第3話 あなたと見る星
「ふっ!はっ!とりゃ!」
ランと出会ってから数日が経ち、体が動くようになったところで窓の外での鍛錬が始まった。
「下手くそ!」
ランに怒られつつ、素振りを続けている。
「何その振り回し方!私の頭を回らせる気!?」
「や、槍って頭あるの?」
やったことのない槍の動きに息を切らしながら、ランの言葉を聞く焔空。
「比喩よ!それぐらい酷いってこと!!」
最初は一応遠慮していたのか何も言わなかったが、時間が経つにつれて、ランの言葉は次第に厳しくなっていった。
「難しいなぁ…。」
前に使っていた曲剣とは違う槍の重心に苦戦して、息を切らす焔空。
「はぁ、こんなんじゃ話にならないわ。」
呆れたようなランの声。
「ねえ、誰かに槍の使い方を教わりなさいよ。この家大きいんだから槍使いの一人や二人いるでしょ。」
「…それは、無理だよ。」
「何で?」
「…僕、この家にはいない人間なんだ。誰かに助けを求めるなんて、できないよ。」
自嘲気味に笑いながら、槍を持つ手に力が込められる。
「頼める人なんて、いない。」
「…ふぅん。」
いつもの軽い調子とは違う、少し低い声でランが呟く。
「だから、誰かに教わるんじゃなくて、実戦で覚えていくしかないんだ。」
「実戦、ね。まあ、それも一つの手だわ。じゃあ今夜。会った時みたいに壁の外に行くわよ。」
「うん。魔法を打った痛みはほぼ消えたし、あの時の傷もセレストのおかげで治ったから今夜からでも出ようかな。」
「ん。私はあんたの無茶苦茶な振りのせいで頭回ったから、少し寝る。」
「え?あ、うん。…頭が回るのは比喩だったんじゃあ?」
「うるさい。」
ランが体の中に戻っていく。
(もう少し素振りをしようとしたのに、ランって自由だな…。)
「よう!」
「やっほ。」
焔空がランのことを考えていると、後ろから流舞と堅美の声が聞こえてきた。
「わっ!」
「おお!そんなに驚くなよ!」
「いきなり大声で話しかけるからでしょ。今日は鍛錬できるくらいに調子がいいの?」
汗をかいている焔空を見て嬉しそうに言う堅美。
「う、うん。今日はそんなに痛みがないから体を動かしておこうと思って。」
「そう。…あれ?いつもの双剣は?」
「あ、あれは壊れちゃって今は」
『私の知らない奴に私のことを話そうとしてんじゃないわよ。』
ランに出てきてもらおうとした焔空だったが、すんでのところで釘を刺された。
「…鍛錬してたら壊れちゃったんだ。」
「そう、残念ね。もしうちで余ってる武器があったら持ってくるから。良かったら使って?」
「うん。ありがとう。」
「いやあ、焔空は調子がいいし、鬼の討伐はひとまず終わったしいいこと尽くしだな!」
「?討伐が終わった?前に言ってた武器を使う鬼のこと?」
「ああ!鳥煌家の担当地域で相当な戦闘の跡があったらしい。乱入してきた魔物のせいで詳しくは分からないけど、大きな鬼が殺されたことは分かったらしくて、ひとまず区切りがついたんだ。 明日からは通常通り、討伐が再開するってさ。」
「そうなんだ。」
「まあ、俺たちは結局参加させてもらえなかったんだけどな。」
流舞が少し不満げに言う。
「え、そうなの?」
「ああ。俺たちの戦闘力じゃまだ早いって言われてさ。まあ確かに、その槍を持つ鬼は相当な強さだったみたいだし、仕方ないっちゃ仕方ないけど。」
「私たちもいずれは討伐部隊に加わりたいから、実力をつけないとね。」
少し悔しそうにしながらも、堅美はそう前向きに言った。
