第十一話「影と炎の果て」
森が、沈黙していた。
いや――
沈黙しているように見えるだけだった。
空気は張り詰め、
一歩踏み出せば、すべてが壊れる。
その中心にいるのは――
影丸と、お凛。
そして。
伊賀の長老。
「……覚悟はできているな」
低い声が響く。
逃げ場のない問い。
「できてるわよ」
お凛が答える。
迷いは、もうない。
「最初からだ」
影丸も続く。
短く、静かに。
「……そうか」
長老は、わずかに頷いた。
そして――
「ならば、終わらせよう」
その一言で。
空気が、壊れた。
⸻
速い。
長老の動きは、異次元だった。
踏み込みの一瞬で、
距離が消える。
「……っ!」
お凛が反応する。
だが、間に合わない。
刃が迫る――
その瞬間。
――ガキンッ
影丸が受け止める。
「……甘い」
長老の一言。
次の瞬間、衝撃が走る。
影丸が弾き飛ばされる。
「影丸!」
「問題ない」
すぐに立ち上がる。
だが――
明らかに違う。
相手は格が違う。
「……下がれ」
影丸が言う。
「無理よ」
即答。
「一人じゃ勝てないでしょ」
「……」
沈黙。
だが、それで十分だった。
「……なら、合わせろ」
「最初からそのつもり」
短いやり取り。
呼吸が揃う。
⸻
同時に動く。
影丸が前。
お凛が後。
連携。
完璧な間合い。
だが――
「遅い」
長老が言う。
一瞬で見切られる。
攻撃が通らない。
「……くっ」
お凛が歯を食いしばる。
読まれている。
すべて。
「……なら」
影丸が低く呟く。
次の瞬間。
炎が、爆ぜる。
「……!」
周囲の空気が歪む。
熱が、一気に上がる。
「それか」
長老が目を細める。
「異質な力」
影丸の周囲に、炎が渦巻く。
だが――
不安定だ。
暴れている。
「……影丸、それ」
「構うな」
短い返事。
だが、お凛には分かる。
限界が近い。
「……一撃で決める」
影丸が言う。
「合わせろ」
「……分かった」
迷いはない。
信じる。
それだけ。
⸻
踏み込む。
影丸が一直線に突っ込む。
炎を纏いながら。
「……愚かだ」
長老が迎え撃つ。
だが、その瞬間。
お凛が動く。
横から。
死角へ。
完璧なタイミング。
「……!」
長老の視線が、一瞬揺れる。
その“わずかな隙”。
影丸が、踏み込む。
炎が、一点に収束する。
「……終わりだ」
その声と同時に――
炎が、弾けた。
⸻
閃光。
轟音。
そして――
静寂。
⸻
煙が、ゆっくりと晴れていく。
「……」
お凛は、息を呑む。
視界の先。
そこに――
長老が、立っていた。
「……浅い」
低い声。
その体は傷ついている。
だが――
倒れていない。
「……そんな」
お凛の顔が青ざめる。
「終わりだ」
長老が一歩踏み出す。
その瞬間。
「――まだだ」
声。
影丸だった。
膝をつきながらも、立ち上がる。
炎は――
もう、消えかけている。
「……まだ動くか」
長老が呟く。
「ならば――」
とどめを刺そうとした、その時。
⸻
――ザッ
別の気配。
森の奥から。
複数。
高速で接近してくる。
「……?」
長老の視線が動く。
そして。
影が現れる。
別の装束。
別の気配。
「……甲賀」
誰かが呟く。
空気が、一変する。
伊賀と甲賀。
長き因縁。
その両者が――
同時に、この場に揃った。
「……面倒な」
長老が低く言う。
だが、その一瞬。
完全に注意が逸れた。
「……今だ」
影丸が呟く。
お凛を見る。
一瞬だけ。
言葉はいらない。
「……ええ」
頷く。
そのまま。
二人は同時に動いた。
包囲の隙間へ。
突破。
止める者はいない。
伊賀も、甲賀も。
互いを警戒して動けない。
⸻
森を駆ける。
ひたすらに。
振り返らない。
ただ前へ。
「……はぁ……」
お凛が息を切らす。
「……撒いたか」
影丸が止まる。
気配を探る。
静かだ。
追手は、来ていない。
「……助かった、の?」
「……ああ」
短い返事。
だが、その中には確かな安堵があった。
その場に、静けさが戻る。
「……ねえ」
お凛が言う。
「何だ」
「終わったのかな」
その問いに、
影丸はすぐには答えなかった。
しばらくして――
「……いや」
静かに言う。
「終わっていない」
「……そっか」
お凛は、小さく笑う。
「でも」
影丸を見る。
「生きてる」
その一言。
それだけで、十分だった。
「……ああ」
影丸も頷く。
そして――
二人は、並んで歩き出した。
影でも、忍でもない。
ただの――
二人として。




