第2話 共にいる者
「…ここは。」
焔空の目の前に見えたのはいつもの自室の天井だった。
「おはようございます。」
「セレスト。…おはよー。」
「はい。食事はいかがなされますか?」
「食べ……いたぁ!!」
体を起こそうとした瞬間、今までにない痛みが腹部を走った!
「腹部の傷は治しきれませんでした。傷は塞がっておりますので、痛みが引くまでは稽古は休んだ方がよいかと。」
「そ、そうだね。いつもの痛みとは違うね…。いっ!!」
さらに炎を出した背中と右手も途轍もなく痛い。
「安静になさってください。」
「うん。でも流舞と堅美に、心配かけちゃうから、早く動けるようにしなきゃ。」
「お二人は先ほど来られました。」
「え?」
「焔空様が起きるまでいたかったとおっしゃっていましたが、早くに家に帰ってくるように言われていたようで伝言だけ授かっております。」
「そんなに急いでるなんて珍しいね。伝言って?」
「武器を扱う鬼を討伐するために御三家で手を組んで索敵を行う様で、それに参加するために来られなくなるようです。お二人ともすぐにまた来ると言っておいてくれと念を押されました。」
「武器を扱う鬼?それって……」
『昨日の夜にあなたが殺した鬼ね。』
いきなりどこからともなく頭の中に声が響いた。
「えっ?」
「どうされましたか?」
思わず頭を動かして周囲を見渡す。
「今の声って。」
「何もしておりませんが。」
「ええ?」
『私の声はあなたにしか聞こえてないわ。』
また聞こえた。昨日の夜、最後に聞いた声だ。
「頭の中?」
『そう。ちなみにあなたも頭の中で話せば二人だけで話せるわ。』
「頭の中で?」
「焔空様。」
「あっ、いや。頭の中で誰かがしゃべってるんだ。」
「そうですか。」
自分でも訳が分からないが、外から見ているセレストにはもっと訳が分からないだろう。
『あなたの従者は落ち着いてるわね。昨日の夜、あなたを壁まで運んだ時も眉一つ動かしてなかったわ。』
「壁まで運んだ?」
『ええ。あなたの血を使って何とか運んだの。あそこにいたままじゃすぐに死んじゃうと思ってね。だからあなたの血の匂いをたどってあなたの住処まで移動したの。』
そういえば帰った記憶がない。
「僕の血を使った?どうやって?」
『どうやってって、昨日契約したじゃない。』
「契約?」
『そう契約。覚えてないの?』
「うん。」
『あなたは昨日私と契約したでしょう?』
「うーーん。」
そう言われてもまったく覚えていない。昨日の記憶で最後に思い出せるのは槍から声が聞こえて
「あっ、あの赤い槍ってこと?」
『そうよ。やっと思い出したのね。人間は鬼より鈍いのね。』
「あの槍と契約したってこと?あっ!それより双剣は!?」
頭を動かして探そうとするが、痛みで動かすことができなかった。
「こちらに。」
セレストが体を起こしてくれて、目の前に双剣を置いてくれた。双剣と言ってもその残骸だ。二本とも刀身は粉々に砕け散っていて、直せそうにない。
「やっぱり壊れちゃったか。ごめん、セレスト。折角セレストがくれた物だったのに。」
「いえ。」
『なによ。こんな剣より私の方が強いわよ。』
「強い弱いじゃないよ。この双剣はセレストがくれた大事なものなんだ。これ、直せないよね?」
無理と分かっていてもセレストに聞いてしまう。
「無理です。」
「はぁ。そうだよね…。」
『いいじゃない。代わりの私がいるじゃない。』
「…今までありがとう。」
何とか双剣を撫でる。
「セレスト。机の上に置いといてくれる?」
「わかりました。」
セレストが双剣を持っていってくれた。
『じゃあこれからは私を使うってことね。』
「うん。よろしくね。…頭の中に聞こえる声と話をするのは新鮮だ。」
『別に声を出さなくても私と会話はできるわよ。ほら、頭の中で話してみて。』
「う、うん。」
初めての試み。頭の中で話しかけてみる。
「……。」
『……。』
しばらく沈黙が続き
『ねぇ。話しかけてる?』
駄目だったみたい。
「話しかけてるよ。昨日はありがとうって。」
『はぁ。あんた、才能ないみたいね。』
「うぅ。」
心なしか言葉遣いが乱暴になった気がする。
『言葉を話しても伝わるから暫くはそっちで話すしかないみたいね。』
「でも」
ちらっとセレストを見てしまう。
「セレストから変な目で見られたら嫌だし…。」
『…従者からの目なんてどうでもいいじゃない!』
頭の中で大きな声を出されると頭がぐわんぐわんする。頭が動かせたら、殴られた時みたいに頭が動いていたと思う。
「だって…。」
『はぁーーーーーーーーー。分かった。あんたの腕から血を出して。』
とても長いため息の後、驚くような提案をしてくる。
「えっ、血?」
『そう。私はあんたと契約をして、あんたの血に憑依したの。だからあんたの血を介して外で話ができるってこと。だから血を出して。』
「う、うん。えーっと。」
痛む体をゆっくりと動かし、傷を探す。昨日の戦闘で結構な怪我をしたはずだけど…。
「細かい傷も止血まではしましたので、血が出ているところはありません。」
心の中を見透かされてしまった。
「そっか。じゃあナイフとかない?」
「はい。」
セレストが壁においてある棚から小さなナイフを持ってきてくれた。
「ありがとう。」
セレストから受け取り、指先を切る。
「っつ。」
