第4話 いない人
『そういえば。』
心臓が痛くなった翌日の昼。焔空の痛みが引き、体を起こして話ができるくらいになった頃、ふとランが思い出したように口を開いた。
『あんたの二人の友達、夕方くらいに来てたわね?今日は来ないの?』
「ああ、流舞と堅美?二人は今の時間学園に行ってるんだよ。」
『学園?』
「うん。子供が戦い方や学問を学ぶところ。」
『あんたは行かないの?』
「うん、俺は行ってない。」
さらりと答える焔空に、ランは少し引っかかりを覚えたようだった。
『なんで?』
「そもそも俺、この家には”いない人”だからね。学園に通うなんて、もってのほかだよ。」
昔は行ってたんだけどね、と自嘲気味にそう言い軽く笑う。
「でもセレストが色々教えてくれるんだ。読み書きも計算も、この国の歴史も、魔法の基礎知識も。だから困ったことはないよ。」
『…そう。』
「二人とも、あの学園では結構有名なんだって。まあ、御三家の子供だから当たり前か。」
体を動かし窓の外を見て呟く。
「それこそ、今頃授業を受けてるころじゃないかな?」
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「あー、疲れた!」
教室を出るなり、大きく伸びをする流舞。
「あなた、さっきの授業さっぱり分かってなかったでしょ。」
すかさず堅美が突っ込む。
「うっ…バレてたか。」
「バレバレよ。先生に指されて固まってたじゃない。」
呆れたように言いながら、堅美は廊下を歩き出す。その後ろを追いかけるように、眼鏡をかけた男子生徒が声をかけてきた。
「流舞、今日の歴史の授業、全然頭に入ってなかっただろ。」
「恒一まで…。い、いや聞いてはいたんだよ?でも急に系図とか年号とか出てきて、途中から何言ってるか分からなくなって…。」
「はぁ…お前は本当に勉強が苦手だな。」
呆れたようにため息をつく眼鏡をかけた黒髪の少年。その瞳には呆れの感情がにじんでおり、非力そうな手で眼鏡をかけなおしている。
「俺は実戦派なんだよ!わかんなかったら恒一に聞くからさ。」
「それは別にいいが…。」
「神代君甘やかさないで。」
「はいはい。っと、昼だしとっとと食堂行こうか。」
恒一の提案に乗り再度歩き始める三人。
「恒一は本当に歴史好きだよなぁ。」
「好きというより、大事なことだと思ってるだけだ。過去を知らずして今を語ることはできない、って言うだろ。」
眼鏡を直しながら恒一が話す。
「良い言葉だけど、そんな格言あったかしら。」
三人が話しながら廊下を歩いていると、少し離れたところでキョロキョロと辺りを見回している一人の女子生徒に気が付いた。
「あ、森道さん。」
堅美が声をかけると、黒髪の女生徒は、ぱっと表情を明るくしてこちらへ駆け寄ってきた。
「猿塁さん!良かった!」
ぱたぱたと走って三人に駆け寄ってくる少女。制服に着られているような見え方がするのは、袖を通したばかりだからだろうか。
「どうしたの、迷子?」
「そうなんです…!授業が終わってすぐに食堂に行こうとしたんですけど、その後行こうと思ってた食堂がどこか分からなくて。この学園、広すぎませんか?」
「まあ他の国の学園と比べて大きいって聞くわね。私たちには当たり前だったけど、転校してきた森道さんには道が分からなくなるのも当然か。」
先日この国に来たばかりの森道はまだ学園の勝手が分からず、迷子になっているようだった。
「私たちも食堂に行くから一緒に行きましょう?」
「いいんですか!ありがとうございます!」
折れそうな勢いでお辞儀をする森道。その光景に笑みを浮かべながら再度歩き始める。
「あの、皆さんは御三家?の方なんですよね?やっぱり凄い家に住んでるんですか?」
興味津々といった様子で目を輝かせる結衣に、流舞は得意げに笑う。
「まあな!今度遊びに来るか?」
「え、いいんですか!?」
「おお、もちろんだ!」
豪快に笑う流舞。流舞の豪快な距離の詰め方に若干引いている堅美と恒一。
「一応言うが俺は違うからな?普通の家の普通の子供だ。」
「まるで俺が普通の子供じゃないみたいじゃん!!」
「そうは言ってない…こともない。」
「んだとこらぁ!」
勢い任せにヘッドロックを仕掛ける流舞を見てさらに引いている堅美。
「御三家と言えば、森道さんのお姉さんは鳥煌家で働いているのよね?」
「はい!住み込みなので中々話を聞けないんですけど、昨日久しぶりに会った時は楽しく働いてるって言ってました!」
「そう、それは良かった。」
「この学園にも鳥煌家の方がいるんですよね?」
「…ええ。上の学年に焔翠さんがいるわよ。」
「そうなんですね!一度ご挨拶したいものです!」
「今度紹介するわ。」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
そんな話をしながら、四人は食堂へと向かっていった。
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一方、上級生の教室では。
「焔翠ちゃん!お昼ごはん一緒に食べに行こー!」
校庭での魔法の授業が終わり、着替えを済ませて自分の席に戻ってきた焔翠のもとに、褐色肌に銀の短髪を携えた少女が笑顔で元気よくやってきた。
「ええ。」
「焔翠ちゃん、私もご一緒してもいいかしら?」
そしてもう一人、金色の長髪で、出るところは出ている少女が話しかけてくる。
「ええ。もちろんよ、美月。」
「美月ちゃん!今日はクッキーある!?」
「あるわよー。夏帆ちゃんの好きなチョコレート味で作ってるわ。」
「やたーー!!」
「焔翠ちゃんは紅茶味で良かったわよね?」
「ええ、ありがとう。」
「ごはん行く前にトイレに行ってきてもいい?」
