第十話「決別」
「――任務を遂行しろ」
冷たい声が、夜を裂く。
伊賀の忍たちが、一斉に間合いを詰める。
逃げ場はない。
囲まれている。
中心にいるのは――
お凛と、影丸。
「……」
お凛は、ゆっくりと息を吸った。
涙は、もう止まっていた。
さっきまでの揺れも、迷いも。
すべて――
消えてはいない。
だが、もう逃げない。
(……決める)
目を閉じる。
一瞬だけ。
脳裏に浮かぶのは、
これまでのすべて。
血に染まった手。
掟。
任務。
そして――
影丸。
「……」
目を開く。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「お凛」
背後から声。
「やれ」
命令。
絶対の命令。
だが――
「……断る」
静かに、言った。
その一言で。
世界が、止まる。
「……何だと」
空気が凍る。
誰も、動かない。
「聞こえなかった?」
お凛は、ゆっくりと振り返る。
伊賀の忍たちを、真っ直ぐに見る。
「断るって言ったの」
その声は、震えていなかった。
「任務は遂行しない」
完全な拒絶。
「……お凛」
長老の声が、低くなる。
「自分が何を言っているか分かっているのか」
「分かってる」
即答。
「全部分かってて、言ってる」
逃げない。
もう、逃げない。
「……ならば」
長老の目が、鋭く光る。
「お前も処分対象だ」
「いいわよ」
その言葉に、
誰もが息を呑む。
「……は?」
思わず、誰かが声を漏らす。
お凛は、静かに笑った。
「今さらでしょ」
肩の力が、抜ける。
「どうせ、どっちにしても地獄なんだから」
その言葉は、
すべてを受け入れた者の声だった。
「……馬鹿な」
「そうよ」
お凛は頷く。
「馬鹿よ」
そして――
ゆっくりと、影丸の前に立つ。
守るように。
「でも」
短刀を構える。
刃先は、伊賀に向けられていた。
「もう決めたの」
その一言で、
完全に線を越えた。
「……お凛」
影丸の声。
だが、振り返らない。
「言ったでしょ」
小さく言う。
「見捨てるくらいなら、死んだ方がマシって」
その言葉に、
影丸の瞳が、わずかに揺れる。
「……来い」
お凛が、静かに言う。
伊賀の忍たちに向けて。
「全員まとめて相手してあげる」
その瞬間。
戦いが、始まった。
⸻
速い。
伊賀の精鋭。
数も多い。
だが――
お凛は引かない。
踏み込む。
斬る。
避ける。
その動きは、今まで以上に鋭かった。
(……迷いがない)
だからだ。
守ると決めた。
それだけで、
ここまで変わる。
「甘い!」
横からの一撃。
受ける。
弾く。
反撃。
だが――
多い。
さすがに、一人では捌ききれない。
「……っ!」
背後から気配。
間に合わない。
その瞬間。
――ボッ
炎が、割って入る。
攻撃を弾き飛ばす。
「……影丸!」
振り返る。
そこには、
炎を纏った影丸が立っていた。
「……無茶をする」
低い声。
だが――
その声には、確かな感情があった。
「そっちこそ」
お凛が笑う。
少しだけ。
「巻き込むって言ったでしょ」
「……ああ」
影丸が一歩前に出る。
「だが」
炎が、揺れる。
「もう遅い」
その言葉の意味は、同じだった。
――戻れない。
「……ねえ」
お凛が言う。
「何だ」
「後悔してる?」
一瞬の間。
そして――
「していない」
即答。
「……そ」
お凛は頷く。
「私も」
その言葉で、
二人の覚悟は揃った。
「……なら」
影丸が言う。
「行くぞ」
「ええ」
その瞬間。
二人が同時に動く。
影と炎。
完全に呼吸が合っている。
伊賀の忍たちを、圧倒していく。
だが――
それでも。
「数が多い……!」
お凛が息を切らす。
長期戦は不利。
それは分かっている。
「……突破する」
影丸が言う。
「できるの?」
「やる」
その言葉と同時に。
炎が、さらに強くなる。
だが――
荒れている。
制御が危うい。
「……影丸、それ」
「問題ない」
「嘘」
分かる。
危険だ。
このままでは――
その時。
影丸の動きが、一瞬だけ鈍る。
「……っ」
「影丸!?」
明らかに異変。
炎が、不安定になる。
「……来る」
影丸が呟く。
その声は、低く――
どこか、遠かった。
「何が」
次の瞬間。
森の奥から、
さらに強い気配が現れる。
今までとは違う。
圧倒的な存在感。
「……長」
誰かが呟く。
伊賀の長老。
自ら、出てきた。
空気が、完全に変わる。
「……ここまでか」
長老が、静かに言う。
その視線は、二人を貫いていた。
「影丸」
名を呼ぶ。
「そして、お凛」
ゆっくりと、一歩前に出る。
「よくここまで堕ちたものだ」
その言葉に、
お凛は短刀を強く握った。
「……違うわ」
「ほう?」
「堕ちたんじゃない」
まっすぐに見返す。
「自分で選んだの」
その一言に、
長老の目が、わずかに細くなる。
「……そうか」
短い返事。
だが、その中には明確な意思があった。
「ならば――」
空気が、張り詰める。
「ここで終わりだ」
完全な殺気。
逃げ場はない。
だが――
「……影丸」
「何だ」
「最後まで付き合いなさいよ」
「最初から、そのつもりだ」
短いやり取り。
それで十分だった。
二人は並ぶ。
影と炎。
そして――
戦いは、最終局面へ。




