カルマ
その夜から、男はんのnoteには奇妙な現象が起こり始めました。
記事を書くたびに、「スキ」が増える。
けれど、その数が増えるほど、男はんの身の回りでは小さな不幸が起こるようになったんどす。
財布を落とす。
大切なデータが消える。
約束していた人から、突然連絡が来なくなる。
最初は偶然やと思うておりました。
けれど、十個の「スキ」がつくたびに、一つ。
百個つくたびに、また一つ。
まるで、誰かが帳簿をつけるように、男はんの人生から何かを取り立てていく。
ある晩、記事を書き終えたところで、画面に見慣れない文字が浮かびました。
――カルマ、三百二十七。
「カルマ……?」
その瞬間、背後から声がしました。
「因果応報いう言葉、ご存じどすか?」
振り返ると、そこに菅原道真が立っておりました。
青白い顔。
黒い衣。
そして、雷を宿したような眼。
「わしが怨念を抱いたから、雷が落ちたんやおへん。」
道真は静かに続けます。
「人が積み重ねたものが、巡って戻ってきただけどす。」
「ほな……わてのカルマいうんは?」
「過去にあんさんが他人へ投げた言葉。」
男はんの顔から血の気が引きました。
「見下したこと。」
「嫉妬したこと。」
「誰かの失敗を、心の中で笑うたこと。」
一つずつ、道真が読み上げていきます。
すると画面に、男はんが忘れていた過去の投稿が現れました。
誰かを傷つけた文章。
誰かを妬んだ文章。
誰かを否定した文章。
どれも、投稿した本人だけが忘れていた言葉でした。
「消したはずや……」
「記事は消せても、因果までは消せしまへん。」
道真が笑いました。
その瞬間、画面の数字が一気に増えました。
カルマ――九百九十九。
「あと一つどす。」
「何が……?」
「最後のカルマが返ってきたら、あんさんはようやく理解します。」
「何を?」
道真は、静かに男はんの胸を指差しました。
「ほんまに恐ろしい怨霊は、死んだ人間やおへん。」
雷が鳴りました。
「生きたまま、怨念を抱き続ける人間どす。」
その瞬間。
男はんのnoteに、見知らぬ記事が投稿されました。
タイトルは――
『わてが憎んだ人たちへ』
本文は、まだ空白でした。
けれど最後の一行だけ、すでに書かれております。
「次に、この文章を読む人が、カルマを受け継ぐ。」
男はんは、初めて恐怖しました。
自分が終わるだけではない。
この怨念は、誰かに渡される。
そして、誰かがまた誰かへ渡す。
まるで千年前から続く、終わりのない連鎖のように。
道真は背を向けました。
「さあ、書きなはれ。」
「次の人間へ渡すか。」
「それとも――」
振り返った道真の目が、鋭く光りました。
「ここで、あんさんが断ち切るか。」
男はんはキーボードに手を置きました。
そして、最後の一文字を打つ前に、初めて考えました。
――自分は、本当に誰かを憎みたかったのだろうか。
それとも。
――ただ、誰かに愛してほしかっただけなのだろうか。




