第九話「影の告白」
森は、張り詰めていた。
四方を囲む伊賀の忍。
逃げ場はない。
その中心に――
お凛と、影丸。
「……やれ」
背後から、冷たい声が落ちる。
命令。
絶対の命令。
「……」
お凛の手が、震える。
刃を握る指先が、白くなる。
目の前には、影丸。
動かない。
逃げない。
ただ、静かに立っている。
「……どうした」
再び、声。
「任務だ」
その一言が、
胸に突き刺さる。
「……分かってる」
小さく呟く。
分かっている。
全部。
それでも――
体が、動かない。
「……お凛」
影丸が、静かに呼ぶ。
その声は、いつもより低かった。
だが――
どこか、優しかった。
「……何」
顔を上げる。
視線が、ぶつかる。
逃げられない。
「迷うな」
その言葉に、
思わず笑ってしまう。
「……何それ」
涙が、滲む。
「今それ言う?」
震える声。
「ずっと言ってきたじゃない」
「迷うなって」
「情は捨てろって」
笑う。
でも、涙が止まらない。
「……無理よ」
その一言が、
本音だった。
影丸は、何も言わない。
ただ、見ている。
「……ねえ」
お凛が、ゆっくりと口を開く。
「なんで、斬らないの?」
あの時も。
さっきも。
今も。
「……あんたなら、できるでしょ」
沈黙。
長い沈黙。
伊賀の忍たちも、動かない。
ただ、このやり取りを見ている。
やがて――
影丸が、ゆっくりと口を開いた。
「……理由は一つだ」
その声は、静かだった。
だが――
確かに、何かを含んでいた。
「……何」
お凛の鼓動が速くなる。
「……お前だからだ」
また、その言葉。
だが今度は、逃げない。
「……それじゃ分かんない」
涙を拭う。
「ちゃんと、言って」
震える声。
でも、目は逸らさない。
影丸は、一瞬だけ目を閉じた。
まるで、
何かを決めるように。
そして――
開く。
「……俺は」
言葉が、ゆっくりと落ちる。
「お前を、殺したくない」
空気が止まる。
誰も、動かない。
「……それだけだ」
その一言は、
あまりにも単純で。
あまりにも、重かった。
「……それだけ?」
お凛が、震える声で聞く。
「それだけで……掟も、命令も、全部無視するの?」
「ああ」
即答。
迷いはない。
「……馬鹿」
涙が、こぼれる。
「そんなの……理由にならないじゃない」
「ならないな」
影丸は、あっさりと認める。
「だが、それでいい」
その言葉に、
胸が締め付けられる。
「……なんでよ」
お凛は、もう止められなかった。
「なんでそんな風に言えるのよ……!」
涙が溢れる。
視界が滲む。
「私は……」
声が震える。
「私は……あんたを斬らなきゃいけないのに……!」
その言葉に、
影丸は、ほんのわずかに目を細めた。
「……分かっている」
「分かってない!」
叫ぶ。
「分かってたら、そんな顔しない!」
「……?」
「なんでそんなに平気なのよ!!」
その問いに。
影丸は、少しだけ考えるように間を置いた。
そして――
「……平気ではない」
その一言に、
お凛の動きが止まる。
「……え?」
「ただ」
視線を逸らさない。
「優先順位の問題だ」
「……何、それ」
「お前が、生きること」
静かな声。
「それが最優先だ」
理解が、追いつかない。
だが――
胸の奥で、何かが崩れる。
「……なんで」
震える声。
「なんで、そこまで……」
影丸は、答えない。
ただ――
ほんのわずかに、視線を落とす。
そして。
「……気づかなかったのか」
その言葉が、落ちる。
「……何を」
心臓が、うるさい。
嫌な予感。
でも――
聞かずにはいられない。
影丸は、ゆっくりと顔を上げた。
そして――
「お前がいると」
その声は、
今までで一番、人間らしかった。
「……迷う」
空気が、止まる。
「……え?」
「任務も」
「掟も」
「どうでもよくなる」
一つ一つの言葉が、
胸に突き刺さる。
「……だから」
ほんのわずかに間を置く。
「お前は、危険だ」
それは――
告白だった。
不器用で。
歪で。
でも、確かな。
「……」
お凛は、動けなかった。
何も言えなかった。
ただ――
涙だけが、溢れてくる。
「……ずるい」
やっと出た言葉。
「そんな言い方……」
笑う。
泣きながら。
「……逃げられないじゃない」
その瞬間。
お凛の中で、すべてが繋がった。
迷い。
葛藤。
苦しさ。
全部の理由。
「……私」
ゆっくりと口を開く。
震える声。
だが――
逃げない。
「私……あんたのこと……」
その言葉が、出かかった瞬間。
「――そこまでだ」
鋭い声が、空気を切り裂いた。
伊賀の忍たちが、一斉に動く。
「任務を遂行しろ」
現実が、戻ってくる。
地獄が、再び開く。
「……!」
お凛の手が、再び刃を握る。
目の前には、影丸。
背後には、伊賀。
逃げ場はない。
だが――
もう、分かっていた。
自分の気持ちが。
そして――
選ぶべきものが。




