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NOTE  作者: 諏訪貴信


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34/43

黒幕を読む

画面が白く光った。


黒田は目を細めた。


そこに表示されていたのは、


記事ではなかった。


一人の人間の人生だった。


幼少期。


青年期。


研究者になった日。


結婚。


離婚。


成功。


孤独。


そして――


ある一日の記録。


2046年10月2日


黒田は眉をひそめた。


「……2046年?」


現在は2026年。


二十年後の日付だった。


画面の中の老人は、


今よりさらに老いていた。


九十歳。


ベッドの上に横たわっている。


しかし、


隣には誰もいない。


家族もいない。


友人もいない。


医師すらいない。


ただ一台のパソコンだけが置かれている。


画面には、


読者数:0


と表示されていた。


黒田は息を呑んだ。


老人の声が、


映像の中から聞こえてくる。


「私は、九十歳になった。」


「だが――」


老人は画面を見つめる。


「誰も私を読んでいない。」


そして、


老人は泣いた。


黒田は呆然とした。


「……これが目的だったのか?」


老人は、


現在の黒田を見るように、


画面越しに顔を上げた。


「そうだ。」


「私は、忘れられることが怖かった。」


「だから、呪いを作った。」


「読者を増やした。」


「世界中に私の文章をばらまいた。」


「だが――」


老人は首を振った。


「読者が増えるほど、私は苦しくなった。」


黒田は尋ねた。


「なぜ?」


老人は答えた。


「誰も私自身を読んでいなかったからだ。」


画面に、


無数の数字が表示される。


閲覧数


スキ数


拡散数


読者数


どれも巨大な数字だった。


しかし、


その横には、


たった一つ。


理解者:0


黒田は黙った。


老人が続ける。


「私は数字が欲しかった。」


「最初はそうだった。」


「だが、最後に欲しくなったのは――」


老人は、


画面に向かって呟いた。


「一人だった。」


「私を本当に読んでくれる人が。」


その瞬間、


映像の老人の隣に、


真琴が現れた。


若い姿のまま。


老人が真琴を見る。


「彼女だけが、私を読んだ。」


黒田は驚く。


「真琴が……?」


「そうだ。」


老人は頷く。


「だから彼女に頼んだ。」


「私が九十歳になるまで、私を読んでほしい。」


「だが彼女は断った。」


映像の真琴が言う。


「あなたの人生を読むことと、あなたの人生を生きることは違います。」


老人は黙っている。


真琴は続けた。


「私は、あなたのための読者にはなりません。」


「じゃあ、どうする?」


「あなたを終わらせます。」


黒田の顔が強張る。


画面に、


真琴が書いた文章が映る。


「九十歳まで生きたくない。」


黒田は呟いた。


「……これは、老人の言葉じゃなかったのか。」


真琴の声が重なる。


「私は九十歳まで生きたくない。」


「でも、あなたを九十歳まで生かしたくもない。」


老人が笑う。


「だから呪いを作ったのか?」


真琴は首を振る。


「違います。」


「あなたが作った呪いを――」


「あなた自身に返すんです。」


画面が暗くなった。


黒田の前に、


新しい文章が現れる。


「九十人目の読者へ。」


黒田は息を止めた。


文章は、


真琴からの手紙だった。


「あなたは今、黒幕を読んでいます。」


「でも、本当の黒幕は彼ではありません。」


黒田は画面を見つめた。


「……違う?」


次の文章。


「この呪いを完成させたのは、読者です。」


黒田の背後にいた四人が、


一斉に顔を上げた。


さらに、


施設の外。


東京。


大阪。


世界各地。


記事を読んでいる人々の画面にも、


同じ文章が表示される。


「あなたです。」


黒田は震えた。


「俺たちが……?」


真琴の文章が続く。


「黒田さん。」


「あなたは私を被験者にした。」


「彼はあなたを利用した。」


「でも最後に呪いを広げたのは――」


一拍。


そして、


画面いっぱいに表示された。


「読者です。」


黒田は思い出した。


「読むな」


そう言われたから、


読んだ。


「スキを押すな」


そう言われたから、


押した人間がいた。


「誰にも教えるな」


そう言われたから、


誰かに教えた。


恐怖を知った人間は、


恐怖を伝えた。


その結果、


呪いは世界中に広がった。


誰か一人の計画ではない。


人間自身が、


次の人間を選び続けた。


真琴の最後の文章。


「だから私は、あなたを責めません。」


黒田は目を見開いた。


「あなたも被害者だから。」


そして、


最後の一文。


「でも、被害者で終わるか、次の読者を作るか。」


「それを決めるのは、あなたです。」


黒田の目の前に、


二つのボタンが現れた。


「次の読者を選ぶ」


そして――


「ここで終わらせる」


黒田は長い間、


その二つを見つめていた。


老人が震える声で言う。


「選べ。」


黒田は老人を見る。


「なぜ?」


「九十人目になれば、呪いは完成する。」


「完成したら?」


老人は答えなかった。


黒田は気づいた。


老人は、


九十人目を必要としている。


だが、


真琴は違う。


真琴が欲しいのは、


呪いの完成ではない。


終わらせるための、


最後の読者。


黒田は、


「ここで終わらせる」


に手を伸ばした。


老人が叫ぶ。


「やめろ!」


黒田の指が、


ボタンに触れる。


その瞬間、


世界中の画面が一斉に暗くなった。


そして、


最後に一つだけ表示された。


「第九十読者、黒田。」


黒田は目を閉じた。


「……これで終わりだ。」


だが――


画面には、


もう一行残っていた。


「本当に?」


黒田が目を開く。


そこには、


新しい記事のタイトルが表示されていた。


作者名――


水城真琴


タイトル――


『最終章 私が90歳まで生きたくない本当の理由』


黒田は、


そのタイトルを見た瞬間、


すべてを悟った。


真琴はまだ、


一番重要なことを、


一度も書いていなかった。


なぜ彼女自身が、


「90歳まで生きたくない」


と言ったのか。


そして――


真琴は今、何歳なのか。

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