「でも!討伐が落ち着いたなら、またお前と話す時間も増えるってことだろ?」
流舞がぱっと表情を明るくして焔空の肩に手を回す。
「そうね。忙しくて全然会えない日が続いてたから、これで一安心だわ。」
「そっか。うん、僕も二人と話せる時間が増えるのは嬉しいよ。」
自然と焔空の顔にも笑みが浮かぶ。三人でしばらく他愛のない話をして、二人はまたいつものように夕暮れ前に帰っていった。
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「よし!じゃあやっていこう!」
仮面をかぶり、マントを羽織りランを手に、気合を入れる焔空。
「なんでそんな仮面やらで体を隠してるの?どうせ夜なんだから誰かに会ってもわかりゃしないわよ。」
「たまに夜営中の行商人とかに会うことがあるんだよ。僕の目と髪色は特徴的で、鳥煌家の人だとばれちゃうかもしれないから隠してるの。」
「…ばれてもいいじゃない。」
「駄目なの!絶対バレちゃ駄目!じゃあセレスト、行ってくるね。」
「行ってらっしゃいませ。」
セレストのいつもの深々としたお辞儀に見送られ壁を飛び降りて、いつもの暗い森に入っていく焔空。いつもと違うのはしゃべる相棒がいることだ。
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森の中を進みながら、焔空は次々と現れる鬼や魔物にランを構えて挑んでいった。
「ラン、行くよ!」
「はいはい。」
槍を構え、突き出す。
「グァ!」
小鬼の群れが襲い掛かってくるが、槍の間合いは曲剣よりも遥かに広く、相手が近づく前に次々と貫いていく。
「素振りの時よりずっと様になってるわね。」
「ありがと!ランの切れ味は凄いね!鬼が紙みたいに簡単に貫けるよ!」
「ふふん。そこらの武器とは違うのよ。あんたも昼間とは違っていい感じに振れるじゃない。これなら頭が回ることも無さそう。」
得意げに話すランと嬉しそうにそれをふるう焔空はその後もいくつかの鬼の群れと遭遇したが、いずれもランの間合いの外から一方的に仕留めることができた。相手の攻撃を受けることすらない。傷一つ負わないまま、次々と鬼を討伐していく。
「今日は全然攻撃当たらないや。」
「そりゃそうよ。私を誰だと思ってるの。あんな棍棒振り回すだけの鬼に、間合いの勝負で負けるわけないでしょう。」
「たしかに。ランって本当にすごいんだね。」
しみじみとそう呟く焔空。今まで曲剣で何度も傷を負いながら戦ってきたのが嘘のように、今夜の戦いは終始危なげなく進んでいった。
(ランがいれば、こんなに楽に戦えるんだ…。)
その有用性を実感する焔空だった。
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それから何夜か、同じように壁の外へ出ては鬼や魔物を討伐する日々が続いた。
「ふっ!」
ある夜、焔空は比較的大きな鬼の群れに遭遇した。数の多さに押され気味になりながらも、ランを操って応戦する。
ガキィン!
一匹の鬼が振り下ろした棍棒を、ランで受け止める。
「くっ!」
パキン
小さな音と共に、ランの柄の一部がわずかに欠けた。
「うわぁ!」
衝撃で体勢を崩し、さらに囲まれてしまう。
ガァァ!!
その隙を見逃さないかのように鬼が連れてきた大きなトカゲの魔物が焔空に襲い掛かった。
ザシュ!
「っつ!この!」
爪での攻撃が腕をかすめ傷を作るものの、無理な体勢からランを突き刺す!
ガキィン!
