Act.50 決意を新たに
とりあえず、他の者への建前パフォーマンスは終わったのだから、本音を聞き出さなければならない。
「ルシル嬢、邸へお送り致します。少しお話したい事もありますので…馬車に乗っていただけますか?」
「ええ、もち……あっ、いえ、夜会から帰るにはあまりに早過ぎますわ!少し夜風に当たりたい気分ですし、私はもう少しこちらにいますわ。」
あ、あぶ、危ない!!
あまりにも原作と掛け離れた事が起き過ぎて気を抜いてた!
今の馬車への誘い、あれは帝国への誘いと同義だ。
原作では後夜祭の最中に、涼もうと中庭に出たヒロインが、一人で佇むザック様を見つけ、話をする。
そこで、ヒロインを心配するように、馬車で送るとザック様が言い出すのだ。
しかし、ここで乗るを選択してしまえば、その馬車は家の方向へなど向かわず、薬で眠らされたヒロインが目覚めれば暗い地下牢に繋がれていた、そんなバッドエンドとなる。
ここはもう一つの選択肢、少し夜風に当たりたいですを選ばなければ私が死ぬ!
「……そうですか、ならば私も少しお付き合いさせていただきたいですね。」
「勿論ですわ。あちらの庭園の方へ参りましょうか。」
セーフ!!なんとかなった!!
ぎりぎりで思い出した自分を褒めてあげたい!ていうか褒めて!リナリーあとで褒めてね!!
差し出された手に手を重ね、私達は人混みから逃げるように講堂横にある庭園へ向かった。
幸い、王太子の出席する夜会だけあって警備も多く、二人きりになるような場所はこの近くにはない。まだ夜会は始まったばかりだから、庭園に学園生の姿はなく、ちらちらと見えるのは巡回している衛兵のみのようだった。
私達は無言のまま、会場から少し離れた位置にあるベンチに腰掛ける。近くには衛兵もいないので、ここならばお互い普通に話せるだろう。
「…ザック様、どうしてあんな注目を浴びるような事をしたんですか?」
「さあな。そういうお前こそ、随分と癇に障ったようだったじゃねえか。」
姿勢良く、淑女然として座る私を、ザック様は前屈みになって覗き込む。薄らと唇は弧を描いているが、その目には普段の愉しむような面影はない。
「つい、反論してしまいました。あいつの言葉になんて、反応する方が無駄なのはわかってるつもりだったんですけどね。」
「ほう、何故?」
「今まで…初めて会った時から、ただの一度だってわかり合えた事がないですから。」
思い出すのは、幼い頃。突き飛ばされた薔薇の生垣は痛かった。見ていた庭師がすぐに騎士を呼んでくれたお陰で、私はディリアスの前で泣く事はなかったけれど。
あれから何度会って話しても、何度説得しても、あいつはただの一度だって自分の非を認めなかった。それどころか、会う度に、色んな物を壊された。
私の物を壊す度、王家から更に高価な物をいただいたけど、それらは箱にしまったまま、領地の邸に置いてある。
そういえば生垣事件以来、手を上げられた事はなかったけど、最近になってよく力に訴えられている気がする。今日の魔物然り、この前の裏庭呼び出し然り。
「わかり合えない事がわかってるのに、国の為にお前は犠牲になるのか?」
「それが、貴族というものです。」
「お前が犠牲になれば、この国の未来は明るいと?」
「…どうでしょうか。明るいものにするのだと、昔からずっと決意していました。ですが…最近は、わからなくなりました。」
実際、SWの中では明るい未来なのだ。
ヒロインであるリナリーがディリアス以外を選ぼうと、ルシルとディリアスは国王と王妃として、ちゃんと善政を布いていた。そうやって、設定資料集には書かれていた。
それは、ルシルという人間を生贄とした、アリエスハイムの明るい未来。
私だって、前世の記憶が戻らなければ、その生き様をなぞっていたはずだったし、そうするつもりで生きてきた。
「私達貴族は、国民の九割を占める平民達の税収で生きています。だから、その平民達の為に私達貴族は生きなければ、より暮らしやすい統治をしなければならない。そこに、個人の意思も感情もいらないのです。」
「例えその先が茨の生い茂る暗闇でも?」
「勿論です。そんな事で怯んでいては、私達貴族に存在価値などないのです。」
「なら…その在り方に疑問を持ったお前はどうなる?」
今まで、このアリエスハイムが建国されてから、幾人の貴族達がそんな道を歩んで来ただろう。感情を切り捨て、何度涙を流し、何度自傷しながら、この国を支えてきただろう。