「ええ、待ってるから早く行ってきて。」
「はーい!」
笑顔で教室の外に出ていく夏帆。
「そういえば美月。さっきの魔法の授業の時また怒られてなかった?」
その言葉を聞いた美月の表情が曇り、お腹の前で指をいじり始める。
「ええ、やっぱり魔法は苦手で…。」
「人には向き不向きがあるから、仕方ないわ。」
「でも、先生にはお前には才能がある、って言われてるから頑張らないと、とは思ってるの。」
「ふん。才能があるのと向いてるかは別物よ。あなたはあなたがやりたいことをすればいいの。大体、もしあなたが戦いに出向いて怪我をしたら誰が私のケーキを焼くのよ。」
美月はぱっと表情を明るくした。
「ふふ、そうね。ありがとう。今度のお休み、焔翠ちゃんの好きなショートケーキ作るわね。」
「よろしく。」
「ただいま!何の話してたの?」
「今度のお休みに私の家にケーキを食べに来ませんかって話よ。夏帆ちゃんも来れるかしら?」
「行く!!あっ、でも長くはいれないかも。」
「?どうして?」
「お父さんに壁の外まで行商人さんたちの警護に行こう、って言われてるの…。嬉しいことだけど、その鍛錬があると思うから…。」
「あらあら、そうなのね。」
夏帆には見られないように横目で焔翠を見る美月。
「気を使わないでいいわよ。」
その視線に気が付いたのか焔翠は吐き捨てる。
「あっ、ごめんなさい。」
「謝らないで。」
夏帆もすぐに謝るが、焔翠もすぐに返す。
「私は外に出たいんじゃなくて、お父様に認められて鬼の討伐に行きたいの。それにはまだまだ実力不足なのは理解してる。とっとと強くなるからその時は一緒に外に出るわよ。」
「!うん!」
謝っていた夏帆の表情は暗かったが、焔翠の言葉で笑顔が戻る。
「じゃあごはん行こー!」
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その夜。焔空はいつものように森へと出かけ、無事に鬼や魔物の討伐を終えて帰ってきた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま、セレスト。今日もランのおかげで無事だったよ。」
「あたりまえよ!」
「はい。」
短いやり取りを交わし、セレストは焔空をベッドに寝かせる。軽く傷の具合を確かめると、焔空はすぐに深い眠りに落ちていった。
「…。」
セレストは静かに部屋を後にする。
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厨房へと続く廊下を進み、扉を開けて中に入ると、鍋や食器を扱う音が静かに響き始めた。深夜の屋敷は静まり返っており、その物音は思いのほか大きく聞こえる。
その物音を聞いたのだろう、しばらくすると廊下から誰かが近づいてくる足音がした。
「…どなたですか?」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、森道芽依だった。手には護身用なのか、小さな棒を握りしめている。
「あ…すみません、物音がしたので。…お名前をうかがってもよろしいですか?」
恐る恐る中を覗き込む芽依。まだ警戒を続けている彼女に、セレストは作業の手を止め、向き直る。
「…初めまして。私はセレストと申します。」
「セレスト、さん?そんな名前の従者の方って…。」
「私は焔空様に仕えているので知らないと思います。」
「焔空様…。えっ、あっ!そうなんですね!」
最初はその名を聞いても、誰のことか分からなかった芽依だったが 、深山の説明を思い出し慌てて棒を後ろ手に隠した。
「私は森道芽依です!烈華様に紹介していただいてこの家で働かせてもらっています!」
丁寧に頭を下げる芽依に対し、セレストは短く一礼を返すだけだった。
「よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
それだけ言うと、セレストはすぐに作業へと戻ってしまう。取り付く島もないその態度に、芽依は少し面食らいながらも、恐る恐る話しかけた。
「あの、こんな時間に何をなさってるんですか?」
「食事の準備です。」
「食事?こんな時間に?」
時計を見ると、日の出が近づいていた。
「はい。」
短い返事に気まずそうに視線を彷徨わせながらも、芽依は厨房の中へと足を踏み入れた。
「あの、私も手伝います!こんな時間に一人で大変でしょう?」
善意からそう申し出る芽依だったが、セレストはすぐさま首を横に振った。
「結構です。」
「え、で、でも…。」
「私の仕事ですので。」
きっぱりとそう言い切り、セレストは再び作業に戻ってしまう。取り付く島もないその態度に、芽依は少し戸惑いながらも、それ以上食い下がることはしなかった。
「…そう、ですか。わかりました。」
代わりに、少し離れた場所からその姿をじっと見つめることにした。食事を作るセレストの姿が、深夜の静けさの中で妙に絵になっていた。
(おにぎり…朝食だからかな?綺麗な形のおにぎりだ…。)
何を聞いても表情一つ変えないその横顔を、芽依はしばらく黙って眺め続けていた。やがて完成し、それを盆に載せたセレストは、軽く会釈をして厨房を後にした。
「では、失礼します。」
「あ、はい…お疲れ様です。」
見送った後、芽依は誰もいなくなった厨房で、ぽつりと呟いた。
「…綺麗な人だったなぁ。すごくクールだったけど。」
その言葉と共に、ふと先ほどの会話を思い出す。
「焔空様、セレストさんか…。」
深山から聞かされていた話。この家に”いない人”として扱われている、御三家の長男。声をかけることすら禁じられていたその存在を、芽依は今夜、初めて認識したのだった。




