Act.46 黒薔薇姫のできあがり
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「ただいま、ナンシー、リズ。」
「早速ですが、後夜祭にはどちらのドレスをお召しになりますか?」
邸に帰ると、出迎えてくれた使用人達の中に、ナンシーとリズもいた。
階段に向かって歩くと、後ろからそんな問いかけをされたので、少し思い出す。
あの条件が出された日、元々作らせていたドレスをそのままに、もう一つ別で急いでドレスを作らせていた。
一つは兄様の衣装に合うように、明け方の夜空のような濃紺から白へのグラデーションが美しい布地に、満天の星空のように宝石を散りばめ、たっぷりのレースでふんわりと仕上げたフレア型ドレス。オフショルダータイプだが、胸元はそこまで開いておらず、上品な仕上がりだ。
こちらが元々作らせていたもの。
そして後から急いで作らせたのが、夜闇のように黒い上質なシルクで仕立てたワンショルダー型のマーメイドドレス。
胸元とアシンメトリーの裾にふんだんにフリルを使い、腰にたっぷりの真紅の布で飾りと、生花の黒薔薇を飾りとしている。装飾として、金とルビーの大ぶりのブレスも作ってもらった。
これが後から作らせたものだ。
「…黒の方でお願い。あと、カイン。兄様に、エスコートは大丈夫だと伝えてくれている?」
「勿論です。」
「あら?セオドア様と行かれるのではないのですか?」
「色々とあるのよ。ほら、先に湯浴みをするから用意をお願い。」
「ふふ、かしこまりました。」
何も気にせず出ていくカインを後目に、なんだか含みのある二人の笑みに困惑していたら、準備が終わったらしく、用意された湯船へ入る。
但し、何故かこの湯船、物凄く薔薇が浮いている。それはもう何処の貴婦人のシャワータイムだよと言いたくなるくらいには。更に恐らく香油も入ってる。むせ返るくらいに薔薇の匂いがするから間違いないと思う。
こんな事デビュタント以来やった事ないよ、と思いながら、したり顔の侍女二人を見れば、これまた楽しそうににんまりと笑って「どうされました?」なんて聞いてくる。
いや、何も言うまい…言ったってもう用意されてしまったものは入るしかないのだ。
丁寧に髪を梳かれ、全身に薔薇のオイルを塗り込められる。最早私が近付くだけで百本の薔薇と同じ匂いがすると思う。まあ時間が経てば多少匂いは薄れていいくらいの香りになるのだろうけれど。
そこからドレスを着付けてもらい、髪を結われる。
サイドで上げて、肩が出ている側に垂らす。上げた部分にはこれまた生花の黒薔薇と、真紅の布のリボンを編み込んでもらう事にする。
髪を結うのと同時にメイクもしてもらうのだが、その色味をリズに聞かれ、どうしようかと迷ったものの。
「紅は薔薇のような紅いもので、それが映えるようにお願い。」
「ああ、素敵ですね、このドレスにとても似合います!」
結局ザック様の言った事を実行してしまう自分に少し嫌気が差す。
それでも顔がいいんだから仕方ない。顔がいいは全ての免罪符であるのだ。
「さあ、お嬢様、鏡をご覧下さい。」
用意されたレースで飾りあげたパンプスを履いて、鏡の前に立てば、正しく黒薔薇姫が完成されていた。
ルシルとして生きてきた今までも、ここまで黒薔薇姫という名を意識したドレスなんて着てこなかったせいもあり、随分と印象が変わる。
より黒薔薇姫らしいというか…まあ、気安い雰囲気は皆無だ。
だけど、ここまで黒薔薇姫を意識した装いであれば、より言い訳にも真実味が増すというもの。
私は未来の王妃として、そして国を代表する黒薔薇姫として、アマテラス帝国の客人を案内しているだけだと、これならばわかってもらえるのではないだろうか。
「素敵ですわ、お嬢様…我が主の大切な黒薔薇が大輪の花を咲かせたと、王都中に広めて回りたいくらい。」
「まあ、ナンシー。褒め過ぎだわ。」
「そんな事ありませんよ、少しお嬢様には大人っぽ過ぎるのではと思っておりましたが…いつの間にかこんなに素敵な淑女になられていたなんて。」
「リズまで…恥ずかしいじゃない。」
二人の温かい微笑みに、こちらの胸も熱くなる。二人が本心で言ってくれてるのが伝わってきたからだ。
少しそのまま談笑していると、控えめなノックが聞こえた。
「ルーシー、俺は先に出るぞ。」
「兄様。わかりましたわ、また会場で会いましょう。」
扉越しにそう答えると、扉の前から気配が消えた。
そして入れ替わりのようにまたノックが聞こえた。こちらは恐らくカインだろう。
「入ってちょうだい。」
「失礼致します。コクヨウ様と言う方がお迎えにいらしておりますが。」
「えっ、もう?!わかったわ、すぐに行きます。」
「あの…いえ、玄関ホールでお待ちいただきます。」
何か言いたげに恭しく頭を下げて出て行くカインを、何だったのだろうかと見送り、時計を見れば、既にエリオット終了から四時間が経過しようとしている。
なるほど、公爵令嬢の迎えとしては適正な迎えの時間かもしれない。
黒い羽飾りの付いた扇子を持ち、最後にもう一度鏡で姿を確認してから部屋を出て、玄関ホールへ向かう。
玄関ホールに向かう道すがら、後ろを歩いていたリズが口を開いた。
「お嬢様、コクヨウ様というのは、あのアマテラス帝国からの留学生とお聞きしておりますけれど。」
「ええ、未だこちらには慣れないご様子で、エリオット自体には残念ながら参加出来なかった方よ。」
「では今夜はその方に初めての夜会を?」
「そう、折角だから今夜のエスコートをお願いしたの。その方がこれから夜会があっても常識しらずなんて言われないでしょう?」
「なるほど…ではあの方がお嬢様の好い方なのですね。」
「ええ、そうね…って何を言ってるの!?」
にやにやと楽しそうにこちらを見る侍女二人を振り返ると「お嬢様、あまりにも建て前が完璧過ぎますわ。」なんて揶揄われてしまった。心外だ。
「でも、そうですか、その方が…。」
「何も言ってないわよ?!」
「お嬢様は案外お顔に真実を出されるので。」
「そんな事はないわ!」
「お嬢様、その方、一発ぶん殴ってきていいですか?」
「馬鹿な事を言わないでリズ!ナンシーも手を拭かないの!」
そういえばそんな事を言っていた。いつだかのキスマーク事件の時だったか。
本当に指と唇の傷を治してもらっておいてよかった。侍女とザック様の殺し合いなど勃発されたら堪らない。
なんとか二人を宥め透かし、階段までやってきた。もうここからは玄関ホールが見える。
カインが玄関脇に立ち、その近くに男が立っている。あれがザック様だろう。
それはいい。問題はその衣装だ。
さっきカインが何か言いたげにしていたのは恐らくこれのせいだ。
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