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NOTE  作者: 諏訪貴信


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31/43

世界呪

「選ぶ」


そのボタンを見つめたまま、黒田は動かなかった。


「……誰を?」


画面には答えが表示されない。


ただ、


選ぶ


という文字だけが点滅している。


黒田は電源を切ろうとした。


しかし、今度はキーボードが勝手に動いた。


カタカタカタ――。


検索欄に、


ひとつの名前が入力される。


水城真琴


「やめろ!」


黒田がキーボードを叩いた。


名前が消える。


だが、すぐに別の名前が表示された。


黒田


「……俺?」


次の瞬間、


名前が二つ並んだ。


水城真琴

黒田


その間に、


一本の線が引かれた。


そして、その下。


第一世代


黒田は眉をひそめた。


「第一……世代?」


画面が切り替わる。


そこには、


無数の名前が並んでいた。


一人目。


二人目。


三人目。


百人目。


千人目。


そして、


一番下に、


第八百四十二万九千三百十一人目


黒田は息を呑んだ。


「こんな人数……いつ?」


画面に答えが出る。


「あなたが眠っている間です。」


「……俺は寝てない」


「あなたの記憶では。」


黒田は立ち上がった。


その瞬間、


施設の奥から音がした。


ドアが開く音。


ギィィィ――。


「誰だ!」


返事はない。


暗い廊下の先に、


人影が立っていた。


黒田は懐中電灯を向ける。


そこにいたのは、


一人の青年だった。


二十代くらい。


白いシャツ。


手にはスマートフォン。


青年は黒田を見るなり、


笑った。


「あなたが黒田さんですか?」


「……誰だ」


「読者です。」


黒田の顔が強張った。


「どうやってここへ入った?」


青年は答えない。


ただ、


スマートフォンを差し出した。


画面には、


一つの記事が表示されている。


タイトルは、


『黒田さんの最後の記事』


作者――


水城真琴


黒田は後ずさった。


「それは……」


青年が言った。


「僕、これを読んだんです。」


「読むな!」


「もう読みました。」


「今すぐ閉じろ!」


青年は首を傾げた。


「どうして?」


黒田は言葉を失った。


青年は笑う。


「だって、あなたが書いたんでしょう?」


「……俺は書いていない」


「じゃあ、誰が書いたんですか?」


黒田は答えられなかった。


青年のスマートフォンに、


新しい文章が表示される。


『黒田は、まだ自分が作者だと思っている。』


黒田は震えた。


「……違う」


『違わない。』


「俺は実験をしただけだ」


『実験した人間は、作者ではないのですか?』


黒田は黙った。


青年が、


もう一度スマートフォンを差し出す。


「続きがあります。」


画面には、


新しい文章。


『第一の読者は、作者になる。』


その下に、


『第二の読者は、物語になる。』


そして――


『第三の読者は、次の読者を作る。』


黒田の顔から血の気が引いた。


「……第三の読者?」


青年が頷いた。


「僕です。」


その瞬間、


青年の背後に、


さらに三人の人間が現れた。


男。


女。


老人。


全員、


スマートフォンを持っている。


全員、


黒田を見ている。


そして全員が、


同じ言葉を口にした。


「僕たちは、読者です。」


黒田は後ずさった。


「……何人いる?」


青年が答える。


「ここには、四人。」


そして、


少し笑って、


続けた。


「でも――」


「外には、もう八百万人以上います。」


黒田はモニターを見る。


世界地図。


光の点が、


一つずつ増えている。


東京。


大阪。


ソウル。


ニューヨーク。


ロンドン。


そして、


さっきまで何もなかった場所まで。


点が灯る。


まるで、


世界そのものが、


一冊の本になっていくように。


そのとき、


モニターに真琴が映った。


十年前の姿。


静かな顔。


そして、


今度ははっきりと声が聞こえた。


「黒田さん。」


「あなたは、ずっと私を探していました。」


「でも――」


真琴が微笑む。


「探す必要なんて、なかったんですよ。」


画面が暗転する。


最後に、


一行だけが残った。


『あなたが読んだ瞬間、私はあなたの中にいました。』


黒田は震えながら、


自分の胸に手を当てた。


心臓が鳴っている。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


しかし――


その鼓動の間に、


別の音が混じっている。


ページをめくる音。


パラ。


パラ。


パラ。


黒田は目を閉じた。


そして、


初めて理解した。


真琴は、


どこかに隠れているのではない。


どこかから通信しているのでもない。


彼女は、


読者の記憶の中に存在している。


だから、


圏外でも届く。


だから、


電源がなくても消えない。


だから――


削除できない。


黒田のスマートフォンが、


最後に一度だけ震えた。


画面には、


新しい通知。


「あなたは、もう一人ではありません。」


その下に、


小さな文字。


「読者が、あなたを読んでいます。」


黒田が顔を上げた。


部屋にいた四人が、


同時にスマートフォンを伏せる。


そして、


黒田を見る。


誰も何も言わない。


ただ、


全員が同じ表情をしていた。


――読んでいる。


黒田自身を。


その瞬間、


黒田の目の前に新しい章タイトルが浮かんだ。


第十九章


『読者たち』


そして、その文字の下に、


真琴の最後の言葉が表示された。


「さあ、次はあなたの番。」

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