それを思えば、ルシルとして、この婚約は必ず履行しなければならないし、全ての国民の為に、私はこの先の人生を捨てなければならない。
だけど、前世の、平和な日本という国で生まれ育った記憶を持つ私としては、そんな自己犠牲の精神だけで生きていけない。
明るい未来のアリエスハイムで、私だって笑える未来が欲しい。でなければ、何の為にこの国で生きていくのかわからなくなってしまう。
「私は…私とリナリーは、同じ価値観を持っています。人は皆平等に幸せになる権利があるのだと。そんな貴族の価値観なんて、ゴミ箱に捨ててしまえばいいと、今では思っています。」
すっと、ザック様の口元から笑みが消え、彼は真っ直ぐに私を射抜いてくる。
探るように。値踏みするように。見定めるように。
そして、見極める為に。
「それでも、国を憂う心はあります。貴族として在るだけが、明るい未来を約束するものではないと、私達は知っているから。」
「根は、変わらないと?」
「はい。大人しく決められたルールに従えば訪れる未来を待つよりも、自身で探して創る未来なら、私だって笑っていられるかもしれませんから。」
でなければ、何の為に私達がこの世界に転生したというのだろう。
決められたルートを辿るだけのゲームじゃなく、決まりきった未来に進んでいくだけの物語でもなく、ここは私達にとっては、ほんの少しきっかけを知っているに過ぎない現実なのだから。
そう言って笑えば、ザック様は少し驚いたように目を見開き、私から視線を外した。
「…ザック様?」
「お前は……堕ちないんだな。」
「どういう…?」
項垂れるような体勢のせいで、私からザック様の表情を伺うことは出来ない。
何を言いたいのかわからず問いを返せば、しばらく沈黙を守ったザック様が、溜めた息を吐き出すようにしながら、話し出した。
「黒薔薇姫が、堕ちる日が来たのかと、思ったんだが…それが俺の手ではない事が面白くなかっただけだ。」
「…先程の事を言ってるんですか?」
「黒薔薇姫として立つお前が、初めてあの男を見ただろう。」
何を言っているんだろうか?
元々ルシルは幼い頃からディリアスの婚約者として、何度も奴とは顔を合わせている。だからディリアスを見るのが初めてである訳はないのだが。
「結果的に何もなかったから問題はねえが。」
「…そうですか、ならばいいです。」
よくわからないままに話は終わるようだ。本当に一体何だったのか。
すっと立ち上がったザック様は優雅にこちらを振り返る。その顔はもういつものザック様そのもので。ほんの少し安心してしまった。
そのまま彼は、外套を取って私に掛けてくれる。その所作があまりに洗練されていたものだから、一瞬惚けてしまったのは仕方がない事としてほしい。
「それより、近い内に誓約書を持ってくからな。」
「…本当に私にやらせるんですか。」
「今更言葉を返すか?」
「……はあ、わかりました…やります。」
「懸命だな。」
にやりと口角を片側だけ上げれば、本当にいつものザック様だった。
そのまま彼はもう一度、どかりとベンチに座り、ぼんやりと星が瞬き始めた空を見上げている。
時折通り抜ける風の音と、漏れ聞こえてくる喧騒を聞きながらしばらくそうしていた。
二十分はそうしていただろうか、ふとザック様がこちらを向いて「帰るか」と言った。
そうしてすっかり暗くなった街道を馬車に揺られ、心地よい沈黙の中、これからの事に思考を飛ばした。
まず明日会ったらリナリーにしっかりお礼を言おう。ああ、その前に兄様に今日のことを詫びなければ。公爵家の醜聞になりかねないのだから。
そしたらハリーに話を聞いて…あと、ザック様の誓約書を無効化する。
ひとまず目下の目標はそれくらいかな。
あとは、ハリーに話を聞いてからだ。
やることは多い。私のハッピーエンドはまだまだ遠そうだ。
ちらりと目の前でぼんやりと外を眺める彼を覗き見れば、目線だけでなんだと聞かれた。
「なんでもないです。まだまだ私が笑える未来は遠いなと思いまして。」
「……せいぜい足掻いてろ。」
喉の奥で笑いながら、ザック様はまた街並みに視線を戻した。
月明かりと街灯に照らされるその横顔を眺めながら、明日からまた頑張ろうと気持ちを新たにするのだった。
一旦ここで区切ります。
また、新型コロナでの影響がまた出始め、更に年末に向けて忙しくなるので、少し更新止めます。いつも読んで下さってる方々すみません。
年末ギリギリか、年明け辺りに再開予定ですので、少しだけお待ちいただけると幸いです。




