始まる実験
USBメモリの解析は、社内ではなく警察立ち会いのもとで行われた。
中に入っていたのは動画ファイルが一つ。
再生時間は十二分三十八秒。
画面は真っ暗だった。
音もない。
「空ファイルか?」
担当者が停止しようとした、その瞬間だった。
画面に白い文字が浮かび上がる。
『ようこそ、運営の皆様。』
機械音声が流れ始める。
「あなた方は、この現象を"呪い"と呼びました。しかし、それは誤りです。」
画面が切り替わる。
そこには何千ものアカウント情報が一覧で表示されていた。
「これは実験です。」
「人間は、"危険だから押すな"と言われたボタンを、本当に押さないのか。」
「そして、その行動は何人に伝播するのか。」
運営の責任者は思わず身を乗り出した。
「実験……だと?」
画面には、次々と統計が映し出される。
『閲覧者 3,814,209人』
『警告を読んだ人数 3,742,155人』
『スキを押した人数 241人』
『警告を他人へ共有した人数 1,526,944人』
ナレーションが続く。
「記事そのものに危険はありません。」
「危険なのは、人間の心理です。」
「『押してはいけない』という言葉は、人の好奇心を刺激する。」
「噂は噂を呼び、人々は自ら恐怖を増幅させる。」
「私たちは、それを観察していました。」
責任者が机を叩いた。
「誰だ、お前たちは!」
画面は再び暗転する。
数秒後、一つのロゴが映し出された。
しかし、それはすぐにノイズで消え、判読できなかった。
代わりに、一枚の文書が表示される。
実験報告書 第七期
成功。
「第七期……?」
つまり、同じ実験は一度や二度ではない。
誰にも気付かれないまま、何年も繰り返されてきたということだった。
動画の最後に、一人の男が姿を現した。
スーツ姿で、顔にはぼかしが入っている。
「安心してください。」
男は穏やかな口調で話した。
「スキを押しただけで呪われることはありません。」
会議室に安堵の空気が流れる。
しかし、男は少し笑って言葉を続けた。
「ただし……。」
「スキを押した人間の情報は、すべて取得しました。」
「誰が警告を無視するのか。」
「誰が噂を拡散するのか。」
「誰が恐怖に負けるのか。」
「その行動データこそが、私たちの目的です。」
動画はそこで終わった。
部屋には沈黙だけが残る。
責任者は静かに口を開いた。
「これは都市伝説なんかじゃない。」
情報セキュリティ担当の主任もうなずく。
「ええ。」
「誰かが、人間そのものを実験材料にしている。」
その日の夕方。
警察は捜査本部を設置し、USBメモリに残された断片的なデータから発信元の追跡を開始した。
そして、最初の手掛かりが見つかる。
動画ファイルには、ごく小さな位置情報が埋め込まれていた。
送信元は、日本国内。
廃業して十年以上になる、とあるデータセンターだった。
責任者は現地へ向かう調査チームを編成した。
彼らはまだ知らない。
そこで待っているのが、実験を終えた研究者ではなく――
次の実験を始めようとしている人間たちであることを。




