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Act.48 問題発生装置、登場

 


 後ろから声を掛けられ、驚いて振り向けば、モスグリーンの鮮やかなフレアドレスを纏ったドリーが、同じ色のタイをした、ノルテンス次期公爵にエスコートされ、会場入りした所だった。

 その顔はお手本のような淑女の笑みだが、明らかに目が笑っていない。そしてその矛先はザック様のみならず、私にも向けられている。



「衣装…?この国では、パーティでは互いの装いを決める習慣が?」

「ええ、御座いますわ、コクヨウ様。そちらのルーシーは王太子殿下の婚約者ですから、出来る限り似たような装いは避けるべきでしたのよ。ねえ、ルーシー?」

「そ、そうね?」



 鋭い眼光が物語っている。

「お前もお前でなんでそんな格好をしているんだ」とドリー様がキレていらっしゃる…!!



「おかしいなとは思っておりましたのよ?エリオットが近付いても誰ともお話をされてないようだから、コクヨウ様はお一人で出席なさるのかと…ルーシーだって、セオドア様と来られるものとばかり。」



 そのつもりだったのよ…ちょっと前までは!!

 なんて、口が裂けてもこの状況では言えない。


 ちらりと周りを窺えば、先程から少し遠巻きに、周りの人は私達の話をじっと聞いている。下手な事を言えば、瞬く間に会場中に知れ渡ることとなるだろう。

 貴族の噂は、光の速さ程の速度で広まるものだから。



「ああ、それでお迎えに上がった時、ルシル嬢は困惑してらっしゃったのですね?」

「…ええ、そうですわ。」

「ルーシーも、どうしてそんなドレスを?今まで黒薔薇姫の名に相応しいドレスなんて、着たことなんてなかったのではなくて?」

「帝国の方にエスコートしていただくのだもの、黒薔薇姫の名を知っていただいている以上、相応しいものを用意しなくてはと思ったのよ。」

「…なるほど。まあ、パートナーとしてはある意味正しいのだけれど、今後の夜会では気を付ける事ね、コクヨウ様。今宵は初めてという事で大目に見られても、あらぬ誤解を招けば、その手が後ろに回りますわよ。」

「そうですか。マナーとは難しいものですね。御忠告痛み入ります。」



 その瞬間、周りのひそひそという声が少し大きくなった。恐らく、今のやり取りで元々の私の思惑通りに周りは勘違いしているのだろう。

「帝国の方はマナーを知らないから」「それでも黒薔薇姫はもっと事前にお話を」「王太子殿下の婚約者である以上、みだりに男性と話すのは」なんて様々な言葉が漏れ聞こえてくる。

 なんとか場は収まりそうだ。

 その事に安堵し、ドリーを見れば、小さくウインクをされた。あれはわかっていてあえて言及したのだろう。会場の疑問をさっさと解決する為に。

 小さく笑い返せば、ドリーはリナリーとフィリップにも挨拶をしに歩いてくる。



「ノルテンス次期公爵、御機嫌よう。」

「ああ、ローズシェット嬢。まさに黒薔薇姫。その名に違わぬな。そちらはコクヨウ殿と言いましたか。」

「Bクラスで学ばせていただいております。ノルテンス殿のお噂はかねがねお聞きしています。大変優れたお方だと。」

「はは、そんなものでもないですよ。私は力を出し惜しみしないだけ。どこかの誰かに本気を出されれば、私などひとたまりもないですからね。」

「そんな方、この学園にいらっしゃるのかしら。」



 にっこりと私が言えば、彼もにこりと微笑みを返し、そのまま「失礼」と言ってドリーの隣に並び、その会話に入っていった。

 ふと周りを見回せば、バルコニー近くの窓際に、ハリーを見つけ、彼の小さな会釈に、こちらもそれとなく微笑みを返しておいた。あれは恐らくこちらに絡まれるのを遠回しに拒否している。当事者にはなりたくないと?明日覚えてなさいよ。



「あそこで囲まれてんのはお前の兄じゃねえのか?」



 ぽそりと耳打ちされた言葉に、急いでザック様の視線を追えば、ご令嬢方に囲まれた兄様がいた。あれでは到底こちらへは来れないし、恐らく今のここでの騒ぎもほとんど把握出来てないだろう。兄様にも挨拶をしておきたかったが仕方ない。



