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Act.47 お、おそろ、い…?

 



「ああ、ルシル嬢。とても素敵ですね。かの黒薔薇姫がこんなに麗しく咲き誇る日に、その隣に立つことをお許しいただけるとは、光栄極まりない。」

「え、ええ、ありがとうございます…。」



 完璧な所作で紳士の礼をするザック様に、褒められた事よりもその衣装に突っ込みたくて返事が曖昧になってしまった。

 何せ、ザック様の纏うそのタキシード。

 ジャケットにシャツ、手袋から靴に至るまで、全てが色味は違えど黒いのだ。

 しかも、近付いてみれば、シャツとジャケットには光沢のある黒糸でされた薔薇の刺繍。

 左肩に掛かる外套であるマントは裏地が真紅に同じ黒い薔薇の刺繍。表はその逆。

 普段は雑に編んで流している長めの髪も綺麗に編まれ、適当に垂れ流している前髪も、今はきっちりと全てを後ろに撫で付けており、胸元には生花の黒薔薇が差し込まれ、その風貌は完全に、正しく私のパートナーだった。



「さあ、参りましょうか。」

「え、あの…。」



 差し出された手に、手を重ね、やんわりと引かれて歩き出すと、カインが扉を開いてくれる。

 玄関前にいたのは、アマテラス帝国の国章が入った豪奢な漆黒の馬車に、青毛の馬。全てが真っ黒の中、御者台に飾られた真っ赤な薔薇だけが色味を残していた。



「コクヨウ様、この馬車は…。」

「本国に取り次ぎ、用意してもらいました。黒薔薇姫と共に出向くのです、これくらいはさせていただかなければ、我が国の品格が疑われてしまう。」

「いえ、でも、あの…。」

「お嬢様、楽しんでいらっしゃいませ。」



 助けを求めるようにナンシーとリズを見れば、殊更楽しそうに見送られた。カインは既に頭を下げている。


 これは、このまま行くしかないのか…。

 もう多少のマナー違反は初めての夜会という事で大目に見てもらうしかなさそうだ。これが多少かどうかは人によって意見がわかれる所であろうが。


 覚悟を決めて馬車に乗り込み、ザック様が正面に座れば、ゆっくりと馬車が動き出す。恐らくローズシェットの馬車と遜色無いほどの高価な馬車であろうこの馬車は、やはり揺れは極僅かで、乗り心地はとてもよかった。



「…どこで私が黒のドレスを着るという情報を?今まで私は黒のドレスなんて着た事がなかったのに。」

「公爵家の注文、しかも急ぎとなれば仕立て屋は慌てるもんでな。」

「その顔、それがマナー違反だと知っててわざと合わせてきましたね?」

「マナー?そんな豚貴族の腹の肉より使えねえもん、クソと一緒に掃き溜めに捨ててこい。」



 喉の奥で笑いながら、窓枠に肘を乗せ、斜に構えて私を見下すその様は、どこかの国の王のようで、悔しいかな、それ以上何も言えなかった。



「しかし、そうか、黒薔薇姫は夜に咲くのか。」

「はい?どういう…?」

「薔薇の中にいるような匂い。お前が咲いた証拠だろう?」



 言いながら、ザック様は垂れた私の髪を指で梳く。そんな仕草にも一々反応してしまう自分が憎い。さっき油断しないと決めたばかりなのに、その一挙手一投足に見惚れてしまいそうで。



