第1話 私があなたを愛してあげる
昔々あるところに桃から生まれた桃太郎がいました。
おじいさんとおばあさんに育てられた桃太郎はすくすくと育ち、それはそれはたくましくなりました。
あるとき桃太郎は村を襲う鬼を退治するために犬、猿、そして雉を連れて鬼ヶ島に向かいました。
桃太郎たちの力は強かったですが、鬼も負けず劣らずの強さを持っており戦いは何日も続きました。
桃太郎たちは死闘の末、見事鬼を退治しました。
その後村に戻った桃太郎は村の皆に勇者として崇め奉られましたとさ。
めでたしめでたし。
しかし鬼の脅威はそれでは終わりませんでした。
一匹の力では敵わないと知った鬼は数を増やし、人間をまた襲うようになりました。
桃太郎たちも人を集め、皆に指導を行い鬼に対抗する術をつけさせました。
そうして人間と鬼は何世代にもわたり戦いを繰り広げていくことになりましたとさ。
陽の光が差し込む森の中。二つの集団が戦いを繰り広げていた。お互いに武器を持っているがその姿はまるで違っていた。
「ひるむな!!敵を倒せ!!」
「やぁぁぁぁ!!」
《炎貫!!》
片方は人間の集団。統率がとれておりいくつかのグループに分かれて戦っている。あるものは武器で、あるものは手から炎を出し敵を倒していく。もう片方は
「グロォォォォォ!!!」
巨大な鬼が率いる鬼の集団だ。集団戦の概念はなさそうで、散り散りになったところを人間に倒されている。そんな中、巨大な鬼が前に出た。
「あれがこの群れのリーダーだ!かかれ!!」
「うぉぉ!!」
《炎裂き(ほのおざき)!!》
「ブォォォ!!」
人間の攻撃はその鬼に大きなダメージを与えられなかった。逆に鬼は、手にした棍棒を振り下ろし、目の前の人間を薙ぎ払っていく。
「ぐわぁぁ!!」
「攻撃が効かない!?」
吹き飛ばされた人に小さな鬼が追撃を仕掛けようとしたその時
《焔裂き(ほむらざき)》
後方から炎の一閃が飛んできて小鬼を斬り伏せた。
「焔夜様!!」
「下がっていろ。」
刃が炎に纏われた刀を持った赤髪の男が倒れた人の前に出た。長い刀は男の長身に合っており、その眼も髪に負けないほど赤く、右目には炎の刻印が刻まれている。
「ギャギャギャ。」
「ブォォォォォォォ!!!」
巨大な鬼の後ろにいた杖を持った鬼が何かを呟き杖を振り回すと、杖の先から大量の炎が噴射され男に吹きかかる。さらに巨大な鬼も棍棒を振り下ろす!
《焔薙ぎ(ほむらなぎ)》
焔の刀を横薙ぎに振るうと二匹の鬼だけではなく、その後ろに控えていた小さい鬼もまとめて焼き切れた。
「ギャギャギャ!!」
辛うじて生き残った何匹かは散り散りに逃げていった。
「追いますか?」
「必要ない。負傷者をまとめろ、撤収だ。」
「はっ!!撤収だ!城内に戻るぞ!」
一団もまとまり、撤収していく。焔夜と呼ばれた男は殺した鬼の亡骸をしばらく見ていたが、一団に加わって去っていった。
----------
「「「おかえりなさいませ。」」」
森の中に現れた、高く長い壁。そこにある城門を開けると執事やメイドが同時に礼をして出迎えた。城門はすぐに家の中に繋がっていたのだ。中は荘厳の一言に尽き、この家が貴族の家だと分からせるには十分だった。
「何人か負傷した。治療を。」
「かしこまりました。」
その列から何人か抜けて負傷者に近づいていった。
「周辺の様子はいかがでしたか?」
年配の執事が焔夜の横にやってきた。
「ああ、先の地震で大地が割れた箇所は見当たらなかった。だが鬼は活発化している。他家にも注意を促せ。」
「かしこまりました。」
「焔夜様!」
メイドたちの奥から大きな女が現れた。焔夜よりも背が高くガタイがいい。筋骨隆々の体に浅黒い肌から体を動かすことを好んでいるのが一目で分かる。
「おかえりなさいませ!!」
男が反応する前に抱きついた女。
「ああ、ただいま烈華。」
「お怪我がなさそうでなによりです!」
「ああ。」
烈華と呼ばれた女性の行動はこの家の雰囲気には相応しくないと思うほど活力にあふれたものだったが、焔夜は何も言わなかった。
「そうだ、焔夜様!この度新しいメイドがこの家に加わったんです!」
抱きつくのを止め、列の奥に向かって手招きをすると一人のメイド姿の女性が歩いてきた。
「本日よりお世話になります。森道芽依と申します。よろしくお願いいたします!」
深々と礼をするが、着慣れていないメイド服のせいか、少し動きづらそうだ。烈華と同じ黒髪短髪だが、きゃしゃで力仕事は苦手そうに見える。
「彼女は私の母国の友人から紹介されまして、凄くいい子なんですよ!」
「そうか。烈華が推薦するのなら文句はない。深山。」
「はっ。」
先ほどからいる白髪で年配の執事に声をかける。
「彼女にこの家の規律を教えておけ。」
「承知致しました。」
慣れた所作で深々と礼をする執事。
「あっ!帰ってきて早々立ち話で申し訳ございません!お部屋に戻りましょう!」
「ああ。」
