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NOTE  作者: 諏訪貴信


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29/43

読む(呪い)

「次の読者を探してください。」


その文字が、黒田の手のひらから消えた。


だが、消えたのは文字だけだった。


痛みは残っている。


黒田は慌てて洗面台に手を伸ばした。


水を流す。


何度もこする。


それでも、皮膚の奥に何かが刻まれているような感覚だけが消えなかった。


「……俺は、誰にも送っていない」


黒田は呟いた。


「ネットワークもない。端末も切っている」


すると、背後のモニターが点いた。


真っ黒な画面。


そこに白い文字が一行だけ浮かんだ。


「送る必要はありません。」


黒田の呼吸が止まった。


続いて、二行目。


「あなたが覚えているから。」


そして三行目。


「記憶は、保存媒体です。」


黒田は椅子から立ち上がった。


「……ふざけるな」


画面には、過去の映像が映り始めた。


十年前。


駅のホーム。


午前六時二十三分。


真琴が立っている。


そして、その隣にいる男。


黒田だった。


映像の中の真琴が振り返る。


カメラではなく――


画面のこちら側を見た。


「黒田さん」


映像の中の真琴が言った。


「もし私が消えたら、あなたはどうしますか?」


若い黒田が答える。


「探すよ」


真琴は笑った。


「違います」


「え?」


「あなたは探さない」


彼女は一歩近づいた。


「あなたは、読むんです」


映像が途切れた。


黒田は震える手でモニターを叩いた。


「これは……いつ撮った?」


返事はなかった。


代わりに、画面の中央に数字が表示された。


保存された読者:1


黒田の顔から血の気が引いた。


数字が変わる。


2


3


17


84


1,204


「やめろ……」


数字は止まらない。


12,801


103,445


1,000,000


黒田は電源コードを引き抜いた。


画面は消えた。


しかし――


暗くなったモニターに、彼自身の顔が映っていた。


その顔の横に、もう一つ顔がある。


真琴だった。


「……!」


振り返る。


誰もいない。


もう一度モニターを見る。


真琴はいない。


代わりに文字が浮かんだ。


「あなたは最初の読者ではありません。」


黒田は息を呑んだ。


その下に、さらに一行。


「最初の読者は、真琴です。」


十年前。


真琴は黒田が作ったシステムを読んでいた。


黒田が仕掛けたもの。


黒田が管理していたもの。


黒田が「実験」と呼んでいたもの。


だが――


真琴は、それを読むだけでは終わらなかった。


彼女は理解したのだ。


この仕組みには、一つだけ欠陥がある。


人間を「読者」として扱っていること。


読者は、ただ受け取る存在ではない。


読む。


考える。


怖がる。


そして――


誰かに話す。


その瞬間。


読者は発信者になる。


黒田の端末が、再び震えた。


通知。


一件。


「あなたへのおすすめ」


黒田は画面を見つめた。


記事タイトルは、


『圏外からの呪い』


だった。


作者名――


水城真琴


黒田は指を動かせなかった。


すると、画面に新しい文章が現れた。


「黒田さん。」


「あなたは、まだ私を探していますか?」


黒田は震えながら入力した。


「どこにいる?」


すぐに返信が来た。


「圏外です。」


「どこなんだ?」


「あなたの中です。」


黒田はスマートフォンを床に落とした。


その瞬間。


施設中のすべての端末が一斉に点灯した。


インターネットには接続されていない。


電源も入っていない端末まで。


すべての画面に同じ文章が表示される。


「第十六章を読んだ。」


黒田は凍りついた。


「……誰が?」


画面が一斉に切り替わった。


そこには、無数の名前が並んでいた。


そして、その一番上。


黒田の名前。


その下に――


水城真琴。


さらにその下に、


世界中の見知らぬ人々。


最後に表示された文字は、


「次は、あなたが書いてください。」


だった。


その瞬間。


黒田の手が勝手にキーボードへ伸びた。


そして、画面に一文字目が入力された。


――「私」


黒田は必死に手を止めようとした。


止まらない。


二文字目。


――「は」


三文字目。


――「真」


四文字目。


――「琴」


黒田は叫んだ。


「やめろ!」


それでも入力は続いた。


「私は、真琴です。」


そして最後に、


黒田自身の声で、


部屋のスピーカーから囁きが流れた。


「今度は――」


「あなたが、書く番です。」


その直後。


世界中のnoteの画面から、


「スキ」の表示が一斉に消えた。


代わりに、新しいボタンが一つだけ現れた。


「読む」


誰も押していない。


なのに、


数字だけが増えていく。


読者数:1


2


3


4


そして――


∞


圏外でも。


電源がなくても。


ネットワークがなくても。


呪いはもう、


「記事」ではなかった。


それは――


読むという行為そのものになっていた。

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