第13話 姉に捧げる祈り
「あ、怜奈さん。」
学園の廊下を歩いていた流舞が、前方から歩いてくる少女に気づき、そう呟いた。
「久しぶりです、怜奈さん。」
堅美もそれに続いて声をかける。桃色の長い髪をきっちりと結い上げ、凛とした佇まいで歩いてくる少女――怜奈は、二人に気付くと僅かに視線を向けた。
視線を向けるその右目には刀のような刻印が刻まれている。すらっとしたズボン姿はさながら王子様のようだ。
「流舞。堅美。」
短く、それだけを返す怜奈。表情はまったく変わらない。
「あの、あの人は…?」
少し離れたところにいた結衣が、小声で恒一に尋ねる。
「知らないのか?この学園の生徒会長、桃麟怜奈さんだ。桃麟家の長女――つまり、この国の王家の令嬢でもある。」
「え、王家の…!?」
驚く結衣に、恒一は静かに続けた。
「完璧な方、と評判だ。勉強と実技はこの学園で一番。それに人前では決して表情を崩さないらしいぞ。俺も笑顔を見たことがない。」
「そ、そんなに凄い人なんですね…。」
思わずごくりと唾を飲む結衣。そんな様子に気付いたのか、怜奈がふとこちらへ視線を向けた。
「そちらは?」
淡々とした、それでいて有無を言わさない響きのある声。結衣は一瞬びくりと肩を震わせたが、すぐに背筋を伸ばした。
「は、初めまして!森道結衣と申します!先日、この学園に転校してまいりました!外国から来ましたので、まだまだ分からないことだらけですが、よろしくお願いします!」
はきはきと、しっかりとした自己紹介をする結衣に、怜奈は小さくうなずいた。
「森道結衣さん。転校とは珍しい。覚えておくわ。」
「あ、ありがとうございます…!」
その落ち着いた対応に、結衣は少しほっとしたような表情を浮かべた。
「流舞。堅美。明日の会には参加するの?」
「ん?ああ、行くよ。うちの家は全員参加だって。」
「私の家も全員で行く予定です。」
「そうか。私も護衛と共に参加する。決して無礼のないように。親しい仲にも、礼儀は必要だ。」
「分かってるよ…。毎年のことだからわきまえてるって。」
「どうだか…。あんた、去年はすぐに会場を出ていったじゃない。」
「あれは…、悪かったよ。今年は静かにしてるって。」
堅美からの厳しい言葉と、怜奈からの冷たい視線に頭を掻き、謝罪をする流舞。
「あの…?」
「何のことだか俺にはわからん。」
「ああ、ごめんなさい。実は」
「怜奈さん。」
堅美が後ろの二人に説明をしようとした時、廊下の向こうから焔翠、夏帆、美月の三人がやってきた。
「どうも。」
「こんにちわ!」
「こんにちは、桃麟さん。」
「こんにちは。焔翠。ちょうど今君の誕生日会のことを話していたんだ。」
「誕生日会?鳥煌さんのですか?」
やってきた焔翠の顔を見ながら首を傾げる結衣。
「そう。焔翠さんの誕生日会の事を話していたの。毎年やっていて、貴族が多く来るのよ。」
「毎年豪勢だよなぁ、あれ。」
「豪勢、ですか?」
興味を引かれた様子で、結衣が目を輝かせる。
「ああ、王族や御三家、貴族の集まりだからな。装飾も凄いし、料理も凄いんだ。」
「わあ…そんな会、想像もつかないです…!」
うっとりとした様子で結衣がそう呟くと、焔翠がふと口を開いた。
「森道さんと神代君も、来てもいいわよ。」
「え?」
思いがけない誘いに、結衣が目を丸くする。
「い、いいんですか!?」
「俺も?」
「ええ、別に構わないわ。」
「良いんですか、焔翠さん?」
堅美が少し驚いたように尋ねると、焔翠はどこか他人事のような、あっさりとした口調で答えた。
「ええ、別にいいんじゃない。」
「や、やった…!ありがとうございます!」
結衣が嬉しそうに礼をする横で、恒一は少し戸惑った様子だった。
「皆で来て。ちゃんとした服か、ないなら制服で来ること。」
「ふふ、賑やかになりそうだね。」
美月がそう言うと、夏帆も嬉しそうに笑った。
「じゃあ明日、皆で行こう!」
そんな和やかな会話が続く廊下を、怜奈は静かに、けれどどこか興味深そうに見つめていた。
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夜。学園の裏手にある森。
「今日もいないなぁ…。」
いつものように討伐に訪れた焔空だったが、いくら探しても鬼の姿は見当たらなかった。
「ここもか。」
「全然見かけないわね。」
「うーん、もう何日かここに通わないと駄目かも。」
木々の間を見渡しながら、焔空はそう呟く。だが、ふと何かを思い出したように足を止めた。
「あー、でも明日は来られないや。」
「なんで?」
「お姉様の誕生日会があるんだ。」
「誕生日会?」
「うん。夜に始まって、色んな人が屋敷に来るから、抜け出しにくいんだよね。」
「誕生日会には出るの?」
「ううん、出ないよ。僕はいない人だし。」
さらりとそう答える焔空。
「そう。」
