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NOTE  作者: 諏訪貴信


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呪いの始まり

すべての始まりは、十年前だった。


まだ「スキ」が、今ほど大きな意味を持っていなかった頃。


一人のクリエイターがいた。


名前は、水城真琴。


彼女は毎晩、誰にも読まれない文章を書いていた。


仕事。


恋愛。


家族。


孤独。


そして、自分が生きていることへの疑問。


文章は上手かった。


けれど、読者は少なかった。


それでも彼女は書き続けた。


ある夜、一つの記事を投稿した。


タイトルは、


『私は、誰かに見つけてほしい』


だった。


その記事には、最初の数時間、スキが一つも付かなかった。


彼女は何度も画面を確認した。


0。


0。


0。


そして午前二時。


ようやく一つのスキが付いた。


彼女は泣いた。


たった一つ。


それだけだった。


でも、自分の存在を誰かが認めてくれたような気がした。


翌朝。


その記事が突然、ランキング上位に入った。


運営が新しい推薦アルゴリズムのテスト対象にしたのだ。


記事は一気に拡散された。


スキが増える。


コメントが増える。


フォロワーが増える。


彼女は喜んだ。


しかし、数日後。


一人の読者が彼女の記事を批判した。


それを誰かが拡散した。


さらに誰かが反論した。


また誰かが面白半分に参加した。


気づけば、記事ではなく彼女自身が攻撃されていた。


「承認欲求の塊」


「自意識過剰」


「こんな文章にスキする奴も馬鹿」


それでも彼女は書いた。


書くことだけはやめなかった。


そして最後の記事を投稿した。


タイトルは、


『お願いだから、もう読まないでください』


本文には、自分がどれほど傷ついているのかを書いた。


最後にこう書いた。


『私を見ないでください。』


だが、その記事こそが最も拡散された。


「読まないで」という言葉が、人々の好奇心を刺激した。


記事は読まれた。


スクリーンショットされた。


引用された。


笑いものにされた。


そして、何十万人もの人間が彼女の記事を読んだ。


彼女が望んだこととは、正反対だった。


翌朝。


水城真琴は、突然いなくなった。


アカウントも削除された。


記事も削除された。


運営は事件を「ユーザーによる自主退会」として処理した。


しかし、一人だけ納得しなかった人間がいた。


当時、推薦システムの開発を担当していた男。


黒田だった。


彼は真琴の最後の記事を保存していた。


そして、彼女が最後に残した文章を読んだ。


そこには、公開されていた文章とは別に、削除された一文があった。


『いつか、みんなに同じ気持ちを味わわせたい。』


黒田は、その言葉を見て恐ろしくなった。


だが、それ以上に恐ろしかったのは――


彼女が残したコードだった。


記事の末尾に、彼女は小さなプログラムを埋め込んでいた。


それは「スキ」を押した人間を記録するだけの、ごく単純なものだった。


黒田は削除しようとした。


しかし、やめた。


なぜなら、そのコードを利用すれば、


人間がどれだけ「スキ」に依存しているのかを調べられる


と思ったからだ。


それが最初の間違いだった。


黒田は密かに実験を始めた。


一つの記事を作る。


タイトルに、


『絶対にスキを押さないでください』


と書く。


そして、誰かが押すのを待つ。


押した人間を記録する。


その人間の反応を追跡する。


恐怖を与える。


さらに警告する。


そして、その警告を別の人間へ送らせる。


最初は数人だった。


十人。


百人。


千人。


黒田は気づいた。


人間は「禁止されるほど、それを確かめたくなる」。


そして――


恐怖を感じた人間ほど、他人に教えたくなる。


そこから、実験は止まらなくなった。


黒田は真琴の怨念を利用した。


「彼女が呪った」という物語を作った。


「スキを押すな」というルールを作った。


被害者を作った。


そして、その被害者自身に次の被害者を探させた。


呪いは、人間によって人間へ運ばれた。


十年後。


黒田は、あの廃データセンターで一人、モニターを見つめていた。


画面には世界中のアクセスが表示されている。


彼は小さく呟いた。


「真琴。」


「やっと、ここまで来たよ。」


しかし、そのとき。


背後のモニターが勝手に点灯した。


そこに表示されたのは、黒田自身が作ったプログラムではなかった。


真琴の古いアカウント。


削除されたはずのプロフィール。


そして、新しい投稿。


タイトルは――


『あなたは私の呪いを利用した。』


黒田の顔から血の気が引いた。


本文が、一文字ずつ表示されていく。


『だから、あなたにも返す。』


黒田は初めて理解した。


自分は呪いを作ったのではない。


十年前に生まれた怨念に、


人間の悪意という燃料を与えてしまったのだ。


そして世界中で、また一つずつ「スキ」が増え始めていた。


一。


十。


百。


一万。


黒田は画面を見つめる。


そして最後に、最も恐ろしい数字が表示された。


『発信者:8,214,593人』


呪いを広げているのは、もう黒田ではない。


世界中の人間だった。

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