呪に始まり呪に終わる
00:59:59
カウントダウンが始まった。
黒田はモニターの前から動けなかった。
廃データセンターには、彼以外誰もいない。
なのに。
天井のスピーカーから、微かなノイズが聞こえていた。
ザーッ。
ザーッ。
まるで誰かが、遠くから呼吸しているようだった。
黒田は端末を操作した。
管理者権限。
拒否。
もう一度。
拒否。
「なんでだ……」
画面には、赤い文字。
『管理者権限を確認しました。』
その下に、
『あなたを管理者として認識しています。』
黒田の指が止まった。
「俺を……?」
さらに文字が出る。
『実験責任者:黒田』
黒田は息を呑んだ。
「違う……」
否定した瞬間。
別の画面に、
十年前の記録が表示された。
PROJECT_SUKI
開始日。
十年前。
対象者。
水城真琴。
目的。
「禁止された行為に対する人間の反応測定」
黒田は画面を閉じようとした。
しかし閉じない。
次々と記録が表示される。
真琴の記事。
閲覧者。
スキを押した人数。
コメント。
拡散。
そして、
真琴の位置情報。
黒田の顔が強張る。
「……ここまで記録していたのか。」
さらに下へ。
そこには、
失踪当日のデータがあった。
06:11
真琴、自宅を出る。
06:14
駅へ到着。
06:19
ホーム。
06:23
接触。
黒田は目を疑った。
接触者――
黒田。
「……。」
十年間、
思い出せなかった。
いや。
思い出したくなかった。
あの日。
黒田は確かに真琴と会っていた。
そして彼女に、
一つの場所を教えた。
「ここなら、誰にも見つからない。」
そう言った。
真琴は信じた。
だから、
ついてきた。
画面が切り替わる。
06:24
真琴のスマートフォン。
通信停止。
その下に、
06:25
黒田、端末へ接続。
06:27
真琴のアカウント管理権限取得。
06:31
記事削除。
06:42
退会処理。
黒田は後ずさった。
「……俺が?」
記憶が戻ってくる。
真琴は泣いていた。
「黒田さん。」
「はい。」
「私、消えたいんです。」
黒田は答えた。
「大丈夫です。」
その言葉を、
真琴は信じた。
黒田は彼女を、
廃ビルの一室へ連れていった。
そこにはパソコンが一台あった。
黒田は言った。
「少しだけ、協力してください。」
「何をするんですか?」
「あなたの記事を使って、人間の反応を調べるんです。」
真琴の顔から、
表情が消えた。
「……まだ、私を使うんですか?」
黒田は答えなかった。
その沈黙が、
答えだった。
現在。
カウントダウンは、
00:41:17
になっていた。
黒田は画面を睨んだ。
「じゃあ……真琴はどこにいる?」
その瞬間。
モニターに一枚の画像が表示された。
古い監視カメラ映像。
廃ビルの廊下。
そこに、
真琴が立っていた。
十年前の映像。
彼女はカメラを見ている。
まるで、
撮影されていることを知っているように。
そして、
カメラに向かって口を動かした。
音声はない。
黒田は映像を停止した。
何度も再生する。
真琴の唇を読む。
ゆっくり。
一文字ずつ。
黒田の顔が青ざめる。
真琴は、
こう言っていた。
「黒田さんも、読んでるんですよね。」
黒田は椅子から立ち上がった。
「……違う。」
映像が勝手に再生される。
真琴がもう一度、
カメラを見る。
そして今度は、
はっきりと笑った。
「だったら、最後まで読んでください。」
映像が途切れる。
同時に、
現在のモニターに文字が浮かぶ。
『残り時間 00:30:00』
そして、
その下に新しい項目。
『次の対象者を選択してください。』
リストには、
何千人もの名前が並んでいた。
黒田は震える手でスクロールする。
知らない人。
有名なクリエイター。
運営スタッフ。
記事を拡散した人。
そして――
最後に、
一つの名前。
水城真琴
黒田は息を止めた。
「……生きてるのか?」
その瞬間、
画面に返信が表示された。
『あなたが確認してください。』
黒田のスマートフォンが鳴る。
十年間、
一度も鳴らなかった番号。
画面に表示された名前。
真琴
黒田は、
電話に出た。
しばらく無音。
そして、
女の声。
十年前と変わらない声だった。
「……黒田さん。」
黒田は何も言えない。
「久しぶりですね。」
「真琴……なのか?」
電話の向こうで、
小さく笑う。
「ずっと読んでました。」
「何を……?」
「あなたが作ったものを。」
そして、
最後に一言。
「今度は私が、あなたの記事を読みます。」
通話が切れた。
黒田の目の前で、
カウントダウンが進む。
00:29:59
そして画面に、
新しいタイトルが表示された。
『黒田さんの最後の記事』
投稿者――
水城真琴。
黒田は、
初めて理解した。
十年前、
自分が始めた実験は、
真琴を消したことで終わったのではない。
真琴が消えたことそのものが、
実験の第一段階だったのだ。