軽く相槌を打つランに、焔空は木の幹に寄りかかりながら、ぽつりと続けた。
「…僕は嫌われてるけど。それでも、お誕生日おめでとうってちゃんと祈るようにしてるんだ。」
「…。」
「立場も、責任も、色々背負ってるだろうから。せめて誕生日くらいは、心から楽しんでもらいたいよね。」
夜空を見上げながら、静かにそう言う焔空。その表情には、複雑ながらも確かな優しさが滲んでいた。
「…あんた、本当にお人好しね。」
「そうかな。」
「あんなに冷たくされてるのに。」
「家族だから。」
小さく笑いながら、焔空はそう答えた。
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翌日の放課後。鳥煌家の広間は、盛大な飾り付けが施されていた。豪奢なシャンデリアの下、大きなテーブルにはケーキや料理がずらりと並び、屋敷の使用人たちが忙しく動き回っている。
「焔翠様、お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとう。」
執事やメイドたちが次々と祝いの言葉を述べていく中、焔翠は無表情のまま、それでも一人一人にしっかりと礼を告げていた。華やかなドレスに身を包んだ姿は、まさに今日の主役だった。
「焔翠ちゃん!お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、夏帆。」
「おめでとうございます、焔翠ちゃん。ケーキ、頑張って作りました。」
「ありがとう、美月。楽しみにしていたわ。」
夏帆や美月が満面の笑みで祝福を述べる一方、焔翠の表情は変わらない。だが、その言葉には確かな感謝の色が滲んでいた。
「おめでとうな、焔翠さん!」
「ありがとう、流舞。」
「おめでとうございます。」
「ありがとう、堅美。」
「おめでとうございます、鳥煌先輩!」
「ありがとう、森道さん。神代君。」
一人一人にきちんと目を合わせ、無表情のまま礼を返していく焔翠。その様子に、結衣は少し戸惑ったような顔をしたが、隣にいた堅美がそっと耳打ちした。
「焔翠さんはいつもこうなの。表情は変わらないけど、ちゃんと嬉しいんだと思うわ。」
「そう、なんですね…。」
やがて広間には、さらに多くの人々が訪れ始めた。栄昌国の貴族たちが、次々と祝いの言葉を携えてやってくる。
「焔夜殿、烈華殿。此度はおめでたい席にお招きいただき、誠にありがとうございます。」
「よくいらしてくださいました。」
焔夜が静かに応じ、烈華が快活な笑顔でもてなす。豪奢な礼服を纏った貴族たちが、次々と挨拶に訪れていた。
「焔翠様も、ますますご立派になられて。」
「ありがとうございます。」
「いずれはお父上と同じ討伐部隊にも加わられるとか。頼もしい限りですな。」
「精進いたします。」
表情こそ変わらないものの、丁寧に言葉を返していく焔翠。その姿は、御三家の令嬢として十分な貫禄を纏っていた。
「焔翠。」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには怜奈が立っていた。その傍らには、見慣れない人物が一人控えている。二人とも示し合わせたようにきっちりとしたスーツ姿で立っていた。
怜奈は上品なスーツ、もう一人は動きやすい男性的なスーツに身を包んでいる。
「怜奈さん。来てくれたのね。」
「約束したでしょう。」
いつも通りの淡々とした口調でそう答える怜奈。だが、焔翠の視線は自然と、その隣に控える人物へと向いた。黒髪の短髪、目元まで覆うように前髪を垂らしたその人物は、大きなチョーカーを首に巻いていた。年齢は怜奈と近いくらいだろうか。
物静かな佇まいで、一言も発さず、ただ怜奈の傍らに立っている。その腰には一本の刀を差している。
「…こちらの方は?」
焔翠の視線が、じっとその人物を見つめる。今まで、怜奈の傍にこのような護衛がいたことはなかった。
「彼女は朔。最近私の護衛になったのだ。」
「護衛?その、怪我をしているのに?」
焔翠の視線は彼女の左腕に向いている。スーツの上からでも分かる。肩から下がない。
「ああ。楽しい誕生日会には似つかわしくない話だから、彼女の話はまた今度。」
「…わかりました。」
「改めて、お誕生日おめでとう。焔翠。」
話を切り上げるように、怜奈はそう告げた。
「ありがとうございます、怜奈さん。」
「桃麟家の姫様までお越しとは、鳥煌家も鼻が高いですな。」
近づいてきた貴族の男が笑いながら言う。
「怜奈様、いつもお世話になっております。」
烈華がそう声をかけると、怜奈は静かに一礼した。
「こちらこそ、いつも焔翠さんにはお世話になっています。」
「さすが鳥煌家、王家からも厚い信頼を得ているのですな。」
感心したように頷く貴族の言葉に、焔夜は静かに目を伏せた。その表情には、複雑な色が僅かに滲んでいたが、誰もそれに気付く者はいなかった。
