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NOTE  作者: 諏訪貴信


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33/43

九十人目の読者

世界中で、同じ記事が開かれた。


タイトルは、


『私を読むな。』


作者名――


90歳


誰が書いたのか。


誰が公開したのか。


どこから配信されたのか。


それを説明できる人間はいなかった。


ただ一つだけ、


全員に共通していた。


記事を開いた瞬間、


画面にこう表示される。


「あなたは、何歳まで生きたいですか?」


選択肢は三つ。


80歳


90歳


わからない


そして、その下に、


小さな文字。


「答えなくても、記録されます。」


黒田は画面を睨んでいた。


「こんなもの……ただの心理実験だ」


老人は笑った。


「そう思いたいか?」


「違うのか?」


「違う。」


老人は白いノートを指差した。


「これは実験ではない。」


「では、何なんです?」


老人は少しだけ間を置いた。


「遺言だ。」


黒田は眉をひそめる。


「遺言?」


「そう。」


老人は自分の胸を叩いた。


「私が死んだ後も、私を読ませるための遺言だ。」


その言葉と同時に、


老人の背後に巨大な数字が浮かんだ。


89


そして、


その数字が一つ減る。


88


黒田は凍りついた。


「……年齢が?」


「違う。」


老人が答える。


「読者の数だ。」


画面に、


読者残数:88


と表示された。


「世界中で読まれているのに、88?」


「最初の読者は特別なんだ。」


老人は黒田を見る。


「九十人の読者が必要だ。」


黒田は首を振った。


「何のために?」


「最後のページを開くために。」


その頃。


東京のあるマンション。


一人の女性が記事を読んでいた。


三十七歳。


会社員。


何気なくnoteを開いただけだった。


『私を読むな。』


彼女はタイトルを見て、


少し笑った。


「またこういうやつか。」


スクロールする。


文章は短かった。


「私は九十歳まで生きたくない。」


女性は指を止めた。


「……私も。」


無意識に呟いた。


その瞬間、


画面が変わった。


「ありがとうございます。」


女性は驚いてスマートフォンを落とした。


「え?」


床に落ちたスマートフォンから、


声がした。


「あなたは、八十九人目。」


女性は息を呑む。


そして、


画面に一つの名前が表示された。


次の読者を選んでください。


女性の連絡先が、


勝手に開く。


家族。


友人。


同僚。


元恋人。


そして、


最後に――


「あなたが一番憎んでいる人」


女性の指が止まった。


同じ頃。


黒田の施設では、


警報が鳴り始めていた。


「何だ?」


黒田がモニターを見る。


読者数:87


数字が減っている。


「さっきまで88だっただろ!」


老人は黙っている。


「何が起きてる!」


黒田が叫ぶ。


老人は、


初めて怯えた顔を見せた。


「……誰かが、読者を拒否している。」


「拒否?」


「記事を読んだ人間が、次の人間を選ばなかった。」


「それだけ?」


「違う。」


老人の声が震えた。


「読者が、呪いを理解し始めた。」


その瞬間、


モニターに一つの文章が表示された。


「呪いを終わらせる方法があります。」


黒田は息を呑んだ。


「誰が書いた?」


画面の下に、


作者名が出る。


――水城真琴。


黒田は立ち上がった。


「真琴……!」


記事のタイトル。


『九十歳まで生きたくない理由』


黒田は記事を開いた。


そこには、


一枚の写真があった。


若い真琴。


そして、


隣に立つ老人。


しかし、


その老人の顔は黒く塗りつぶされている。


文章が続く。


「私は、九十歳まで生きたくない。」


「でも、それは死にたいからではありません。」


黒田の手が止まった。


次の文章。


「九十歳になったら、私は彼の秘密を公開します。」


老人の顔から、


血の気が引いた。


「……真琴」


黒田が振り返る。


「あなたは何を隠している?」


老人は答えない。


真琴の記事が、


さらに表示される。


「黒田さん。」


「あなたはまだ、彼を信じていますか?」


黒田は老人を見る。


「……どういう意味だ?」


老人は、


ゆっくり後ずさった。


そして初めて、


叫んだ。


「読むな!」


黒田は気づいた。


老人が、


最も恐れているもの。


それは、


死ではなかった。


九十歳になることでもない。


――読まれることだった。


真琴は、


それを知っていた。


だから十年間、


消えたふりをしていた。


圏外に隠れていた。


誰にも見つからない場所で、


ただ一つの文章を完成させるために。


黒田の画面に、


最後の一行が表示された。


「黒幕は、九十歳ではありません。」


一瞬、


画面が消える。


そして、


新しい文字。


「九十歳を恐れている人間です。」


黒田が老人を見る。


老人は、


もう笑っていなかった。


その顔は、


まるで追い詰められた子供のようだった。


「違う……」


「違うんだ……」


老人は震える手で、


自分の胸元から小さな鍵を取り出した。


「真琴が知っている。」


「何を?」


「九十歳になったら公開するはずだった。」


「だから私は――」


老人は鍵を握りしめる。


「九十歳になる前に、


世界中の読者を作らなければならなかった。」


黒田の背後で、


扉が開いた。


そこには、


誰もいない。


ただ、


暗闇の中に一台の古いパソコンが置かれている。


画面には、


読者数:89


と表示されていた。


黒田は息を止める。


「……あと一人。」


老人が呟いた。


その瞬間、


パソコンの画面に、


黒田の名前が表示された。


第90読者候補


黒田は凍りついた。


そして、


画面の下に、


一つだけ選択肢が現れる。


「読む」


黒田は、


そのボタンを見つめた。


背後から、


真琴の声がした。


「黒田さん。」


「押してください。」


「それで――」


「全部、終わります。」


しかし、


老人は叫んだ。


「押すな!」


黒田は二人を見た。


真琴。


老人。


そして、


画面の「読む」。


どちらを信じても、


終わる。


黒田はゆっくりと、


マウスに手を伸ばした。


その瞬間――


画面に、


もう一つの選択肢が現れた。


「黒幕を読む」


黒田は、


初めて笑った。


「……なるほど。」


「本当に読まなければならないのは――」


老人の顔を見た。


「お前自身だったんだな。」


画面が、


白く光った。


そして、


九十人目の読者が、


選ばれた。

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