告白
午前零時。
諏訪貴信は、画面に表示された一つの「スキ」を見つめていた。
菅原道真の記事に反応した人物。
藤原時平。
千年以上前に死んだはずの男が、現代のnoteに現れた。
「……どういうことだよ」
隣に立つ道真は、静かに笑っていた。
「始まったのだ」
「何が?」
「復讐だ」
その瞬間、パソコンの画面が切り替わった。
新しい記事が公開されている。
作者は、藤原時平。
タイトルは――
『菅原道真を左遷した、本当の理由』
「おい、これ……」
貴信が記事を開こうとすると、道真が手を伸ばして止めた。
「読むな」
「なんでだよ」
「その男は、いつもそうだった。自分に都合のいい言葉を並べ、他人の心を操る」
道真の声に、初めて怒りが混じった。
「千年前と同じことをするつもりか」
しかし、貴信の指はすでに記事をクリックしていた。
記事には、意外なことが書かれていた。
藤原時平は、道真の才能を恐れていた。
それは事実だった。
だが、記事の後半には、貴信の知らない話が記されていた。
――菅原道真は、朝廷の改革を進める中で、ある計画を知った。
――それは、権力者たちが民衆の生活を犠牲にして、自らの地位を守る計画だった。
――道真は、その計画を止めようとした。
そして、最後にこう書かれていた。
『私は、菅原道真を憎んでいたわけではない。
あの男が正しかったからこそ、排除する必要があったのだ。』
貴信は息をのんだ。
「正しかったから……?」
道真は、顔を伏せた。
「違う」
「何が違うんだ?」
「私は、正義のためだけに戦っていたわけではない」
道真の手が震えていた。
「私は、あの男に勝ちたかった。私の才能を認めさせたかった。私の言葉に従わせたかった」
彼は貴信を見た。
「私にも、妄執があったのだ」
その言葉に、貴信は何も返せなかった。
道真は怨霊になるほど恨んでいた。
だが、その恨みの奥には、正義だけでは説明できない感情があった。
認められたい。
負けたくない。
自分を否定した相手に、頭を下げさせたい。
それは、千年の時を超えても変わらない人間の欲望だった。
突然、画面に新しい通知が現れた。
藤原時平さんからメッセージが届いています。
貴信が開く。
『諏訪貴信さん。
あなたは、菅原道真の話を書いている。
しかし、彼の話だけを書いても意味がありません。
あなた自身は、誰を許せないのですか?』
貴信の背中に冷たいものが走った。
「……俺?」
道真が画面をにらむ。
「答えるな」
しかし、メッセージは続いた。
『あなたは、誰かに認められたかった。
自分の文章を読んでほしかった。
自分の存在を忘れられたくなかった。
違いますか?』
貴信はキーボードから手を離した。
それは、あまりにも正確だった。
noteに文章を書き続ける理由。
誰かに読んでもらいたいという気持ち。
スキの数に一喜一憂する自分。
そして、心のどこかで、認めてくれない誰かを恨んでいたこと。
時平は、千年前の人間のはずだ。
なのに、どうして自分の心まで見透かしているのか。
「こいつは……何者なんだ?」
道真は答えなかった。
代わりに、低い声で言った。
「時平は、人間の妄執を利用するつもりだ」
「どうやって?」
「恨みを文章にさせるのだ」
道真は画面を指さした。
「人間は、自分の恨みを書けば、少しは楽になると思っている。だが、書いた言葉を何度も読み返し、誰かに認めてもらおうとするうちに、恨みは消えるどころか、深くなることがある」
「じゃあ、文章を書くこと自体が危険だっていうのか?」
「違う」
道真は、貴信の目を見た。
「文章が危険なのではない。恨みを正義だと思い込んだとき、人は自分が何をしているのか分からなくなる」
そのとき、貴信のスマートフォンが鳴った。
新しい記事の通知だった。
作者は、藤原時平。
タイトルは――
『諏訪貴信という男について』
「は……?」
記事を開く。
そこには、貴信がこれまで書いてきた文章の一部が引用されていた。
悔しかったこと。
認められなかったこと。
誰かをうらやましく思ったこと。
そして、何度も自分に言い聞かせてきた言葉。
『いつか、見返してやる。』
記事の最後には、こう書かれていた。
『菅原道真は、千年前に復讐を始めた。
では、諏訪貴信はどうするのだろう。
彼もまた、自分を認めなかった者たちに復讐するのだろうか。』
貴信の手が震えた。
画面の下には、すでにコメントが並び始めていた。
「続きが気になります!」
「これは面白い」
「諏訪さん、本当は誰かを恨んでいるんですか?」
そして、一番上のコメント。
投稿者は、菅原道真。
『貴信。
私のようになるな。』
貴信は、ゆっくりと道真を振り返った。
「……あんたは、どうしたいんだ?」
道真は長い沈黙のあと、答えた。
「時平を倒したい」
「それが復讐じゃないのか?」
「そうだ」
道真は、まっすぐに貴信を見つめた。
「だからこそ、私は恐ろしいのだ」
その瞬間、画面が暗転した。
新しい記事が自動的に公開される。
今度の作者は、諏訪貴信。
タイトルは――
『私は、藤原時平を許さない。』
「違う! 俺は書いてない!」
貴信が叫ぶ。
だが、記事の下には、すでに数百のスキがついていた。
そして、最後の一行。
『復讐を始めるのは、いつだって許せない相手がいるからだ。』
道真は、絶望したように目を閉じた。
「遅かったか……」
「何がだよ!」
道真は、震える声で告げた。
「時平は、私を復活させたかったのではない」
「じゃあ、何のために?」
「千年の時を超えて、もう一度、同じことを起こすためだ」
貴信のスマートフォンに、最後の通知が届いた。
藤原時平からだった。
『ようこそ、諏訪貴信さん。
あなたも今日から、物語の登場人物です。』
その下に、小さな文字が表示されていた。
次の標的:菅原道真。
貴信が顔を上げると、道真の姿は消えていた。
ただ、パソコンの画面に、一つのコメントだけが残されていた。
投稿者――菅原道真。
『貴信。私を止めてくれ。』
その直後、コメントは削除された。
そして、noteのトップページに、見たこともないカテゴリが出現した。
「妄執ランキング」
第一位、藤原時平。
第二位、菅原道真。
第三位、諏訪貴信。
貴信は画面を閉じようとした。
しかし、マウスは動かなかった。
画面の中央に、時平の新しい記事が浮かび上がる。
タイトルは――
『第一回、復讐者選抜。』
その記事には、たった一文だけが書かれていた。
『最初に自分の恨みを認めた者が、勝者となる。』
貴信は、初めて気づいた。
これは、道真と時平の戦いではない。
人間の心に潜む妄執を、誰が一番深く抱えているのか。
それを競わせる、恐ろしいゲームなのだ。
そして自分は、もう逃げられないところまで来ていた。