二人が先頭を歩き、メイドや執事たちはそれぞれの仕事に戻っていく。
「森道さん。私たちは旦那様たちと行きましょう。講習はその後で。」
「は、はい!承知致しました!」
四人が長い廊下を歩いていく。烈華は家の雰囲気には似つかわしくない明るさで話を続けていたが、焔夜は気にせず受け答えをして歩いていた。かなり大きい屋敷なのか長い廊下が続き、十字路のところで少女と出会った。
「お父様。お帰りなさいませ。」
「焔翠ちゃん!」
焔翠と呼ばれたのは赤と黒のメッシュの髪の女の子。その色のオッドアイで、右目は赤く炎の刻印が刻まれている。両親譲りなのか長身で、両親とも目線が合うほどだった。烈華はすぐに抱きしめに行ったが、彼女は無表情のまま手で制した。
「お母様。ハグはさっきもしたでしょう。」
「それもそうね!」
なんとかこらえた様子の烈華。
「お父様、鬼の討伐はどうでしたか?」
「いつも通りで問題ない。」
「ですが、何人か負傷者が出たのでしょう?」
「ああ、だがお前が討伐に出る理由にはならない。」
「…。」
「まだお前は戦力になれるほど強くない。戦場に出るには不十分だ。」
「…はい。」
焔翠は暗い表情で拳を握った。
「まあまあ、二人とも。焔翠ちゃんが討伐に出たいのは分かっているけど、焔夜様にも考えがあるのよ。とりあえず部屋でゆっくりしましょう?」
終始笑顔の烈華がその場を宥め落ち着かせる。
「…そうですね。討伐後の大変な時に申し訳ございませんでした。」
しっかりと頭を下げて謝罪をした焔翠。
「かまわない。」
「それでは焔夜様。部屋に行きましょうか?」
「…いや。」
烈華が先導しようとしたもののそれとは違う廊下を見ている焔夜。
「私は煙草を吸ってくる。」
その言葉が出た瞬間、その場の空気が明確に凍った。何もわからないメイドだけが訳も分からず四人の顔を見ている。
「…わかりました。では先に焔翠ちゃんと部屋に行っていますね。」
「我々も講習に行きましょうか。旦那様。奥様。お嬢様。ここで失礼いたします。」
執事は深々と頭を下げ、メイドもそれに倣ってその場を離れようとする。
「さっ、焔翠ちゃん私たちも行きましょう?」
「…。」
烈華に促され焔夜とは別の廊下を進もうとした焔翠だったが立ち止まり、彼の方を向いた。
「お父様。何故あいつを追放しないのですか?」
「……。」
歩き出そうとした焔夜が足を止める。
「この家の後継者は私が務められます。あいつも分かっているはずです。この家に居場所はないと。」
「ちょ、ちょっと焔翠ちゃん。」
屈強そうな体が小さく見えるほど小声で制しようとする烈華だったが、焔翠には通用しなかった。
「そうだな。」
そう言うと、焔夜はそのまま歩いて行ってしまった。
「っち。」
露骨に舌打ちをして別の廊下に行く焔翠。それについていく烈華。その場に残された二人。
(……大丈夫かな、私)
ここに勤めることを、少しだけ後悔した森道だった。
-----
数ある二階のバルコニーの一つに、焔夜はやってきた。街側に面したバルコニーだが、目の前には塀がある、街を見渡すにはもう一つ上の階のバルコニーに行く必要がありそうだ。煙草に火をつけ彼は空や壁ではなく、斜め下のある一点へ目を向けた。
-----
「先ほどは何も説明せず、この家の主人たちと顔を合わせることになってしまい、失礼いたしました。」
「い、いえ!」
二人は深山の執務室に来て、向かい合って座っていた。
「さて烈華様からは外国のご友人からのご紹介とのことでしたが、この国やこの家のことはご存知でしょうか?」
「す、すいません。あまり知らなくて。伝説の桃太郎が築いた国ということくらいしか知らないです。」
申し訳なさそうに言い、縮こまってしまう。
「承知致しました。ではこの国のことから話していきましょうか。」
後ろの本棚から地図を取り出し、二人の間にある机に広げた。
「まずこの国、栄昌国は桃麟家が統治している国です。あなたが知っている約五百年前に最初に鬼を討伐した桃太郎の子孫がこの家です。そしてその家来であった三人の子孫がそれぞれ御三家である猿塁家、犬導家、そしてこの鳥煌家になります。この四家の血を引く方は、代々特別な魔法を使えるのです。」
「特別な魔法?私たちが使う魔導書から習得できる魔法とは違うってことですか?」
「はい。例えば鳥煌家は代々炎の魔導書を継承しておりそれを習得して使うことができるのですが、通常の炎魔法とは違い攻撃性が高く、さらには誰かを回復させることもできる魔法を使うのです。これらの魔法は同じ魔導書を見て修行しても通常の人間では会得できず、結果として一族秘伝の魔法となっているのです。」
「え!そんなことが。」
「ええ、ですのでこの四家はこの国で特別とされているのです。失礼。話がそれました、続けますね。」
円状の壁が描かれた地図の三方を指さし、
「御三家はそれぞれこの国を囲む城壁に沿うように屋敷を構えており、壁の外に出て、鬼や魔物を討伐することを主な仕事にしています。この国は貿易が盛んで、そのため街道に現れた鬼を討伐したり、鬼が増えすぎないように先んじて討伐しているのです。」
