↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NOTE  作者: 諏訪貴信


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/43

菅原道真、蘇る

午前零時。


東京のあるマンションで、一人の男がパソコンに向かっていた。


名前は、諏訪貴信。


彼はnoteに文章を書いていた。


テーマは、怨念。


人間はなぜ、許せない相手をいつまでも忘れられないのか。


なぜ、復讐を諦められないのか。


なぜ、死んだ後でさえ、恨み続ける者がいるのか。


貴信はキーボードを叩いた。


「千年以上前にも、そんな人間がいた。」


菅原道真。


平安時代の学者であり、政治家。


政争によって大宰府へ左遷され、失意のうちに亡くなった人物。


その死後、都では異変が相次いだ。


落雷。


疫病。


要人たちの死。


人々は噂した。


道真の怨霊が、都を襲っているのではないか。


やがて道真は天神として祀られ、天満宮の祭神となった。


貴信は文章を読み返した。


「もし、道真が本当に恨みを捨てていなかったら?」


そのときだった。


パソコンの画面が、一瞬だけ暗くなった。


次の瞬間、見覚えのない通知が表示された。


「あなたは、私のことを書いているのですか。」


貴信は手を止めた。


「……誰だ?」


通知の送り主は表示されていない。


いたずらだろう。


そう思って、画面を閉じようとした。


しかし、続けてメッセージが届いた。


「私の無念を、知っていますか。」


貴信は苦笑した。


「菅原道真のつもりか?」


冗談半分で入力する。


すると、返信はすぐに届いた。


「私を大宰府へ追いやった者たちの名を、あなたは知っていますか。」


貴信の笑みが消えた。


画面には、歴史の教科書で見た名前が並び始めた。


藤原時平。


醍醐天皇。


そして、朝廷の人々。


最後に、見覚えのない名前が一つ。


諏訪貴信。


「……は?」


自分の名前だった。


その瞬間、部屋の照明が消えた。


パソコンだけが、青白く光っている。


画面に、長い文章が浮かび上がった。


「千年が過ぎた。」


「人々は私を神と呼ぶ。」


「学問の神。」


「受験の神。」


「願いを叶える神。」


「だが、誰も私の恨みを聞こうとはしなかった。」


貴信は椅子から立ち上がった。


窓の外で、雷が鳴った。


雨は降っていない。


それなのに、東京の空に稲妻が走った。


画面に新しい文章が現れる。


「私は、許されたのではない。」


「忘れられただけだ。」


貴信の背筋に冷たいものが走った。


そのとき、部屋の隅から声がした。


「お前は、書く者なのだろう。」


振り返る。


そこに、男が立っていた。


古びた装束。


長い髪。


痩せた顔。


そして、燃えるような目。


男は静かに貴信を見つめていた。


「ならば、書け。」


「私が何を奪われたのか。」


「私が誰を恨んだのか。」


「そして――」


男の顔が、ゆっくりと歪んだ。


「なぜ、千年経っても許せないのか。」


貴信は声を出せなかった。


男は一歩近づいた。


「私は菅原道真。」


「お前の文章を読んだ。」


貴信は震える声で尋ねた。


「……あなたは、本当に怨霊なのですか?」


道真は答えなかった。


代わりに、窓の外を指さした。


東京の街。


高層ビル。


光る看板。


眠らない都市。


そのすべての明かりが、一斉に消えた。


暗闇の中で、道真の声だけが響く。


「怨霊とは、何だと思う?」


貴信は答えられない。


「死者が蘇ることか。」


「雷を落とすことか。」


「人間を呪い殺すことか。」


道真は首を振った。


「違う。」


そして、貴信のパソコンを指さした。


「本当の怨霊とは――」


画面に、一行が表示された。


「誰かの心の中で、何度でも殺され続ける者だ。」


貴信は息を呑んだ。


道真は続けた。


「人々は私を神にした。」


「だが、神にすることで、私を人間ではなくした。」


「私が何を思い、何に傷つき、何を失ったのか。」


「そんなことは、誰も考えなくなった。」


道真の声が震えた。


「私は、ただの人間だった。」


「それなのに――」


彼の目から、一筋の涙が落ちた。


「私は、死んでからも役割を与えられた。」


学問の神。


雷神。


怨霊。


貴信は初めて気づいた。


この男は、復讐を求めているだけではない。


自分の人生を、誰かに理解してほしいのだ。


しかし、その理解の奥には、千年分の憎悪が渦巻いていた。


道真は貴信の肩に手を置いた。


氷のように冷たい手だった。


「お前に頼みがある。」


「……何ですか。」


「私の物語を書け。」


「歴史に残っていることだけではなく、私が誰にも語れなかったことを。」


貴信は戸惑った。


「でも、僕にはあなたの本当の気持ちはわかりません。」


道真は、ゆっくり笑った。


「そうだ。」


「わからぬからこそ、書くのだ。」


そして、最後に告げた。


「ただし、一つだけ約束しろ。」


「何を?」


道真の目が、鋭く光った。


「私を、善人にするな。」


その瞬間、雷鳴が轟いた。


パソコンの画面に、noteの新規記事作成画面が開いた。


タイトル欄には、すでに文字が入力されていた。


『菅原道真は、なぜ許せなかったのか』


本文欄には、一行だけ。


「私は、あいつらを許さない。」


貴信はキーボードから手を離した。


「……これは、あなたが書いたんですか?」


道真は窓の外を見つめた。


「いや。」


そして、振り返る。


「お前の中に、私がいるのだ。」


貴信のスマートフォンが震えた。


noteからの通知だった。


「あなたの記事が公開されました。」


貴信は叫んだ。


「まだ公開していない!」


だが、画面には、すでに読者数が表示されていた。


閲覧数:1


スキ:0


そして、コメントが一件。


投稿者名――


藤原時平。


コメントの内容は、たった一言だった。


「まだ生きていたのか。」


道真が、初めて笑った。


千年の沈黙を破るような、不気味な笑いだった。


「そうか。」


「お前も、読んでいるのだな。」


画面の中で、コメントが更新された。


「次は、お前の番だ。菅原道真。」


貴信は道真を見た。


道真の表情から、笑みが消えていた。


彼は、ゆっくりと貴信の耳元に顔を寄せた。


「……始まったな。」


「何がです?」


道真は答えた。


「千年越しの復讐だ。」


そして、東京の空に、再び雷が落ちた。


今度は、一度ではなかった。


三度。


四度。


五度。


まるで、誰かが天に向かって、怒りを叩きつけているかのように。


その夜、noteに一つの記事が投稿された。


作者名は、菅原道真。


タイトルは――


『私は、まだ許していない。』


そして、その記事には、誰も押した覚えのない「スキ」が一つだけ付いていた。


投稿者名。


藤原時平。


千年の時を超えて、


最初の復讐が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。