『足りないわよ!もっと!』
「も、もっとか。」
少し躊躇しながら腕を切る。
「痛っ…。」
つぅ、と血が滲み出て腕を伝う。
『それでいいわ。』
垂れた血が意思を持ったように蠢き、ベッドに落ちる前に集まっていく。それは細長く伸びていき
シュルルルル
みるみるうちに一本の槍の形を成していった。柄から穂先まで赤黒く、焔空が昨日見たあの禍々しい槍と同じ形状だが、どこか纏う気配が違う。
「これが…。」
「血でできた槍、ですか。」
セレストも初めて見る光景に、僅かに目を見開いていた。珍しい反応だ。
「どう?私の姿は。」
槍から声が出て、話しかけてきた。表情は分からないが、ドヤ顔をしてそうだ。
「かっこいいと思う。…そういえばなんて呼べばいいの?」
「なんて…。」
槍の穂先が揺れ、考えているのが分かる。
「名前があったはずだけど思い出せないからあんたが決めて。」
「ええ…。」
少し引きつつもしばらく槍を見つめ、考え込む焔空。
「…ラン、はどうかな。」
「ラン?」
「うん。赤黒い色が、深い紅というか、蘭の花の色に似てるなって思って。それに、なんか…凛としてる感じもするし。」
「ふぅん。」
槍の穂先がわずかに揺れる。まるで気に入ったのか、それとも吟味しているのか。
「…悪くないわね。いいわ、ランでいいわ。」
「よかった。じゃあ、改めて。」
痛む手を動かし、槍を両手で持つ。
「これからよろしくね、ラン。」
「ええ。よろしく、焔空。」
その瞬間、槍が淡く赤い光を放った。まるで応えるように、焔空の腕にじんわりと温かい何かが流れ込んでくる感覚があった。
「これが…契約?」
「そう。これで正式にあんたと私は結ばれたわ。」
どこか満足げな声色。
「うん。…よろしくね。」
改めてそう告げると、槍はまた血へと形を変え、焔空の体内に染み込むように消えていった。
「体に、入った?」
『傷があれば、いつでも呼び出せるから。あんたの手元に出てあげる。』
「そっか。…痛そう。」
『なんで?』
「傷を作るのもそうだけど、呼び出すってことは魔力を使うってことでしょ?僕は魔力を使うと痛みが出るんだ。」
『私を呼び出すときに魔力は使わないわ。あんたの要望に応じて私が動いてるって感じだから。さっきだって魔力は使ってなかったでしょ?』
「…確かに。」
『ふふん。あんたのその変な体質も克服できて良かったわね。』
得意げなランの声に、焔空は小さく笑った。
「早く体を治して、ランとの修行をしなきゃ。」
「はい。」
『楽しみにしてるわ。せっかく面白い相棒を見つけたんだもの。』
-----
その頃、鳥煌家の討伐部隊は森の奥を調査していた。
「…これは。」
焔夜が先頭に立ち、周囲を見渡す。木々はいくつも折れ、地面には焼け焦げた跡が広範囲に残っている。
「かなりの戦闘があったようですね。」
兵たちが周囲に散らばり、辺りを観察する。
「この焼け跡…炎の魔法か。この血の量は何体もの鬼が倒されたようだが。」
焔夜が焼け焦げた地面にしゃがみ込み、指先で触れる。
「そうですね。ですがここまでの炎魔法を使えるなんて誰が?」
「分からないな。だがもっと調べれば…」
「ブモォォォォォォォ!!!」
その時、地響きと共に巨大な影が森を割って現れた。
「なっ!!」
口に大きな牙を携え、その間から炎を噴き出している巨大な猪の魔獣!その突進はー-木々をなぎ倒しながら一直線にこちらへ向かってくる!
「フレアボアです!」
「散れ!!」
焔夜の号令と共に部隊が散開する。魔獣は焦げた地面を暴れまわり、その炎が周囲一帯を焼き尽くしていく。
《焔薙ぎ》
焔夜の一閃が魔獣の横腹を斬り裂くが、猪はひるまずさらに暴れ回り、地面をひっくり返しながら突進を繰り返す。
「周囲からそれぞれ攻撃を仕掛けろ。」
「「はっ!」」
各々が別方向からフレアボアに攻撃を仕掛け激しい戦闘の末、何とか魔獣を討伐した頃には、周囲は見る影もなく焼け野原と化していた。
「…跡形もありませんな。」
「何かが起きたことは間違いないが、これでは詳しいことは分からない。」
焔夜は焼け焦げた地面を見渡し、小さく息を吐いた。何かを言いたげに目を細め、どこかへ続いていたであろう血の痕を見つめる。だが、それ以上口にすることはなかった。
-----
その夜、焔空は自室のベッドで痛みに顔をしかめていた。
「っく、ぅ…。」
昼間の傷の痛みに加え、体内で生成され続ける魔力が絶えず漏れ出て、その度に鋭い痛みが走る。額には脂汗が滲んでいた。
「…これ、毎日こんな感じなの?」
昼間の傷から外に出て様子を窺っていたランが、ベッドの横の椅子に座っているセレストに声をかける。
「ええ。」
「…正直、引くわね。こんな状態でほぼ毎晩鬼を狩りに行ってるって言うんだから。」
「いつものことです。」
ランの横でセレストは椅子に座ったまま静かに焔空の様子を見つめていた。
「…なんかしないの?」
「なんか、とは。」
「いや、こいつの痛みを取り除こうとか考えないわけ?」
「私にはなにもできませんので。」
「…あっそ。」
だが、ランが体の中に戻った後もセレストの視線は一晩中、焔空から離れることはなかった。月が高く昇り、やがて傾いていく間も、セレストはただじっと、痛みに耐える焔空のそばに座り続けていた。声をかけるでもなく、何をするでもなく。ただ、そこにいる。




