第6話 異常な静けさ
実技演習場では、模擬試合形式の授業が行われていた。
《炎裂き》
一閃、また一閃。焔翠の炎の刃が次々とクラスメイトの武器を弾き飛ばし、瞬く間に勝負を決めていく。相手はまともに反撃する隙すら与えられることなく、地面に膝をつくしかなかった。
「な、参りました…。」
「勝負あり!」
教師の声に、周囲から拍手と歓声が上がる。
「鳥煌さん、圧勝ね!」
「相変わらず、圧倒的だな。」
「これで何連勝目だ?」
称賛の声を浴びながらも、焔翠の視線は隣の試合場へと向いていた。
「はぁっ!」
そこでは、夏帆が対戦相手と、こちらも一方的な展開で試合を進めていた。素早い身のこなしで相手の攻撃を全て躱し、隙を見て確実に拳で一撃を叩き込む。焔翠のような派手さはないが、無駄のない実戦的な動きだった。
「勝負あり!日向の勝ち!」
「あっちも早かったな。」
「さすが、今の壁外護衛部隊の隊長の娘だ。実戦慣れしてるってやつか。」
周囲の生徒たちが感心したように囁き合う。
(…夏帆も、確実に強くなっている。)
その様子を見つめながら、焔翠は内心でそう認めていた。
「焔翠ちゃん!お疲れ様!」
「ええ。また腕を上げたわね。」
試合を終えた夏帆に、焔翠は素直にそう告げた。
「えへへ、ありがとう!でも焔翠ちゃんの方が全然すごいって!あんな一撃で終わらせるなんて、私にはできないもん。」
「…まだまだよ。もっと、強くならないと。」
(このままじゃまだだめ。父上に認めてもらうためにも、もっと。)
拳を握りしめ、焔翠は静かに誓い直す。
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授業を終え、更衣室で制服に着替えている最中、焔翠がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば夏帆、この間の護衛任務はどうだったの。」
「あ、そうだ!聞いてよ焔翠ちゃん!」
途端に目を輝かせ、夏帆は着替える手を止めて話し始める。
「護衛中に出てきた小さい鬼を、私が一人で仕留めたんだ!お父様にも、他の兵士さんたちにもすごく褒められて!」
「へえ。」
「まだまだ一人前ではないけど、確実に前に進んでる気がするんだよね!」
自信に満ちた表情で語る夏帆に、焔翠もわずかに口元を緩める。
「良かったわね。」
「うん!それで、次の休みにも、また護衛任務があるんだ!今度は他国へ向かう行商の旅団と貴族の人に同行するんだって !」
「他国への護衛、ね。どんな人を護衛するの?」
「えーっと、なんか他国と交易をしている貴族の人って言ってたかな?確か…黒瀬って家の人だった。」
夏帆から出てきた名前を聞いて、焔翠は少し表情を引き締めた。
「…その貴族は、噂を聞いたことがあるわ。かなりふてぶてしい性格らしいから、気を付けてね。」
「うん、分かった!」
「護衛対象の機嫌より、任務の安全を優先するのよ。」
「あ、次はどんな敵が出てくるかな!腕が鳴るなぁ!」
「…聞いているの。」
すでに次の戦いへの期待に胸を膨らませている様子の夏帆に、焔翠は小さくため息をついた。
そうしているうちに、着替えを終えた二人は更衣室を出た。ちょうどそこへ、保健室に寄っていたらしい美月がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「美月ちゃん!大丈夫だった?」
夏帆が真っ先に駆け寄る。先ほどの授業中、実技の練習で軽く怪我をしていたのを見ていたのだ。
「大丈夫よ。ただのかすり傷だったから。」
苦笑いしながら、美月は腕に巻かれた包帯を軽く見せる。
「まったく、いつも危なっかしいわね、あの子。」
「不器用なのよ、桜庭さん。」
すれ違いざま、他の生徒たちがそんな風に囁き合っているのが聞こえた。
「な、なんだと!?」
その言葉に、夏帆がすぐさま反応する。
「美月ちゃんは不器用なんかじゃ…!」
「夏帆ちゃん、いいわよ。本当のことなんだから。」
だが美月は、静かに首を横に振った。
「でも!」
「ありがとう、夏帆ちゃん。でも私が戦闘が苦手なのは本当だから仕方ないわ。」
「うう…。それでも!美月にはお菓子作りっていう、すごい才能があるじゃん!」
「そうね。夏帆の言う通り。」
焔翠も静かにそう続けた。
「あなたの本当の良さを知らない人に何を言われても、気にする必要はないわ。」
「焔翠ちゃん…夏帆ちゃん…。」
その言葉に、美月の表情が少しずつ和らいでいく。
「ありがとうございます、二人とも。」
「よし!じゃあ元気出すために、今度また新作のお菓子作って持ってきてよ!」
「ふふ、任せてください!」
いつもの笑顔を取り戻した美月に、三人はまた賑やかに笑い合いながら、廊下を歩いていった。
