被害者が加害者に
最初に消えたのは、「読む」という行為だった。
ニュースは見られない。
DMは開けない。
コメント欄は閉じられた。
世界中で、人々は文章そのものを恐れ始めた。
「読んだら終わり。」
その噂は、どんな記事より速く広がった。
駅では、スマートフォンを伏せて歩く人が増えた。カフェでは通知音が鳴るたびに誰かが席を立つ。本屋では立ち読みをする客がいなくなった。
誰も、最初の一文字を見たくなかった。
運営には一日に何万件もの問い合わせが届く。
「タイトルだけ見てしまいました。」
「通知の一行だけ読みました。」
「広告に表示されたんです。」
担当者は同じ返答を繰り返すしかなかった。
「記事を開かないでください。」
だが、それはもう意味を失っていた。
記事は開くものではなくなっていた。
読者のほうへ来るようになったのだ。
ある被害者は、電車の窓に文字を見たと言った。
別の被害者は、レシートの裏に同じ文章が印字されていたと言った。
医師は「思い込みです」と説明した。
それでも被害者は増え続ける。
そして、調査で最も恐ろしい事実が判明する。
被害者たちは全員、同じ行動を始めていた。
「絶対に読まないで。」
その一言を、誰かに送り続ける。
家族へ。
友人へ。
同僚へ。
善意だった。
本当に助けたいだけだった。
しかし、その警告を受け取った人は必ず内容を確認してしまう。
「何を読んじゃいけないの?」
その瞬間、新しい被害者が生まれる。
主任はホワイトボードに一本の線を引いた。
「感染源は記事じゃない。」
もう一本線を引く。
「警告だ。」
部屋が静まり返る。
「恐怖は、人から人へ運ばれている。」
誰かが記事を読む。
恐ろしくなる。
誰かを守ろうとする。
警告を送る。
相手が読む。
また恐ろしくなる。
鎖は切れなかった。
被害者は、自分が加害者になったことに気づかない。
運営スタッフの一人が泣き崩れた。
「妹に送ってしまった。」
スマートフォンには送信履歴が残っている。
『お願い。絶対に読まないで。』
既読が一つ付いていた。
数分後、妹から返信が届く。
『何を?』
その返信を最後に、連絡は止まった。
主任はようやく理解する。
この「呪詛」は、人を傷つけたい者だけでは広がらない。
人を守りたい者ほど、広げてしまう。
悪意だけでなく、善意まで利用する。
それが、この仕組みの本当の恐ろしさだった。
その夜、運営の管理画面に新しい数字が表示された。
感染率 87%
数字はゆっくりと増えていく。
87.1。
87.2。
87.3。
誰も画面に触れていないのに。
そして、一番下に赤い文字が現れた。
被害者は終了しました。
数秒遅れて、その下にもう一行。
これより全員、拡散者です。