「それに、ちゃんと引いてきたじゃねえか。真っ赤な紅。」

「これは、ドレスと合うようにしただけでっ!」

「言いつけを守れたお前にはご褒美をやろうか?」

「いりません!」



 けたけた笑いながら言うザック様に、完全に遊ばれているとわかっていても、火照る顔は静まらない。

 愉しそうに口角を上げてぼんやり陽の傾いた街並みを眺めるその顔を見れば、ああやっぱり好きだなあ、なんてしみじみと実感してしまう。


 無言のまま、しかし馬車内はゆったりとした時間が流れた。




 その内ゆっくりと速度を落として馬車が止まると、まだ会場に着いたばかりのような、着飾った学園生が開け放たれた玄関ホールで会話に花を咲かせている。


 そんな学園生達が、アマテラス帝国の国章に気付いたように馬車に気を取られ、ぽつりぽつりと会話を止める様が見て取れた。

 そして、御者が扉を開け、ザック様が下り立つ。


 周りの雑多な音が、止んだ。



 多分皆、ザック様に注目しているんだろう。そして、その手を伸ばす馬車の中から、誰が現れるのかを。


 そっと手を取り、ゆっくりタラップを下りれば、周囲が一斉に息を飲む。

 測りかねているのだ。私達の関係を。そして、私の婚約者である王太子も出席するこの場に、堂々と現れた意味を。


 地面に下りた私の手を取り、ゆっくり歩き出すザック様と、それに合わせて歩く私達の目の前では、ゆっくりと人垣が割れ、自然と道が出来ていた。



 ひそひそと何事かを囁く人垣の中、大広間へ真っ直ぐ迷いなく歩み出れば、扉が恭しく開かれる。


 さあ、ここからが勝負所だ。






 会場に入れば、近くにいた者達から順に、波のように静けさが広がっていく。その目は全てこちらに向いており、好奇の色が見て取れる。

 そんな中、遠巻きにされた人の壁の一つから、見知った顔が伸びてきた。



「ルーシー!」

「リナリー。」



 どうやら私は自分で思っていた以上に緊張していたらしい。知り合いの顔を見つけ、その声に酷く安堵してから気付いたが。

 リナリーはそのまま私達の方へゆっくり歩いてくる。その後ろには、困惑気味のフィリップも付いてきている。



「凄く綺麗だわ!そのドレス!黒薔薇姫って感じで、とっても素敵!」

「ふふ、ありがとうリナリー。リナリーもそのドレス、とても似合ってるわ。」

「ありがとう。」



 リナリーの着ているドレスは、原作を忠実に再現したものだ。

 白いオフショルダー型のフレアドレスで、胸元のリボンが目を引く。全体的にレースとフリルがたっぷりとあしらわれ、スカートの裾には花柄の刺繍が入った可愛いリナリーにはぴったりのドレス。

 そのパートナーのフィリップも、白いタキシードに、同じ柄の刺繍。タイ代わりのスカーフは、リナリーのリボンと同じ生地のようで、しっかりと合わせて仕立てたのだろう事が伺えた。



「フィリップ、御機嫌よう。様になってるわね。」

「あ、ああ、ルシル嬢も…とても似合っている。」



 曖昧に返事をするフィリップに、苦笑を零す。まあ、この状況ではそんな返事を出来ただけでもフィリップにしたら凄いと思う。

 このまま話す事も出来るが、それは確実におかしい事になる。何せフィリップはさっきから私の隣に立つ柔らかな笑みを貼り付けた男を凝視しているのだから。

 ちなみに、リナリーが何も言わないのは確実にわざとであるとわかっている。



「コクヨウ様、こちらライアス侯爵家の方です。」

「フィリップ=ライアスと申します。騎士見習いをしております。」

「これはこれは、ライアス将軍のご子息でしたか。私はコクヨウと言います。縁あってアリエスハイムにて学ばせていただいている身です。」

「では、貴殿が帝国からの留学生ですか。帝国人には珍しく、なかなかの魔力をお持ちだとお聞きしました。」

「いえいえ、私のような者など。猛将と謳われるライアス殿の父君こそ誉れ…我が国にも轟く名であります。まさかかの猛将のご子息にお会い出来るとは。」



 にこやかなザック様と、堅いフィリップ。なんてアンバランスな。

 軽く握手を交わした後、気遣うようにこちらを見るフィリップに、小さく笑みだけ返した。

 恐らくフィリップには何故私達が共に来たのかわかったのだろう。あくまで建前ではあるが。しかし、それは、ディリアスには格好の攻撃の的であるとも。



「あら、コクヨウ様いらっしゃったのですね。あまりに静かだから視界に映りませんでしたわ。」



 唐突に、胡乱げにザック様を見上げながら、リナリーは言葉をぶん投げた。



「ロンガート嬢は相変わらず手厳しい。夜会とやらは初めて出席するもので、勝手がわからず、ルシル嬢に任せているのですよ。」

「あら、そうでしたの?そんな服を着ているから、嫌がらせか何かかと思っておりましたが?」



 物凄くどす黒い何かを背後から撒き散らしながら言うリナリーは確実に聖女ではないと思うのだが、これでも国に認められた聖女だと言うのだから、乙女ゲームの世界はなかなかにご都合主義なのではないかと思う。

 対するザック様は、そんなリナリーも何処吹く風、小さく肩を竦めて微笑みながら、困ったように眉尻を下げた。



「黒薔薇姫をエスコートさせていただくのです、そのイメージに合ったものをと…そのご様子では、何か私はマナー違反をしたのでしょうか?」

「事前にルーシーと衣装についてお話はされなかったのかしら?」

「えっ、ドリー?」



いつも読んでくださってありがとうございます。


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