第14話 君を婿に迎えるその日まで
「れ、怜奈!?」
驚きで声が裏返る焔空。だが怜奈はそれに構わず、ぎゅっとさらに強く抱きしめてくる。
体格差のせいで、焔空はすっぽりと包み込まれるように抱きしめられていた。頬をすり寄せる怜奈の髪が、焔空の頬をくすぐる。
「な、なんでここに!?」
「焔翠の誕生日会に呼ばれたんだ!!」
「お姉様の誕生日会って、まだやってるはずじゃ…!」
「最近、あまり会いに来られなかったから。」
問いには答えず、怜奈はそう呟いた。
「ごめんなさい。忙しくて。」
「い、いや謝らなくても…。」
戸惑いながらも、その声に滲む真剣さに焔空は言葉を詰まらせた。怜奈はそのまま、しばらく無言で抱きしめ続けていた。
「あ、あの、そろそろ…。」
「もう少しだけ。」
「…。」
結局、それからしばらくして、ようやく怜奈の腕が緩んだ。
「ふぅ…。」
ようやく解放され、息をつく焔空。改めて部屋の中に立つ、見慣れぬ護衛の姿に目を向けた。
「あの、そちらの方は…?」
「朔だ。最近、私の護衛になったのだ。口はきけないが、仲間思いの良いやつだぞ。」
淡々とそう答える怜奈。
「話せないの?」
「ええ、今はね。前に鬼との戦いで腕と喉に傷を負ってしまってな。今は治療中だ。それにもかかわらず、私の護衛をしたいと言ってくれてな。巨躯の鬼との戦いは難しいようだが、人間相手の腕は確かなものだ。」
「そう、なんだ…。」
(目は隠れてるけど、睨まれてない?)
そんな焔空の考えをよそに、怜奈はさらりと続けた。
「君は将来私の婿になるのだから。彼女は君の護衛でもある。」
「え、ええ!?」
思わず声を上げる焔空。だが怜奈は特に気にした様子もなく、朔の方へ視線を向けた。
「朔。挨拶を。」
「…。」
朔は前髪の隙間から焔空を見つめた。表情は読み取れないが、その視線には、どこか不穏な空気が滲んでいる。
「あ、あの、初めまして。鳥煌焔空です。よろしく、お願いします…。」
ぎこちなく挨拶をする焔空だったが、朔はそれ以上何も反応せず、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「え?」
戸惑う焔空をよそに、セレストがその後を追うようにすっと部屋を出て、扉を閉める。
「すまない。焔空にはちゃんと挨拶をしろと言ったのだが…。」
「そ、そっか。気にしてないよ。」
苦笑いしながらそう答える焔空。だが、すぐに先ほどの言葉が頭をよぎる。
「あの、婿の話だけど…。」
「ああ。」
「嬉しいけど…周りが、良いって言わないんじゃないかな。」
複雑な思いを滲ませながらそう言うと、怜奈は静かに、けれどはっきりとした声で答えた。
「私が国王になった暁には、誰にも文句を言わせない。」
「え…。」
「その時にちゃんと皆に言うことを聞かせられるよう、精進してるんだ。今は表立って会うと焔空が悪く言われてしまうだろう。だが、いつか絶対にそんな声を無くしてみせる!」
その言葉には、確かな覚悟が込められていた。焔空はしばらく言葉を失い、ただその横顔を見つめる。
「…怜奈って、本当に強い人だね。」
「ふふふ。君を婿に迎えると決めたあの時から、私の思いは変わってないのさ。」
小さく首を傾げる怜奈。その様子に、焔空は思わず笑ってしまった。それから二人は、他愛のない話に花を咲かせた。学園での出来事、最近読んだ本の話、他愛のない冗談。ほんの短い時間だったが二人にとって貴重なひとときだった。
「…そろそろ、戻らないと。」
やがて、名残惜しそうに怜奈がそう告げる。
「うん。またね」
「ええ。」
立ち上がった怜奈は、扉の方へと足を向けかけたが――ふと足を止めた。そして焔空に振り返る。
「…。」
焔空の目を見ている。そして時間が経つごとに、顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「怜奈?」
「その…。」
もじもじと、落ち着かない様子を見せる怜奈。そして意を決したように、唇を差し出した。
「え、な、なに?」
困惑する焔空に、怜奈は真っ赤な顔のまま口を開いた。