「それでは、皆様。焔翠様への祈りの言葉と乾杯をさせていただきます。」
深山がそう音頭を取ると、広間中のグラスが一斉に掲げられる。
「焔翠様に消えぬ命の灯火が、幾度でも新たな力を与えますように。」
「「「焔翠様に消えぬ命の灯火が、幾度でも新たな力を与えますように。」」」
「乾杯!」
「「「乾杯!」」」
声が重なり、グラスの触れ合う涼やかな音が広間に響き渡った。
「おめでとう、焔翠ちゃん!」
「おめでとうございます!」
再び友人たちからの祝福が飛び交う中、焔翠は静かにグラスを傾けた。表情は変わらないままだったが、その瞳には確かな温かさが宿っていた。賑やかな声、グラスの音、貴族たちの談笑が入り混じる広間。華やかなその光景の中心で、焔翠はただ一人、静かにその夜を見つめていた。
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「あっ!お姉ちゃん!!」
賑やかな広間の隅、給仕をしていた芽依の姿を見つけ、結衣が駆け寄っていく。
「結衣、来てたのね。」
「うん!焔翠先輩が誘ってくれて!すごいね、こんな豪華な会に呼んでもらえるなんて!」
興奮冷めやらぬ様子でそう言う結衣に、芽依は微笑ましそうに目を細めた。
「学園はどう?楽しくやれてる?」
「うん、すっごく楽しいよ!友達もできたし、堅美さんとか流舞さんとか、皆優しくしてくれて。それに今日は生徒会長さんとも話せたんだよ!」
「生徒会長さん?」
「うん、怜奈様っていう方。王家のお姫様なんだって!すっごく綺麗な人でびっくりしちゃった。」
「へえ、王家の方が生徒会長を…。」
感心したように頷く芽依。
「お姉ちゃんの方はどう?メイドのお仕事。」
「私も楽しくやってるわよ。この間なんて、烈華様に料理を褒めてもらったの。」
「わあ、すごいじゃん!」
姉妹でしばらく他愛のない近況報告を続けていたが、ふと結衣が広間の様子を見渡した。
「それにしても、本当にすごい人数だね。貴族の人たちがこんなに集まるなんて。」
「ええ、本当に。焔翠様も凄いわよね、こんなにたくさんの方々からお祝いされて。」
しみじみとした様子でそう呟く芽依に、結衣も大きく頷く。
「うんうん!しかも王女様まで来てくれるなんて、本当にすごいことだよね!」
「そうね、桃麟家の方が直接お祝いに来てくださるなんて、鳥煌家がどれだけ信頼されているかが分かるわ。」
姉妹でそんな話をしながら、ふと結衣が周囲を見渡す。
「あれ…?そういえば、怜奈様どこ行ったんだろう。」
「え?」
「さっきまで焔翠先輩の近くにいたはずなんだけど。」
きょろきょろと辺りを見回すが、広間のどこにも桃色の髪は見当たらない。
「本当ね…。護衛の方も、姿が見えないわ。」
芽依も釣られるように視線を巡らせるが、やはり見つからなかった。
「トイレとか、そういうのかな?」
「かもしれないけど…。」
少し首を傾げながらも、それ以上は深く気にせず、姉妹は再び会話に戻っていった。だが、広間の賑わいの陰で、その姿がひっそりと消えたことに、気付く者は誰もいなかった。
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自室のベッドから体を起こし、焔空は窓を開けた。冷たい夜風が頬を撫でる。
「お姉様に消えぬ命の灯火が、幾度でも新たな力を与えますように。」
夜空に向かって、静かにそう祈りを捧げる。声は小さいが、その言葉には確かな真心が込められていた。
『何それ。』
「古くからこの家に伝わる祈りの言葉なんだ。誕生日には、家族の健やかな成長と、力の継承を願うんだって。」
『へえ。』
「昔お父様に教えてもらったんだ。本当は直接、面と向かって言うんだけど。」
窓の外の月を見つめながら、焔空は小さく笑った。
「いつか、ちゃんとお姉様に言いたいな。」
『…そう。』
適当に相槌を打つランに、焔空は気にした様子もなく窓辺に腰を下ろした。
コンコン。
その時、珍しく扉がノックされた。
「え?」
焔空が驚いて振り返ると、椅子に座っていたセレストが静かに立ち上がり、扉の方へ向かう。
(誰だろう。…あっ、去年の誕生日会の時は流舞が来たし、今年も来たのかな?)
『誰よ、こんな時間に。』
「流舞じゃないかな。それか堅美か。」
『あっそ。こんな夜に来るなんてよっぽど仲が良いのね。』
拗ねる様子のランだったが、そんなことには気が付かないセレストがゆっくりと扉を開けた。
「――。」
「どうぞ。」
扉を開け、小さな声でセレストと会話をした訪問者はすぐに部屋に入ってきた。
「?」
夜闇に紛れて相手の顔は見えない。近づいてきた人物はスーツを身に纏い、桃色の長い髪を束ねた少女で、
「焔空!!!」
ぎゅーーー
顔を見た途端に抱き着いてきた。