「さっきもその討伐帰りだったんですよね。私も違う国から来たので外の怖さは知っていますが、家の中に外へつながる門があるのは少し怖いですね。」
「そうですな。普段は固く閉ざされ、さらには鬼や魔物を近づけさせない魔法が掛かっています。なので昼も夜もあの門から敵が入ってくることはありません。以前は夜にも門を開け討伐に赴いていたのですが今は昼だけですな。」
「何故ですか?」
「今から約五年前、絶滅したと言われていた夜目が利く鬼が現れ始めました。それ以前は我々も夜行性の魔物を狩ろうと夜に行動していたのですが、今ではその鬼たちが徒党を組み始め対処が難しくなっているため、よほどの緊急事態でもない限り夜に行動はしていません。」
「そんなに危険なんですか?」
「はい。最初は夜目が利くとはいえ大したことはないだろうと高を括り、明かりを用いて対処していたのですが」
深山が右腕を捲ると
「ある鬼の一団に私が率いる討伐部隊が襲撃され、私を除いて全滅してしまい、その認識を改めることになりました。」
肘から手にかけて一筋の傷が走った腕が出てきた。
「うわぁ。」
それを見て、森道は思わず引いてしまった。
「自分で言うのも何ですが私の部隊はこの国でも有数の精鋭部隊でした。それが鬼や、鬼が率いていた魔物によって壊滅させられたのです。私もこの怪我を負い、討伐部隊を辞めました。」
腕をしまいつつ話を続ける。
「それ以降この国では夜に壁外へ出るのは禁じられました。当初はこの決定に鬼に屈することになる、名誉が傷つくなどの批判もありましたが人の命には代えられません。この国から出られる方々には鬼除けの札を無償で差し上げて、鬼の脅威がなくなる範囲まで、すぐに移動することをおすすめしております。他にもなるべく護衛部隊が共に国を出るなどもしております。」
「なるほど。私たちも見知らぬ人に助けてもらわなかったらこの国に到着できなかったかもなので、夜の鬼の怖さは身に染みています。」
「それはとても幸運でしたな。夜に現れる鬼たちに対抗できる方など多くはありませんので。」
「でも私の国の周囲ではそこまで鬼の脅威はないんですがどうしてこの国の周りはこんなに鬼が強いんでしょうか?」
「そのことについては国の学者も頭を悩ませています。以前からの鬼の脅威。さらには近年の鬼の強化。我々が対処すべきことは様々なのです。我らが当主である焔夜様は最前線でその問題に取り組まれております。」
「当主の方の考えることは多いんですね。」
しっかりサポートしないと、と意気込む森道。
「はい。奥様の烈華様がそのサポートをしており、長女の焔翠様も学園卒業後にその責務に就かれる予定です。」
「なるほど。」
そこで森道が、ん?という顔になった。
「長女と言うということは他にもお子様が?」
「…はい。」
今までとは違い暗い顔に変わる深山。
「この家のことを知るにはもう一人、知ってもらう必要のある人がいます。」
「はぁ。」
「彼はこの家の長男、焔翠様の弟にあたる人です。しかし、」
深山は一瞬言葉を止め
「彼はこの家には”いない人”なのです。」
-----
焔夜が二本目の煙草に火をつけてすぐに目線をやっていた先で動きがあった。窓が開いたのが見えたのだ。その場所からは中を見ることなどできない。空いた窓の縁を見るのが精一杯だ。それでも少しそれを見ていた彼は、煙草を消し家の中に入っていった。
-----
「い、いない人?」
「はい。彼は戦うことができず、二つの病気のため起きている間のほとんどの時間を部屋で過ごしているんです。」
「起きている間のほとんどの時間を、ってそんな病気があるんですか?」
「一つは焔熱傷。鳥煌家特有の病気です。森道さん、我々はどうやって魔法を使いますか?」
「えーと、体内の魔力を溜める貯蔵庫から管を通して魔力を外に出して魔法を使います。」
「その通りです。基本的に魔力がその管を通る際には何も感じないのですが、焔熱傷の患者は魔力が管を通る時に激痛が走るのです。」
「え!じゃあ魔法を使う時に痛みが起きるってことですか?」
「それだけではありません。我々は無意識のうちに魔力を放出しています。その際にも痛みが生じるので常時痛みが起き続けているのです。」
「それは大変な病気ですね…。」
「はい。ですがこの病気だけなら一度体内の魔力を全て放出しきって、さらに魔力操作を鍛えて無意識の放出をしないようにすれば動くことは可能です。」
その分放出中は凄まじい痛みが生じますがね、とつけたす。
「さらに彼を苦しめているのが過溜症です。」
「それって伝説の桃太郎が罹ったっていうあの?」