「本で読んだんだ!恋人同士は、キスをするものだと!!」
「え、ええっ!?」
「だから!私たちも!!」
そう言って焔空の腕を掴もうとした怜奈だったが、寸前で手が止まった。
「…。」
少しの時が経ったが、手は動かなかった。
「…すまない。君の気持ちを考えていなかった。急に迫られても困るだけだな…。」
そう呟く。
「また、今度。」
そう言って、諦めたように扉の方へ向き直った怜奈。だが、その一瞬の隙をついて。
ちゅ。
焔空が、そっと彼女の頬に口づけた。
「――!」
驚いたように目を見開く怜奈。
「また今度ね。」
にこりと笑いながら、そう告げる焔空。
「……うん。」
顔をさらに真っ赤にしながら、怜奈は小さくうなずいた。
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その間、部屋の外では、二人がドアの両脇に立っていた。朔は前髪の隙間からずっとセレストを睨みつけていたが、セレストはそれを気にする様子もなく、ただ壁の一点を見つめ続けていた。
やがて扉が開き、嬉しそうな表情を浮かべた怜奈が出てくる。
「セレスト。これからも焔空をよろしく頼む。」
「――はい。」
短くそう返すセレストに軽く頷き、怜奈は会場の方へと歩き出した。朔もその後に続く。
「はぁ…。誕生日会を抜け出してきて良かった。」
歩きながら、怜奈がぽつりと呟く。
「朔も、これから焔空と仲良くしてくれると嬉しいな。」
「――。」
二人だけの廊下。その時、朔が怜奈の服の裾をそっと引っ張った。
「?どうした?」
振り返る怜奈に、朔は懐から手帳を取り出し、腰の刀の柄頭で器用に文字を書き記す。
『あの二人は危険だ』
「何故そう思う?」
『焔空は血の匂いがする。メイドは、今まで嗅いだことのない匂いがする』
その言葉に、怜奈は数瞬、考え込むようなそぶりを見せた。
「セレストの方は私も分からない。君が警戒するのも頷ける。だが焔空は危険ではないよ。」
『何か知っている?』
「…焔空が私の知らないところで何かをしているのは知っている。」
静かに、けれどはっきりとそう答える。
「さっき抱きしめた時、前より体つきが良くなっていた。小さいが傷も増えていた。鍛錬をして、誰かと戦ったのだろう。」
『それなら尚更、離れるべきだ』
朔が再び手帳にそう書きつける。
「――君が、私を思って直訴してくれているのは分かっている。」
怜奈は真っすぐに朔を見つめた。
「だが、私は彼を信じている。危険なことをしているのだとしても、私に対してやましいことはしていない。いつか、彼から話してくれるだろう。」
そう言って、怜奈の表情がふっと緩んだ。
「そのいつかの時まで、彼の隣に立てるように精進を続けるのが――彼と将来を共にする、私の役目だ。」
『理解できない』
「君も、いつか分かる時が来るさ。」
小さく笑いながら、怜奈はそう告げる。
『難しいと思う』
「そう言うな。これから彼のことを知っていけばいいじゃないか。」
「――。」
しばらく沈黙していた朔だったが、やがて小さくうなずいた。それを見て、怜奈は嬉しそうに笑みを浮かべ、再び会場の方へと足を向けた。
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部屋の中では、焔空が笑顔のままベッドに腰掛けていた。
『あんた、意外と恋愛には手慣れているのね。』
ランが、からかうようにそう言う。
「手慣れてる?なんで?」
『だってあんなキザにキスをするなんて、やり手じゃない。』
「?だって怜奈がキスしたがってたじゃん。でも口には怜奈の方からしたいみたいだから、頬にしたの。喜んでくれたみたいで良かった。」
『……いや、違うわね。』
ランは呆れたようにため息をついた。
『あんた、ただの朴念仁だわ。』
「ぼくねんじん?」
『……ばかってこと!!』
「え、なんで!?」
心外だと言わんばかりに声を上げる焔空。だが、ランはそれ以上取り合わなかった。窓の外では、月がゆっくりと夜空を渡っていく。賑やかな誕生日会の余韻を残しながら、屋敷はいつも通りの静けさを取り戻していった。




