第12話 鬼たちの異変
何日か後。いつも通り鬼の討伐に出向いた焔空だったが、彼の違和感は間違っていなかった。
「全然鬼がいない…。」
「単独行動の魔物ばっかね。」
魔物には遭遇するものの、鬼には遭遇しないのだ。いる気配すらない。
「こんなに鬼がいないのは初めてだ。」
「じゃあ今日は早めに帰る?」
「…いや、この間みたいに誰かが襲われてるのかもしれないし、どこかに鬼が集まってるのかもしれない。ちょっと遠くまで行ってみるよ。」
「ん。……でもこの間の街道は最近よく見廻ってたけど、人も鬼もいなかったじゃない。」
「たしかに。じゃあ街道とは反対側に行こっか。」
「はいはい。」
夜はだいぶ更けていたが、焔空にとってはまだ討伐の時間だった。進路を変え、左手に壁を見ながら小走りで進む。
「こっち側にはあんまり来ないわよね?」
「うん。この先には人が往来する街道がないんだ。あるのは学園と海。さらにその先に犬導家の屋敷の入口があるって感じ。」
「学園?それってあの友達が行ってるとこ?」
「そうだよ。あっ、ほらあれ。」
遠くに見える町を囲む壁。さらにその奥には、一本の塔と大きな屋根が見えた。その広がりから、建物がかなり大きいことが分かる。
「へぇ、結構大きいのね。」
「あの学園があるから、ここら辺の壁には門がないんだ。だから誰も入れない。それにこの森の反対には海しかないから誰が来ることもないんだよ。」
学園とは反対側の森を見て言う焔空だったが、深い森で何も見えない。
「海ねぇ。面白そうじゃない。今度行きましょ。」
「行っても何もないと思うよ?海に行ってもあるのは砂浜くらいで、沖には昔、桃太郎が鬼を倒したとされる鬼ヶ島が見えるだけなんだって。」
「あんたは行ったことないの?」
「うん。」
「じゃあ、その話は誰に聞いたのよ?」
「セレストだよ。セレストは僕の知らないことを沢山知ってるんだ。」
「……へぇ。」
セレストに疑問を抱いたランだったが、嬉しそうに彼女のことを話す焔空を見て、追及するのはやめたようだ。そこから少し進んだところで、大きな鬼が率いる一団を見つけ身を隠す焔空。
「少ないけど集まってるね。」
「ええ。でも何か呆けてない?」
その鬼たちは暴れるわけでもなく、周囲を見渡すわけでもなく、ただ壁の方を見ていた。
「そうだね…。何するか分かんないから、すぐに倒しちゃおう。」
「ん。」
こそこそと木々に隠れ、鬼たちの背後に着いた焔空。呼吸を整えた焔空は、音を立てないように鬼たちの背後から一気に飛び出した!
ザシュザシュザシュ!!!
不意打ちのおかげもあったのか、殆どの鬼を無抵抗で倒すことができた。
(?抵抗もしない?)
無抵抗の鬼に少しの違和感があった焔空だったが、彼の攻撃が最後の大きな鬼に届く瞬間。
「バォォォォ!!ォォォ……。」
鬼が抵抗するわけでもなく、逃げるわけでもなく雄叫びを上げた!雄叫びは、焔空が鬼を倒すとすぐに途切れた。しかし、その声は森の奥まで響き渡っていた。
「な、なんだ?」
不可解な鬼の行動に焔空が不思議に思いながら考えていると、
ガコ ガコ ガコガコ
周囲の地面が、不自然に盛り上がった。まるで床板が開くように土が四角く割れ、その下から――
「「「」」」
鬼が現れ
「え?」
焔空が呆気に取られていると
「「「ガァァァ!!」」」
途轍もない数の鬼たちが、一斉に襲いかかってきた!!