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数日後の休日。御三家の屋敷から離れた、街外れの門の前。他国へと続く街道の入り口には、壁外護衛部隊の面々が集まっていた。
「よし、今日も気を緩めるなよ!」
「「「はい!」」」
男の号令に、周囲の隊員たちが引き締まった表情で応じる。その中には、夏帆の姿もあった。
「頑張るぞ!!」
「夏帆。」
「父ちゃん!」
気合を入れている夏帆に号令をかけていた銀髪で筋肉隆々の男が近づいてきた。
「この間の任務はうまく動くことができたな。今回も気を引き締めて、頑張れよ。」
「うん!頑張る!」
褒められて嬉しそうな表情を浮かべる夏帆。
「だが出来ればもっと早く門を出たかったな。急がねば、安全な場所に着くまでに夜になってしまう。」
「結構待ったもんね。何でなの?」
首をかしげて疑問を投げかける。
「大半の人は集まっていたのだが、貴族の方が遅くなってしまってな。それで出発がこの時間になったんだ。」
気乗りしない様子だったが、門に集まっている旅団の人に呼ばれそちらに行ってしまった。
「頑張れよ、夏帆ちゃん。」
「今日も期待してるぞ。」
隊員たちからの声援に、夏帆も気合の入った表情で頷く。そこへ、豪奢な馬車が到着した。中に乗っていたのは、恰幅の良い、金色の髭を生やした中年の貴族だった。
「なんだ、学生も同行するのか。頼りないことこの上ないな。」
不機嫌そうに、夏帆の方を一瞥してそう吐き捨てる。
「…むーー。」
小さくふてくされる夏帆だったが、それ以上は口には出さなかった。隊の後方で、他の兵士たちがひそひそと話す声が聞こえてくる。
「あの貴族。何で夏帆ちゃんに不満そうなんだ?」
「あの人、確か生まれた子供に才能があったらしくてな。将来のためにって、かなり厳しく育てたらしいんだが。それで、結局その子供、国から飛び出して行方知れずになったって話だぜ。」
「…そんなので子供嫌いなのか?」
「多分な。昔はやり手の武闘派だったようだが、今じゃ見る影もないよな。」
そんな噂話を耳にしながら、夏帆は表情を引き締めた。
「では、出発します!皆様の身の安全は我々が守ります!しかし、万が一不測の事態があった場合は指示に従い行動してください!鬼や魔物の襲撃があっても森の奥深くには入らないように!!」
隊長の号令と共に、一団は街道を進み始めた。
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道中は、拍子抜けするほど順調に進んだ。魔物の一体も現れることなく、荷物を積んだ馬車や、貴族の乗る馬車は淡々と道を進んでいく。
「ふん、これなら護衛など不要だったのではないか?御三家の討伐がうまくいっているのだろう。昔よりも鬼が減ってしまったら貴様らも商売あがったりだな。」
貴族が皮肉げにそう言い放つ。
「油断は禁物です。」
隊長が静かに、けれど毅然とそう返した。
「いくら御三家の方々が鬼や魔物を討伐しているとはいえ、すべてを討伐できているわけではありません。やつらは最近、なぜか結託して群れを成し、人間を襲います。陽も落ちてきました。夜営ができる場所まで急がないと。」
「危ないならば貴様らが儂らを守るんだな。」
「もちろんです。」
「隊長!」
森の中の偵察を行っていた兵士が戻ってきた。
「岩城、状況はどうだった?」
「妙です。普段ならいるであろう鬼や魔物が居ません。門を出る前に聞いた猿塁家の討伐数から考えて少しはいると思ったのですが…。影も形もありません。」
「いないならいいではないか。」
「たしかに、そうですね!」
貴族の言葉に近くにいた夏帆も安心そうにうなずく。
「それはそうですが…。まったくいないというのも不気味です。隊長。」
「…索敵の回数を増やして、奇襲に備えるんだ。鬼がそこまで考えるとは考えにくいが念のためだ。」
「はっ!」
隊長の命で旅団の周りを固める兵に緊張が走る。だがその緊張とは裏腹にさらに順調に進んだ一団は、馬車一台ほどの幅の滝を視界に収めた。滝の水は街道の下へと流れ込み、その先には小さな川が森の中へと続いている。
「父ちゃん!あの先って安全な場所だよね!」
「ああ。あの先には鬼はあまり出てこず、夜営ができる大きな場所がある。あそこまで行けば安全だ。」
「良かったぁ!父ちゃんが怖がらせるからずっとびくびくしちゃったよ!」
笑顔の夏帆が旅団の先頭まで走って行く。彼女が先頭に立ち手招きをしてくるが、隊長の表情は崩れない。そして足早に進む夏帆が滝の目の前を通ったその時
バシャァ!!
「グルァァァァ!!」
滝の中から大きな鬼が現れた!!