「はい。体内の魔力が生成されるのが途轍もなく速くなり、さらにはどんなに魔力操作が巧みでも必ず魔力が常時放出されてしまいます。一度、全ての魔力を放出すれば無意識の放出は多少減りますが、それでもすぐに魔力が生成されまた放出されてしまいます。桃太郎はこの病のおかげで多くの魔法を使うことができました。普通の人間であれば患ってもメリットの方が多い病気ですが、彼は一つ目の病気と合わせて、戦うことが不可能になっています。」
「そんな大変な病気にかかっているならば余計にいない人扱いはあんまりじゃ。」
「それは普通の家の場合です。御三家には城外の敵の討伐という大切な仕事があります。なのでこの家に生まれたからには戦えることが最低条件なのです。事実、彼が戦えなくなった時には途轍もない批判が彼やこの家に届きました。」
「そんなことって。」
「まだ子供だから、という理由でこの家にいることを許されていますが後々は追放されることでしょう。しばらくはあなたは誰かに就かせますのでかかわることはないと思いますが、彼と会った際には声をかけるなどはしないようにしてください。」
「わ、わかりました。…その方の名前を聞くことも駄目なんですか?」
「…彼の名前は焔空と言います。」
-----
誰も通らないような廊下に配置された部屋。貴族のような煌びやかな様子は無く、小さいクローゼットや本棚、一組の椅子とテーブル、水場に繋がる扉、そして
「はぁはぁはぁ。」
真ん中のベッドで男の子が息を切らしながら寝ている。その顔立ちや髪や目の色、目の刻印は当主と同じだが、弱々しさがある。
「……。」
それを椅子に座って見つめるメイドがいるだけだった。
「…セレスト。」
寝ていた男の子は横に座っているメイドに眼を向けた。
「はい、何でしょうか焔空様。」
セレストと呼ばれたメイドはすらっとした細身で体に合ったメイド服を着ているが、中性的な顔立ちに青い瞳、黒髪には青いインナーカラーが入っており男の子とはまるで雰囲気が違った。
「ごめんね、ずっと放出をしちゃって。昨日無理しすぎちゃったみたいだ。」
「構いません。」
「ありがと。セレストは大丈夫?昨日結構治療してもらっちゃったけど。」
「大丈夫です。」
「そう。」
それからしばらく二人の間に会話はなかった。焔空の発する荒い息遣いだけが聞こえる。
「はぁーー、ふぅーー。」
大きな深呼吸をして焔空が起き上がる。
「うん。大丈夫そう。」
「わかりました。お水をどうぞ。」
無表情のまま水を差し出す。
「ありがと。今日はセレストの授業を受けられないくらいにきつかったなぁ。いつも楽しみにしてるから残念。」
「そうですか。」
水を飲み干しさらに深呼吸をした時、
「よう!」
「こんにちは。」
開けられていた窓に二人の少年少女が現れた。
「流舞。堅美。」
「今日は調子いいみたいだな。」
一人は身長が高い少年で深い青色の瞳と髪、右目に水滴のような刻印が刻まれている。
「調子がいいなら余計にうるさくしないほうがいいんじゃない?」
もう一人は少年に比べれば低い身長、茶色の瞳と髪、右目に土の塊のような刻印が刻まれている。
「うん。大丈夫だよ。さっきまで魔力の放出をしてたから体が痛いけど。」
ゆっくりと腕を上げて手を振る焔空。それを聞いて二人はすぐに部屋に入ってくる。
「ほんとか!?こんな時間まで放出するなんて最近無かっただろ!」
「もうちょっと寝といたほうがいいじゃない?」
ベッドに上がりこみ焔空の顔色を窺う。
「だ、大丈夫大丈夫。ありがと。」
その勢いに少し引きながらも、受け入れる。
「それならいいが。セレストさんもどうも。」
男の子、流舞の挨拶に座りながら軽く頭を下げるセレスト。
「そうだ、昨日学園でこいつが珍しく先生に怒られたんだよ。」
「あれはあなたが悪いんでしょ。なぜか私まで一緒に怒られて最悪だったの。」
そのままベッドに座り込み話を始める三人。外で起きた何気ない出来事を二人は話していた。お互いをけなしながら話す様子に焔空も笑顔が途切れない。何度も話題が変わり、
「そういえば昨日珍しく外国から転校生が来たんだ。」
「外国から?」
「ああ。森道さんって言って元々この国の家系で故郷に帰ってきたって感じなんだと。そんでその一団が謎の仮面の人に助けてもらったんだとさ。」
「仮面の人?」
「ああ。森道さんは「伝説の桃太郎に助けてもらいました!」ってはしゃいでたけど、その人は一切魔法を使わなかったらしい。」
「この世の全ての魔法を使いこなしたと言われている伝説の桃太郎とは似ても似つかない人ね。鬼に有利な夜で無償で旅団を助けたのは素直に尊敬に値するけど。」
「もしかしたら何年か前からたまに聞く夜に鬼を狩っていると言われている謎の人物と同一人物かもな。今回旅団を助けたやつはマントを羽織って小さな桃の柄が入った面をしていたらしい。」
桃の面と聞いたところで焔空が少し反応した。
「そ、そうなんだ。桃の面の人って前から噂があったの?」
「みたいね。私たちがその噂を知ったのは今日だけど、この国に来る旅団の間では前から噂になっているらしいわ。「この国には桃太郎がいて、夜に一人で鬼を狩っている」って。うちの、猿塁家の範囲でもよく見られてたみたい。」
