呪いではない
「これは呪いじゃない。」
沈黙を破ったのは、情報セキュリティ担当の主任だった。
「誰かが仕掛けています。」
会議室の空気が変わる。
「そんなことが可能なのか?」
「記事そのものに細工はありません。問題は、記事を読んだ後です。」
主任はモニターにアクセスログを映した。
「スキを押したユーザーだけに、外部サーバーへの不審な通信が発生しています。」
「ウイルスか?」
「違います。もっと厄介です。」
画面には、数百人分のアクセス履歴が並んでいた。
「スキを押した瞬間、その情報がどこかへ送信されます。そして、そのユーザーには次々と『偶然』が起きる。」
「偶然?」
「家族構成、勤務先、通勤経路、SNSの投稿、人間関係……。公開情報と漏えいした情報を組み合わせれば、一人の人間を追い詰めることはできます。」
部屋が静まり返る。
「つまり、不幸は演出されていた?」
主任はゆっくりとうなずいた。
「事故ではありません。誰かが、一人ひとりに合わせて仕掛けているんです。」
「目的は?」
「恐怖です。」
運営はすぐに警察へ相談し、調査を始めた。
その結果、一つの共通点が浮かび上がる。
スキを押した全員が、ある非公開コミュニティで監視対象になっていた。
そこには匿名の管理者がいた。
名前は一度も表示されない。
ただ、毎日一つだけ指示が投稿される。
『次は、ユーザーID 873421。』
『勤務先に匿名の通報。』
『深夜三時三十三分、非通知で電話。』
『玄関ポストに白紙を一枚。』
参加者たちは、それをゲームのように実行していた。
誰も被害者の顔を知らない。
誰も全体像を知らない。
だから、自分が何に加担しているのかも理解していなかった。
主任は最後の資料を机に置いた。
「呪いの正体は、記事ではありません。」
「じゃあ何だ?」
「人間です。」
「人間の悪意を、呪いだと思わせる仕組みだったんです。」
その瞬間、会議室のドアの下に、一枚の封筒が滑り込んできた。
差出人の名前はない。
中にはUSBメモリが一本と、短い手紙だけが入っていた。
『ここまで調べられるとは思いませんでした。
ですが、これは第一段階にすぎません。
本当のゲームは、これから始まります。』




