそんな発想になるのよ。」
「この間、日向さんを助けた時も、鬼が連れていた魔物が馬車を森の中へ連れ去ったって聞いたからね。最近の鬼は、仲間を庇ったり、妙に連携したりしている。もし誰かが裏で指示を出しているとしたら、辻褄が合う気がするんだ。」
「…あんたは心配性ね。」
「かもね。」
でも考えずにはいられない。鬼を従える何か。
自分たちがまだ知らない敵が、いつかこの壁を越えようとしてくるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
だが――。
「…まあ、考えても仕方ないね。」
焔空は軽く背伸びをして、小さく息を吐いた。
「セレスト。」
「はい。」
焔空がセレストの目を見ると、真っ直ぐ見返す。
「ランも。」
「なによ?」
焔空の言葉に、穂先が揺れる。その反応に少しだけ笑った。
「僕は…僕の世界を守りたい。」
焔空は本心を語る。
「鬼が何を考えてるのか分からない。これから、僕の知らない敵が出てくるかもしれない。」
焔空は再び森へ目を向ける。
「でも…。」
ランを持つ手に力が入る。
「セレストとランがそばにいてくれるなら、僕は大丈夫。ずっと戦える。」
「……。」
「セレストとランがいてくれるなら、きっと僕は世界を守れる。」
「…だからさ。」
焔空は少し照れたように笑う。
「ずっと…一緒にいてね。」
一瞬。
夜の静けさだけが三人の間に流れた。
「はい。」
「仕方ないわね。」
セレストのいつも通りの返事と、ランのまんざらでもなさそうな返事。
「ありがとう。」
焔空は嬉しそうに笑う。
痛みなど感じさせない満面の笑みだった。