「犬導家の持ち回り範囲では、ほぼ見られてなかったらしいぜ。親父が会ってみたいってぼやいてた。そいつに助けられた旅団が前は少なかったけど、ここ最近は増えてきたから結構な噂になってるんだ。もしかしたらどっかの家がスカウトに走るかもな。」
「そんな人がいるんだ。」
声のトーンが変わった焔空だったが、二人はそれを見逃さなかった。
「ま、そいつや俺たちが鬼を狩って外国から来る旅団が増えれば、お前の病気を治すヒントが入ってくるかもしれない。そうしたら一緒に戦いに出ようぜ!お前の剣技は俺よりも凄い!あの攻撃が鬼に決まれば、あいつらもすぐに倒れちまうだろうしな!」
「そうね。焔熱傷や過溜症なんて奇病の治し方は私たちだけじゃ分からないから、外国からも知識や技術を仕入れないと。あなたの本来の身体能力は素晴らしいんだから。一緒に戦って私の魔法と連携したら多くの鬼を葬れる。病気は私が治してあげるからね。」
「俺もだ!」
「あなたには無理。」
「なんだと!」
「ふふっ。」
二人のやり取りを見ていた焔空には笑顔が浮かんでいる。
「二人ともありがとう。でも無理はしないでほしいな。二人と話せるのが一番の幸せだから。」
「おう。」
「ええ、分かってる。と、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ。」
いつの間にか外は夕暮れになり、暗くなろうとしていた。
「そうだな。じゃあ今日は帰るか。またな焔空。」
「じゃあね焔空。」
「うん。またね。」
二人は窓から出ていき、手を振って帰って行った。焔空はそれを見届けた後大きな深呼吸をする。
「ふぅ。」
「焔空様。」
今まで一切気配を出さなかったセレストが声をかける。
「おお!びっくりした。セレストはあの二人が来たらいつも話さないよね。」
「はい。」
「苦手なの?」
「はい。」
「そっか。」
話しながらセレストは窓を閉じた。
「もう休まれますか?」
「うん。いつもの時間になったら起きるよ。」
「承知いたしました。」
そう言うと、セレストは先ほどの椅子に座り、焔空はまた寝息を立てる。
-----
タシュ。
月が昇り切った真夜中。鳥煌家の敷地内でも端の壁。国を囲う壁の上に誰かが何かを持って飛んできた。
「ありがとう、セレスト。」
「いつものことですから。」
セレストが焔空を担ぎ壁の上に飛び乗って来たのだ。俵を担ぐように持たれる焔空の腰には一対の曲剣、身体にはマント、そして小さな桃の刻印が入った仮面を着けている。
「昨日助けたあの外国の旅団が二人のクラスメイトになるとは。ちょっと無理しちゃったけど助けられてよかった。」
「仮面をしていて正解でしたね。」
「うん。仮面をくれたお姉さんは僕のことを言いふらさなかったみたいだからね。もし流舞が言っていた転校生だったら、僕の目のことを言ってただろうから。」
少し嘆くように言いながらマントを羽織り、仮面を着ける。
「よし!じゃあ今日も行ってくるね!」
「はい。いってらっしゃいませ。」
勢いよく壁の外に飛び降りて、森に走っていく焔空。それをずっと見つめ、姿が見えなくなってもその場で立ったまま森を見つめるセレスト。二人にとっては毎晩の光景だ。
-----
「グゥゥ。」
壁からかなり離れた森の中。焔空は大きな熊を貪り食っている鬼の集団を見つけた。
「鬼のグループの数も、そこにいる鬼の数も増えてるよなぁ。頑張らないと。」
気合を入れて、曲剣を握る。
「行くぞ。」
鬼の背後から奇襲を仕掛け、十匹のうち三匹を斬ることができたが他の鬼が焔空に気が付き襲い掛かってくる。
「ギャギャ!!!」
「ふっ!」
それらの攻撃を華麗によけ、さらに遠心力を使って最低限の力で鬼を斬っていく。
「ふん!」
ガキィ!
避けられない鬼の棍棒振り下ろしは、双剣を重ねることで受けきる。避け、受け、
「やぁ!!」
傷一つ負うことなく、すべての鬼を斬り殺した。
「いたた。」
が、彼の体には痛みが走っていた。
「やっぱり体を動かすと痛むなぁ。前は部屋で魔力を放出しきっちゃえば、体を動かしても魔力が流れ出ることが少なくなって、痛むこともなかったのに。最近は少しの動きで魔力が流れ出て痛んできちゃう。」
曲剣を持つ手を動かしながら呟く。
「そのせいで昨日は鬼の攻撃をくらっちゃったし。いやいや!皆が夜に狩りに出なくなったんだから僕が頑張らないと!」
ネガティブ思考を無理やり振り払い、さらに森の奥に進んでいく。すると
「グルルルル」
巨大な鬼が率いるグループが歩いているのを見つけた。
「あっちの方向には街道があったな。ここで叩かないと。」
呟くとまた鬼たちに斬りかかっていく。同じ戦法で小さい鬼を斬り殺し、巨大な鬼にも切傷を増やしていく。
「グォォォォ!!」
しかし鬼が振り回した棍棒をよけようとしたとき、血で足が滑り体勢を崩してしまう。
「やっば!」
ドゥン!!