「お忙しそうですし、今はそっとしておきましょう。それよりコクヨウ様、あちらに我が国特産の果実で作られたワインが御座いますわ。どうですか?」

「ああ、いいですね。是非ご賞味させていただけますか?」



 それとなく輪を抜けて、遠くにあるテーブル目指して歩き始めた瞬間。玄関ホールから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ああ…一足遅かったか。


 腹を括って踵を返し、玄関ホールへ続く扉を睨むと、隣のザック様はそれはそれは楽しそうに「どうした?」なんて聞いてきた。やっぱり腹立つから一回だけ殴りたいかもしれない、この策士め。



「ルシル=フォン=ローズシェット!!!」



 扉を乱暴に開いたけたたましい音と共に、叫ばれた私の名前。この会場内で私の名前をこんな風に叫んで許されるのはただ一人だけしかいない。



「何か御用かしら…ディリアス王太子殿下。」



 さっと割れた人垣が、私達とディリアスの間の壁を無くす。こういう時本当に息が合うよな、この貴族共め…。

 優雅にカーテシーをする私の元までカツカツと靴を鳴らしてディリアスは近付いてくる。この場で私に何かしようものならば、すぐに衛兵を呼び付けてやろうと心に決めつつ、顔を上げた。



「貴様!やはりその男と通じていたのか、この尻軽め!!」

「何のお話をしているのでしょう?」

「とぼけるな!夜会のパートナーには婚約者か肉親と決まっているだろう?!これは立派な不義の証拠だ!」



 たった今まとまった話をほじくり返して一体こいつは何を言ってるんだと言いたくはなるが、これは予想していた事だ。


 バレないように溜め息を吐いてから、背筋を伸ばしてディリアスを睨み返す。一瞬たじろいだがすぐに取り直したようで、向こうも負けじと睨んできた。



「不義とは?私は黒薔薇姫として、帝国の方を初の夜会にご案内したまでですわ。」

「嘘をつくな!野蛮な帝国の凡愚と通じる尻軽の言葉など、俺が聞くと思うのか?!衛兵を呼べ!今すぐこいつを不敬罪で捕縛しろ!!」

「殿下、発言を撤回して下さい。」



 衛兵を探そうと周りを見渡したディリアスに、ぴしゃりと言い放つと、嘲るような笑みを浮かべてこちらに目線を向けた。

 正直、こう見ると確かにザック様に似てはいるし、兄弟なのだから当たり前と言えばそうなんだけど、ディリアスのこういう表情は本当に虫唾が走る程嫌いだ。

 許されるなら、今すぐこいつの顎目掛けてアッパーでもかましたい所存だが、それをすると不敬罪のみならず、反逆罪までついてしまうのでなんとか我慢する。



「尻軽に尻軽と言って何が悪い?」

「それはどうでもいいですわ。そんなものよりも、コクヨウ様を侮辱した事、今すぐ撤回して下さい。」



 こんな奴に言われた事など最早どうでもいい。お前にどう思われようが私には至極どうでもいい事。

 それでも、許せない。

 それは私の一個人としての怒りも勿論あるが、王太子が隣国からの国賓に対して放つ言葉としてはあまりに浅慮過ぎたからだ。



「はあ…?何故この俺が帝国人に気遣いなどしなければならん?俺はアリエスハイムの王太子だぞ!!」

「だからこそです。コクヨウ様は、我がアリエスハイムの国王陛下も認められた国賓です。その方に対し、野蛮や凡愚などと…貴方の発言はアリエスハイム王国の意見として取られてもおかしくないのですよ?」

「だったらなんだと言うのだ?魔力もろくに持たん者達が、我が国を攻め込めると?」

「貴方という人は…一体どこまで王室の品位を下げるおつもりですか?!」



 しん、と、広間が静まり返る。

 私がここまでディリアス相手に激昂する事など、今まであっただろうか?いや、ないと思う。

 私自身、何故こんな奴の戯言でここまで腹が立つのかわからない。


 いつもの私であれば、途中で諦めて、ザック様を連れてこの場を離れたはずなのに。何故わざわざこんなつまらない口論をしなければならないのだろう。絶対にわかり合えるはずなんてないのに。確実に労力の無駄だというのに。


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