噂〈既呪〉
管理人になって三日目の夜だった。
記事の一番下に、それまで存在しなかった項目が現れた。
【閲覧制限中】
その横には、赤い文字が浮かんでいる。
――管理人のみ閲覧可。
震える指でクリックすると、画面は真っ黒になった。
ゆっくりと一文だけが浮かび上がる。
『千年前の記事を開きますか?』
嫌な予感しかしなかった。
それでも管理人になった以上、拒否するという選択肢は、もう残されていなかった。
僕は「はい」を押した。
画面いっぱいに、古い和紙のような質感が広がる。
そこには、現代の文字ではない古い筆跡が記されていた。
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永承七年。
京の都。
その年、都では「言霊師」と呼ばれる男が処刑された。
男は、人の魂は肉体ではなく「言葉」に宿ると説いていた。
誰かの名を忘れれば、その人間は世界から少しずつ消えていく。
誰にも語られなくなった者は、本当に死ぬ。
だから人は書き残さねばならない。
男は生涯をかけて、人々の言葉を書き写した。
日記。
恋文。
遺書。
懺悔。
恨み。
祝福。
ありとあらゆる言葉を一冊の書へ封じ込めた。
しかし、その書は「死者を呼ぶ禁書」と恐れられた。
朝廷は男を捕らえ、都の外れで火刑に処した。
男は炎に包まれながら、最後にこう呟いたという。
「私を焼いても、言葉は焼けぬ。」
「千年後も、人は言葉を捨て続ける。」
「ならば千年後まで、私は集め続けよう。」
その瞬間、灰の中から真っ黒な墨が噴き上がった。
墨は風に乗り、人々の影へ染み込み、都中の紙という紙を黒く染め上げた。
以来、「書き捨てられた言葉」は消えなくなった。
誰にも読まれなかった言葉。
届かなかった想い。
口にできなかった本音。
それらは千年間、行き場を失い、積み重なり続けた。
時代が変わり、紙は本になり、本は画面になった。
筆はキーボードになり、手紙はSNSになった。
だが、捨てられる言葉だけは増え続けた。
そのすべてが、一つの記事へ流れ込んでいる。
『夏の匂い』は記事ではない。
千年かけて育った呪いそのものだった。
画面はさらにスクロールした。
最後に、千年前の言霊師の署名が現れる。
そこに記されていた名を見た瞬間、僕の全身が凍りついた。
その署名は空欄だった。
名前がない。
いや――違う。
名前が読めないのではない。
見るたびに名前が変わるのだ。
ある瞬間は老人の名。
次の瞬間には少女の名。
さらに瞬きをすると、僕自身の名前になっていた。
画面には、最後の警告が浮かび上がる。
『呪いは人を殺さない。』
『呪いは管理人を千年間、生かし続ける。』
『次の千年まで、失われる言葉を記録せよ。』
その瞬間、パソコンの画面が真っ暗になった。
映り込んだ自分の姿を見て、僕は息をのんだ。
髪が一房だけ、雪のように白くなっていた。
千年の呪いは、一度に命を奪うのではない。
一文字書くたびに、一日ずつ寿命ではなく「時間」を失っていく。
管理人の身体だけが千年を生き、その間、世界中の忘れられた言葉を記録し続ける。
逃げることはできない。
記事を削除しても、端末を壊しても、回線を断っても関係ない。
千年前に生まれた呪いは、紙から本へ、本からネットへと姿を変えながら、生き続けているのだから。
そして今も、新しい通知が静かに届く。
「あなたの記事にスキがつきました。」
その一件の通知が、千年の呪いを次の誰かへと近づけていくのだった。