鈍い音と共に焔空の体が吹き飛ばされる!木にぶつかって、なんとか止まることができたが背中を打ち、動きが鈍る。
「くっ。」
「ガァァァァ!!」
その隙を見逃さないように鬼が棍棒を振り下ろす!
ガキィン!
何とか剣でそれを受けるが、じわじわと力で押しつぶされそうになる。
「ふっ!!」
シュパ ズシュ
曲剣で棍棒を逸らし、鬼の腕や体を斬り付け、心臓を貫くことができた。
「はぁはぁはぁ。」
だが焔空もその場で倒れこんでしまう。
「怪我すると、それを治そうと、魔力があふれ出るの、止めてほしいな。」
体の自然治癒本能によって魔力が溢れ出し、傷を治そうとする。そのせいで痛みが起き、全身を襲っているのだ。つまり焔空は怪我をすればするほど戦えないほどの痛みに襲われる。平常時も溢れ出る魔力で痛みを感じるなど、どうあっても、痛みと共に生きていく人生なのだ。
-----
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
焔空が壁に帰ってきた。その体には幾つもの傷がついていた。
「今日もきつかったー。」
「そのようで。お疲れ様でした。失礼します。」
セレストは焔空の返事を待たずに担ぎ上げると壁を飛び越え、敷地内に帰っていく。
「時間が経つにつれて無意識のうちに漏れ出る魔力が増えちゃってるよ。怪我の分を差し引いてもすごく痛い。」
「そうですか。」
「これからは昼間の放出も多くやっとかないと、狩りの途中で倒れちゃうかもな。」
「そうですか。」
「ほんとこの二つの病気は厄介だなぁ。焔熱傷のせいで魔力を使わない生活をしなきゃいけないのに、過溜症のせいで漏れ出る魔力が多くていつも痛みを感じちゃう。たとえ魔力を空っぽにして過溜症の漏れ出る魔力をなくしても、怪我をすると痛みがすごい。そのせいでうまく体を動かせないなんて。」
「そうですね。部屋に着いたので椅子にどうぞ。」
いつの間にか焔空の部屋についていた。セレストは彼を椅子に座らせると服を脱がせ触診を始める。
「背中の傷は治しましょう。ほっておくと痕が残ってしまいます。」
「うん。よろしく。」
「失礼します。」
セレストが手をかざすと黒い魔力が出てきて焔空の背中の痣にまとわりつく。治しているようには見えないが、痣は少しずつ小さくなっていく。
「っく、くぅ。」
魔法による治療を受けるということは体の中を魔力が巡るということ。つまり焔空にとっては痛みが走る原因なのだ。戦いの最中のような集中状態でもないので痛みが響き、小さく声をあげてしまっている。
「終わりました。」
「ふぅーーー。ありがとうね、セレスト。いつも思うけどセレストが使う治癒魔法はカッコいいね。詠唱もないし、黒いし。他の人の治癒魔法とは違うんでしょ?」
「はい。」
「そっか。今日はもう限界だし、寝るね。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
険しい顔で寝始める焔空。これが彼にとっての日常。焔空が焔空であるための日常なのだ。
-----
《水裂!!》《水鉄!!》
水の魔法がいくつも鬼に向けられて放たれる。何匹かの小鬼が水の刃に切られ、水に押しつぶされて死んでいく。
「ガァ!!」
しかし、一匹の巨鬼は違う。その手に持った武器、槍で魔法を斬っている。
「馬鹿な!魔法を斬る武器があるなど!しかもそれを鬼が使うだと!!」
「っく!ひるむな!確かに鬼があんな武器を持っているなど初めてのことだが、討伐してしまえばいいのだ!かかれ!!」
「ははぁ!!」
何度も魔法を放ち鬼に傷を与えるものの、ほとんどの魔法は槍に斬り払われた。
-----
「ううぅう。」
「はぁはぁ。」
「傷薬と包帯、それに治癒魔法を使える人をかき集めてください。」
「はい!」
何日か後。壁外から帰ってくる側の広間は怪我人であふれていた。深山が指示を出し、怪我人の治療を進めているが、治療をしている側も怪我人の多さにまいっていた。
「何があった。」
そこには焔夜や烈華の姿もあり、帰ってきた部隊の隊長から事情を聞いていた。
「申し訳ございません。不覚を取りました。以前他の家の狩場にも現れたと思われる鬼にやられました。」
「ということは、例の槍を持つ鬼か?」
「槍?鬼は打撃武器しか扱えないんじゃ?」
「ああ、通常の鬼はそうだ。だがここ何日か他の家の狩場で槍を持つ鬼が確認されていたのだ。その鬼は槍を扱うだけではなく、その槍はこちらの魔法を吸い取っていたと。」
「え!そんなことが!?」
「あったんです奥様。我々も対峙するまでは半信半疑でした。まさかそのような槍が存在するとは。しかしあれはまさしくこちらの魔法を、いや魔力を吸い取っていました。」
「そんな武器が存在するなんて。」
「昨日の当主会でそれを聞いた時は私も耳を疑った。桃麟家の方では鬼神の三種の神器ではないかとの見方をしている。」
「鬼神!」
鬼神の言葉に広間のほぼ全ての人が驚きを隠せないでいる。
「鬼神?」
森道を除いて。
「森道さん。」
近くにいた深山が声をかける。
「あ、申し訳ございません!大変な時なのに。」
「構いません。一通り応急処置は落ち着きましたから。この国を作った伝説の桃太郎のことは覚えていますな?」
「はい、もちろん。」
「その桃太郎が退治した鬼が鬼神と言われている鬼だったのです。」
「え!そんな昔の鬼のことなんですか?」
