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NOTE  作者: 諏訪貴信


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13/43

妄執〈怨霊〉

男はんは、母親の顔を思い出せへんまま、画面を見つめておりました。


 数字は、まだ増え続けております。


 一万。


 三万。


 十万。


 けれど、もう嬉しゅうもなんともおへん。


 胸の奥が、妙に寒い。


「なぁ……あんさん。」


 白い着物の女はんが、静かに言いました。


「妄執いうもんはな、何も欲しいもんを手に入れることやおへん。」


 女はんの顔が、少しずつ崩れていきます。


「失うても、まだ欲しがることどす。」


 その瞬間――


 ごろごろごろ……。


 遠くで雷が鳴りました。


 部屋の明かりが消えます。


 真っ暗闇の中、画面だけが青白く光っております。


 そこに、一文字ずつ新しい言葉が浮かびました。


 ――怨。


 ――念。


 ――菅。


 ――原。


 ――道。


 ――真。


 男はんの背筋が凍りました。


「……菅原道真?」


 その名を口にした途端、雷鳴が轟きました。


 ばりばりばりっ。


 窓ガラスが震えます。


 画面が真っ白になり、その中央に、ひとりの男の姿が現れました。


 束帯をまとい、長い髪を垂らし、こちらを睨んでいる。


 その顔には、怒りがございました。


 けれど、それ以上に深いものがあった。


 ――無念。


「わしもな。」


 画面の中の男が、ゆっくり口を開きました。


「かつて、己の才を信じた。」


 雷が落ちました。


 京都の夜空が一瞬、昼のように明るうなります。


「人に認められたいと思うた。」


「正しきことをしておれば、いつか報われると思うた。」


 道真の目から、黒い涙が一筋流れました。


「されど、人は裏切る。」


 男は息を呑みます。


「人は妬む。恐れる。そして、自分より優れた者を地の底へ落とす。」


 画面の向こうから、道真の手が伸びてきました。


「わしは死んでも、忘れられなんだ。」


 その手が、画面を突き破ります。


「怨みが、わしを生かした。」


 男は逃げようとしました。


 けれど足が動きまへん。


「そして、あんさんも同じどす。」


「違う……!」


「何が違います?」


 道真が笑いました。


「認められたい。」


「忘れられたくない。」


「誰よりも上へ行きたい。」


「そして、自分を見なかった者を、いつまでも許せへん。」


 一つひとつの言葉が、男の胸へ突き刺さります。


 そのとき、男は初めて気づきました。


 自分が追いかけていた数字は、名声やなかった。


 復讐やったのです。


 自分を認めなかった誰かに、


 ――「見ろ」と言うための数字やった。


 道真の姿が、さらに大きくなる。


「妄執とは、過去を手放せぬ心。」


 雷鳴。


「怨念とは、過去に自分を縛りつける鎖。」


 雷鳴。


「そして怨霊とは――」


 道真が、男を見据えました。


「その鎖を、他人にも巻きつける者どす。」


 男の画面に、最後の数字が表示されました。


 0。


 それを見た瞬間、男は笑いました。


「……ゼロ?」


 道真も笑います。


「そうどす。」


 そして、京都の夜空を覆うほどの雷が落ちました。


「ここからが、ほんまの始まりどすえ。」

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