妄執〈渇Ⅰ〉
人はんなぁ、何ぞを好きでおるうちは、まだ救われております。ほんまに恐ろしいんは、それが愛やのうて、妄執へと変わったときどす。
丑三つどき。男はんは、誰もおらへん部屋で、ひとつの画面をじっと見つめてはりました。
そのお人の人生は、その数字ひとつに支配されてしもうたんどす。増えたら嬉しゅうて、減ったら胸が潰れるほど悲しゅうなる。たったひとつ数字が変わるだけで、食べることも、眠ることも、心のありようまでも奪われてしもうた。
はじめは、ただ好きやったんどす。ただ、誰ぞに認めてもろうたかった。それだけのことやった。
けど、人いうもんは厄介なもんでなぁ。「わてには才があるのやないやろか」と思うてしもうたら、もう後には戻れしまへん。まして、「まだ世が気づいておらんだけや」と信じてしもうたら、なおさらどす。
男はんは、朝も昼も夜も、言葉を書き続けはりました。数字は少しずつ増えていき、人はんらは褒めてくれはる。けど、百人が褒めてくれても、ひとりが見向きもしてくれへんかったら、そのひとりのことばかりが頭を離れしまへん。
いつの間にやら、そのお人は、物語を書くために生きておるのやのうて、数字を追いかけるために言葉を紡ぐようになってしもうたんどす。
ある晩、画面の中の自分が、ふっと笑いました。
「あんさん、ほんまは何が欲しかったんやろ?」
男はんは、答えることができしまへん。
名声やろか。お金やろか。愛やろか。それとも、自分がこの世におるいう証が欲しかったんやろか。
妄執いうんは、自分でも何を求めておるのかわからんようになった欲のことなんかもしれまへんなぁ。
男はんは今日も、画面を更新し続けはります。何遍も、何遍も。
その指が止まる日は、願いが叶うた日やありまへん。
妄執が、そのお人のすべてを、静かに食ろうてしもうた日どす。