「はい。なので皆驚いているのです。さらにはその鬼神が桃太郎との戦いで用いた三種の神器。そのうちの一つが魔法を吸い取る槍と言われているのです。」
「じゃ、じゃあ今回出てきたその槍が三種の神器の一つかもしれないってことですか!?」
「かもしれません。しかし、今まで三種の神器とは、御伽噺の中だけの存在でした。実在したかどうかも怪しいものでした。それが現れて、また我々人間を脅かそうとしている。これが本当なら一大事です。」
「そ、そうですね。」
森道が驚いている中、怪我人からの報告は続いていた。
「不幸中の幸いなのはあの鬼が他の鬼も斬り殺していることです。我々が遭遇した時、鬼の足元には複数の鬼の死体がありました。」
「複数の鬼に囲まれることはないということか。分かった。ひとまず私は他の家に連絡を取り、今後の対策を話し合う。対策が出るまでは討伐は中止だ。よいな。」
その一言で広間にいた執事やメイドはそれぞれの仕事に戻っていく。怪我をした人たちもそれぞれ医務室に連れていかれる。そしてそれを見ている一つの影があった。
-----
「昨日は鬼が少なかったなぁ。」
広間が騒がしい時、焔空は一対の曲剣を持って鍛錬をしていた。場所は自室の窓の外。彼の部屋は屋敷の外れにあり、窓の外だろうと来ようと思わなければ人は来ない。
「だから今日は鍛錬ができるのですね。」
窓の中からセレストが声をかけている。
「うん。痛みが控えめな時に剣の鍛錬をしておかなきゃ。」
「呑気なものね。」
二人の会話に割って入り込む誰かが来た。
「…お姉様。」
「おはようございます。」
それは焔翠だった。彼女への言葉は焔空とセレストではまるで違うものだった。家の外を歩いてこの場所まで来たようだ。
「…どうしてこちらに?」
焔空は少し怯えながら会話を進める。
「何?自分の家を散歩するのに理由がいるわけ?」
「い、いえ。」
思わず双剣を抱き締めて怯える焔空。
「はぁ、なんでお父様はあんたみたいな使えない奴を追放しないのかしら。」
「…。」
「この家は私が継げるって言っても、なあなあにするし。私が当主になったら真っ先にあなたをどこかへ追放するから覚悟していなさい。」
「は、はい。」
焔空は、鬼を狩っている時の華麗な姿とは打って変わり、とても小さくなっていた。
「そんな使えない鍛錬なんかやめて、部屋で大人しくしていなさい。」
言いたいことを言い終えたからか、踵を返して歩いていく焔翠。その後ろ姿が見えなくなると焔空は小さく深呼吸をした。
「ふぅ。お姉様とは久しぶりに話したけど、やっぱり嫌われてるんだなぁ。」
「そうですね。私が仕え始めた時は温和だったと記憶していますが、どうしてあのように?」
「わかんないよ。流舞は僕に嫉妬しているからだろって言ってたけど、お姉様が僕に嫉妬する理由なんてないから、単純に戦いに出れないから嫌ってるんじゃないかな。」
「そうですか。」
「お姉様がこの家を継ぐまで死ねないなぁ。」
いつもとは違い乾いた笑いをする焔空。
「そうですね。」
「でも、夜に鬼を討伐するのを辞めるなんて考えられないし、鍛錬は続けなきゃ!」
もう一度気合を入れ直し、少し痛む体で鍛錬を再開した焔空。そしてそれを見続けるセレスト。
-----
その日の夜。いつものように二人は壁の上にいた。
「よし!昨日鬼が少なかった分、今日は多いかもしれないから気をつけなきゃ!」
「…そうですね。」
焔空が気合を入れている横で森を見続けたまま返事をしているセレスト。
「?どうかした?」
「いえ、何でもありません。」
「そっか。じゃあ行ってくるね!」
「行ってらっしゃいませ。」
セレストへ挨拶をして森へ飛び降りていく焔空。それを目で追っていたセレストだったがすぐに森の奥に目をやっていた。
「…。」
表情が変わってないので心情は分からない。だが何かを感じ取っているようだった。
-----
「ふぅ。」
鬼を何体か倒して焔空は一息ついた。
「やっぱり鬼の数が減ってるような?」
自身が討伐した鬼を横目に息を整え森の奥に向かう。
「お父様や他の家の討伐が順調なのかな?」
独り言を言いながら進んでいく。
「グギャァァァァ!!」
森の奥から叫び声が聞こえた。
「な、なに?」
戸惑いつつもその方向に走っていく。少し開けた場所のすぐ外の茂みにたどり着いた焔空に見えたのは
「グルゥゥゥ…。」
柄から刀身まで全てが赤黒い槍を持っている巨大な鬼がいた。他の鬼と違うのはその巨躯だけではない。槍を持っている右手や右半身全てが月明かりでも分かるほどに赤くなっている。
「なにあれ?」
初めて見る鬼に戸惑う焔空。その鬼の異質さに目を奪われふと足元を見ると
「あの鬼が、他の鬼を殺したのか?」
先ほどの叫び声の主と思われる小さな鬼が何体も地面に斬り伏せられている。その惨劇を見ると自然と腕が震えてくる。
「…でも槍を使う鬼って初めて見た。っていうか棍棒以外使ってるのも初めてかも。」
ガタガタと震える腕を無理矢理抑えて現状を分析する。
「グルゥ。」
周囲を見渡した鬼がどこかに行こうとした時、焔空は茂みを出て
「ねえ。」
わざわざ声をかけて自分に振り向かせた。
「そっちに行かれると困るんだ。人が通る街道があるからね。…ここで討伐させてもらうよ。」
体が震えている。この鬼は危険だと。だが彼は逃げない。自身に課した使命を果たすために剣を構えて戦いに備える。
「グォォォォ!!!」
鬼が雄たけびを上げて走りこんでくる!