しかし、鱗に弾かれ、またも穂先が欠けてしまう。
「わっ!ラン、大丈夫!?」
何とか距離を取り、欠けた部分を確認して声をかけてしまう。
「なんともないわよ。あんたの血で補えるから。」
焔空の腕の傷から血が出て、ランの柄に伝い欠けた部分を埋め合わせていく。
「おお!凄い!」
「これくらい当然よ!って前!!」
「え?うわぁ!!」
ランの能力に見惚れていた焔空は魔物からの攻撃をぎりぎりで避け、その後も防御に徹する。
「ふん!」
防戦一方でトカゲに押し倒された焔空だったが、上からの大振りの爪の攻撃をぎりぎりで避け、柔らかい腹にランを突き立てトカゲを倒しきった。
「ふっ!」
さらに近づいてきた残りの鬼を、ランで薙ぎ払い倒しきった。
「はぁ、はぁ…今日はちょっと激しかったね。ランは大丈夫?何回か欠けちゃったけど。」
「別に平気よ。多少欠けたって、あんたの血ですぐ補えるんだから。私に痛覚なんてないから心配いらないわ。」
得意げに言うランの声に、焔空も安心する。
「そっか。それなら良かった。」
体についた汚れを軽く払い、立ち上がる。
「よし、そろそろ帰ろうかな。」
そう言って壁の方へ足を向けようとした、その瞬間。
「っ…。」
ドクン
心臓が急に大きく脈打った。
「な、なに…?」
ドクン、ドクン
脈打つ度に、胸の奥から鋭い痛みが突き上がってくる。膝から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまう。
「くっ、う…!」
「えっ、ちょっと!?どうしたの!?」
手から落ちたランの声は明らかに焦っている。
「あっ、く、き…急に、心臓が…!」
「そんな、私は何も感じないのに!なんで、あんただけ…!」
さっきまでの余裕はどこへやら、動転した様子でランがまくし立てる。
「ま、まさか私が原因?でも傷なんてほぼないはずなのに、どうして…!」
「ラン、落ち着い、て…。」
うずくまりながらも、その慌てぶりに焔空は思わず小さく笑ってしまう。
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
「ご、めん…ただ、いつもと違うランが、面白くて。」
笑いながらも焔空は今までの経験を呼び起こし、痛みの原因を探る。
「はぁ、はぁ…多分、血を使いすぎたからだと、思う。それで、無くなった血を補おうとして、体が急激に魔力を巡らせて…魔力の巡りまで、活発になっちゃったんだと、思う。前にも、あったんだ。血を流しすぎて、こうなったこと。…忘れてたよ…。」
途切れ途切れに、それでもどうにか言葉を紡ぐ。
「…私が、あんたを傷つけてる、ってこと?」
いつになく沈んだ声で、ランが呟く。
「違うよ。ラン、のせいじゃない。こうなるなんて、知らなかったんだから。」
痛みで顔をしかめながらも、努めてはっきりとそう言う。
「俺は、ずっと痛みと一緒に生きてきたんだ。だから、これくらいの痛みなら、そのうち治まるって、分かる。心配、しなくていいよ。」
「…」
それ以上、ランは何も言わなかった。
「はぁ…はぁ…。」
しばらく地面に手をついたまま荒い息を繰り返していたが、少しずつ痛みの波が引いていくのを感じ、力を抜いてそのまま仰向けに倒れ込んだ。
「あー、ちょっと楽になった…。」
背中に冷たい草の感触が伝わる。起き上がる気力もそのまま、焔空は頭上に広がる夜空を見上げた。木々の隙間から、無数の星が静かに瞬いている。
「…楽になったならこんなところで寝転がってないで、早く帰りなさいよ。」
「もう少しだけ、こうさせて。まだ動けないよ…。それにせっかくだから、少し星でも見てようかなって。」
「…はぁ、もう。」
小さなため息が聞こえたが、それ以上急かす様子はなかった。しばらくの沈黙の後、ランがぽつりと口を開く。
「…さっきは、悪かったわね。取り乱して。」
「ううん、いいよ。ランが本気で心配してくれてるの、伝わったから。」
「べ、別に心配なんてしてないわよ。ただ、武器が主を失ったら困るってだけ。」
「ふふ、そうなんだ。」
くすりと笑う焔空。夜風が顔を撫で、葉擦れの音がさらさらと響く。
「…こうして寝転んで星見てると、なんだか落ち着くな。」
「私にはただの光の粒にしか見えないけど。」
「そっか。こうやって星を眺めたことなかったの?」
「つい最近まで景色なんて見られなかったから。」
「…そうなの?」
顔だけ横に向けてランを見る。
「ええ。」
ランの口ぶりからは事情を話そうとする意思は読み取れなかった。焔空もそれ以上は聞かず夜空に視線を戻す。
「じゃあ、これから一緒に見ようね。星も、景色も。」
「…好きにすれば。」
素っ気なく答えるランだったが、その声色はどこか柔らかかった。焔空はしばらくそのまま、心臓の痛みが引いていくのを感じながら、静かに瞬く星々を見上げ続けていた。