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「なになになに!?」
次々と現れる鬼の大群に、焔空は思わず背を向けて走り出した。
「「「ブォォォォ!!」」」
すぐさま追いかけてくる鬼たち。優勢を確信し、全員で焔空を追ってきている。
「ちょっと!何で逃げるのよ!!あれくらい戦ったことあるでしょ!!」
「あるけど、あんなに一斉に襲ってきたことはないよ!!」
背後を見ると血走った眼で追走され、少し恐怖が勝る焔空。
「なんなの!!」
「落ち着け!このまま逃げてもいつか追いつかれる!だから一匹一匹倒してくの!」
「どうやって!?」
「私のリーチを活かすの! 後ろに下がりながら、間合いに入った敵だけを確実に仕留めていくのよ!」
「わ、分かった!」
全力疾走を止めて、ランを構え後ろ飛びで後退していく。冷静に観察すると、鬼にも個体差があり、動きの速いものと遅いものに分かれていた。
「はぁっ!」
正面から迫る鬼の首を、槍の間合いを活かして一突き。
「グァ!」
「そのまま下がって!次!」
「うん!」
言われるまでもなく、焔空は既に足を動かしていた。後ろに跳び退りながら槍を突き出し、追いすがる鬼を次々と貫いていく。
「ガァァ!」
「グルァ!」
「キリがない!」
「でも、確実に減ってるわ!このまま押し切るのよ!」
木の幹を盾にしながら、時に低く身を屈め、時に跳ねるように位置を変える。鬼たちの動きは統率が取れておらず、一体ずつがまとまりなく襲いかかってくるおかげで、辛うじて対処できていた。
「はぁ、はぁ…!」
息が上がる。腕にも足にも、じわじわと疲労が溜まっていく。動きは鈍くなり、息も荒くなっている。それでも足を止めるわけにはいかない。
「くっ!」
疲れがたまったのか、焔空は背中を木にぶつけ、よろめいてしまった。その隙を見逃さず、一体の鬼の棍棒の一撃が頬を捉えた!
「ぼぉ…!」
「ちょっと!!」
「平気、まだ、いける…!」
痛みを堪えながら、目の前の鬼の胴を薙ぎ払う。数はまだ多いが、確実に、その数は減り続けていた。
「はぁぁぁぁ!!」
大きく槍を振るい、残っていた数体の鬼を一気になぎ倒す。
ドサッ、ドサッ
次々と鬼の体が地に伏していき、やがて――。
「…終わった、のか。」
森の中に、静寂が戻ってきた。焔空は肩で息をしながら、辺りを見渡す。
「…全部、倒しきったわね。」
「うん…。でも、体中傷だらけだ。」
逃げ回るうちに負った無数の切り傷が、腕や足、頬に刻まれていた。決して浅い傷ばかりではなく、じわじわと血が滲んでいた。
「ああいうとっさの時でもちゃんと戦えるようにして!あんたはいつも私を軽やかに使ってるじゃない!その動きを活かすの!!」
「う、うん。頑張るよ。」
パニックの中でもいつもの戦い方をできるようにと心に決める焔空。
「それにしても、さっきの大群は何だったんだろう…。はぁ…帰ろう。」
「そうね。今日はもう十分すぎるくらい戦ったわ。」
痛む体を引きずるようにして、焔空は家の方角へと足を向けた。
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「お帰りなさいませ。」
「ただいま、セレスト…。」
焔空の傷がいつもより明らかに多いことに気づくと、セレストは無言のまま彼を担ぎ上げ、壁を飛び越えて屋敷へと戻った。
「失礼します。」
いつものように部屋に着くと、椅子に座らせられ、服を脱がされていく。無数の切り傷が、月明かりの下でもはっきりと見て取れた。
「今日は、いつもより多いですね。」
「うん…実は、変なことがあったんだ。」
セレストが手をかざし、黒い治癒魔法で傷を癒やす。その間、焔空は先ほどの出来事を語り始めた。
「鬼の一団を見つけて、奇襲したんだけど。最後の一匹を倒した瞬間、大きな雄叫びを上げてね。それが合図だったのか、周りの地面が急に盛り上がって…中から鬼が大量に出てきたんだ。」
「地面から。」
「うん。ガコガコって、まるで床が開くみたいに、綺麗に土が割れて。っく、くぅ…。」
治療の痛みに顔をしかめながらも、焔空は言葉を続ける。
「鬼が土を掘って、隠れ家を作るなんて、聞いたことないよね?」
「はい。鬼に穴を掘る習性はありません。」
淡々と、けれど確かな声色でセレストが答える。
「あんな綺麗に地面が割れるなんて、普通じゃないと思う。もしかしたら、何かの魔法が使われてたのかもしれない。」
「魔法ですか。」
「うん。だとしたら――」
言葉を切り、焔空は小さく息を吐いた。
「やっぱり、鬼を操ってる何かが、本当にいるんじゃないかな。」
その言葉に、セレストの手が僅かに止まる。
「可能性は否定できません。」
「だよね…。」
「終わりました。」
「ありがとう、セレスト。」
治療を終え、焔空は小さく息をつく。だが、その表情には拭いきれない不安が滲んでいた。
「ふぅ……。もしかしたら、あの場所にはまだ鬼がいるかもしれない。明日もあの辺りを調べてみよう。」
「はいはい。」