「ガァ!!」
その攻撃は大振りで振り回しており、焔空に見切れない速度ではなかった。
(槍を使ってはいるけど、全然使い慣れていない!)
攻撃を搔い潜って曲剣による攻撃を当てていく。焔空の体に傷は出来ず、鬼の体には傷が増えていく。
「これなら!」
焔空が勝ちを意識して前に出た。鬼もそれに合わせ槍を振り下ろしたが曲剣で受け流して攻撃をする算段だった。その瞬間槍が変化した。
グニュゥ
刀身から赤黒く液状の何かが流れ出したのだ!
「なに!?」
その液体は槍とは別の動きをして焔空に襲い掛かってくる!
ザシュ!
「ぐぁ!!」
予想外の動き、予想外の切れ味に防御が間に合わず胴体を一閃されてしまう。動くことは可能だが浅い傷ではない。
「なんだそれ!」
シュシュシュ
「ブォォォォ!!」
槍の攻撃とそれとは別の考えで動いていそうな液体の攻撃。反撃の隙は無く、徐々に傷が増え追い込まれていく。
「くっ!!」
それでも致命傷を避け何とか逃げ回っていた焔空だったが液体が彼の右腕に絡みつく!
「なっ!?」
そして絞めつけると同時に焔空にとっては毎日経験している痛みが右腕を襲った。
「ぐぅぅ!!」
(これは血か!!しかも魔力を吸っているのか!?)
痛みと締め付けで動きが止まったところに槍の突きが炸裂した!
ガキィン!!
ドゴゴゴゴォ!!
血を振り払い剣の防御が間に合ったものの二振りとも破壊され、彼の体も後ろに吹き飛ばされた!何本もの木を壊してようやく止まる。
「はぁはぁ…」
辛うじて意識はあるが出血は酷く、全身に痛みが襲い掛かっている。勝ちを確信した鬼がゆっくりと近づいてくる。
「剣、壊れちゃった。…セレストに、謝ん、なきゃ。」
フラフラと腕を動かすが立ち上がることはできなさそうだ。
「剣が壊された時の戦い方…セレストと話したよなぁ。」
刀身が無くなった剣を鞘に納め腕を見つめる。
「痛いからやりたくないけど…死ぬわけにはいかないよね。」
焔空の目に覚悟が浮かんだ。鬼が大きく槍を振りかぶる。
ブゥン!!
槍を振り下ろされた瞬間
《焔跳び(ほむらとび)!!》
背中から炎を出して鬼に飛びつき右手を鬼に押し当てた!
《焔吹!!》
右腕全体から鬼を巻き込むほどの大きな蒼い炎が噴射される!!
「ガァァァァァァァ!!!」
鬼の体が炎に包まれる!槍を振り回すが近くにいる焔空にも自身の体を包んでいる炎にも当たらない!
「ぐぅぅぅぅぅぅ!!!!」
焔空も体は大きく震え顔は今までにないほど苦痛に歪んでいる。
ズリュウ
槍から出た血が焔空の体に纏わりつき魔力を吸い出そうとしてくる。腕だけではなく全身に痛みが走りその体が足から崩れそうになる。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし持ち直した焔空は魔法の勢いを強くして押し切ろうとする!
「ガァァァ、ァ」
炎に耐えていた鬼だったが、ほどなく体が焼け落ちた。
「はぁはぁはぁ。」
ドサッ
それを見届けた焔空もその場に仰向けに倒れこむ。
「っく、ぅう。」
体中が、特に魔法を放った背中と右腕が激しい痛みを放つ。動くことがまったくできなさそうだ。
「はぁはぁ。」
仰向けから体を動かせない。
『あの炎。面白いわね。』
どこからともなく女性のような声が聞こえる。
「!!だ、だれ?」
体を動かせないながらも声の主を探す焔空。
『誰って、近くにいるじゃない。』
よく聞くとその声は焔空の頭の中に直接響いている。
「えっ?」
(近く?)
焔空が考えていると音も無く目の前に槍が動いてきた。血が柄を持つようにして刀身が彼の眼前にやってきた。
「おにの、ぶき?」
『別にあいつのってわけじゃないけどね。あいつに使わせてやってたの。あの鬼はつまらなかったけど。あなた。面白い炎を使うのね。』
「え?」
『ふふふ。』
誘惑するように刀身から血が流れ出て焔空の顎を撫でる。
『私があなたを愛してあげる。』
この出会いは世界を変える出会いとなった。




