Act.38 金糸雀に誘われて
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ゴーンゴーン、と鐘が鳴る。九時の鐘、エリオットスタートの合図だ。
即座に闇魔法で馬を象ったものを作り、跨って走り出す。私の一番最初のチェックポイントは庭園の辺り、その後は鍛錬場、そして森へ向かう途中に一つずつチェックポイントがあり、そして森の中という順。
本来ならばその後にも三つのチェックポイントを通り抜けてゴールなのだが、魔物の件を片付けるまではそちらは一旦忘れる事にする。
少し馬で駆ければ、最初のチェックポイントはすぐに見えてきた。数人の生徒が慌ただしくばたばたとしている中を駆け抜け、見知った顔が見えて、ついつい口元が上がるのを抑えきれないままに声をかけた。
「モルフェンリート様、ご機嫌麗しゅう。ルシル=フォン=ローズシェット、参りましたわ。」
「これはこれはローズシェット嬢。私の元へ現れた最初の挑戦者が貴女だとは。」
彼はモルフェンリート侯爵家の次男で、何度か夜会で顔を合わせた事があり、お陰様で彼の課題は頭に入っている。
彼の課題は『乗れるものを魔法で作ること』なので、もうクリアしていると言っても過言ではない。そのせいで少し口元が緩んでしまったのは仕方ないと思ってほしい。
「課題は…この子でクリアでいいですわね?」
「勿論ですよ。ローズシェット嬢の魔法で象られる馬はいつ見ても綺麗な青毛で素晴らしいですね。」
「あら、嬉しい事を言ってくれますわね。私、貴方の
魔法で象られた雄々しき運河の如き馬も素敵だと思いますわよ。」
「お褒めいただき、ありがとうございます。ではこちらがクリアの鍵の欠片です。」
そう言ってわざと恭しく渡されたのは、蔦の模様が掘られた半円の金属片だった。
それを制服のポケットに押し込み、挨拶代わりににこりと微笑んでから馬を再び走らせた。次のチェックポイントは鍛錬場だ。馬ならば数分で辿り着くだろう。
魔法で象られた動物は主と意思が直結している為、わざわざ進路を確認する必要はなく、鍛錬場に向かう間に辺りをキョロキョロと見回してみる。勿論、そうこうしている間にザック様から何か報告が来るかもしれないからだ。
如何せん、どういう方法で報告が来るかもわからない上、ザック様の事だからわかりにくい報告方法を取った上で「報告を見落としたのはそっちの責任だろうが?俺は知らねえなあ。」とか言いながら笑いそうなので、私は何としてでも報告を見逃すまいと目を皿にして辺りを探る以外、方法はなかった。
特に何事もなく、第二チェックポイントへ辿り着き、第二の課題『自身の身を守る盾を創る』を難なくクリアし、鍵の欠片を受け取ってそのまま第三チェックポイントを目指す。中々に好調なようで、通り過ぎるチェックポイントには課題に苦戦している生徒もだいぶ見て取れた。このままならば私が森へ入るのにかかる時間はそう長くは無いだろう。
他の人達にはある程度苦戦してもらう位が丁度いい。森へ立ち入る人が減るし、そうなれば避難させる人数も減るのだから。
そう思いながら意気揚々と第三チェックポイントへ辿り着く。これまた見知った顔だったので、軽く挨拶をして課題を訊く。
課題は『魔道具を起動させる』だったので、置いてあったランプに魔力を流し、光を点した。
これも難なくクリアし、鍵の欠片を受け取り、もう目視出来る位置にある森を見遣った。
ここからが、踏ん張り所だ。
ザック様がなんとかなると言った以上、魔物はどうにかなる。彼はそういう人だ。それはあのゲームをやり込んだ私もリナリーも理解している。
ただ、問題はその性格と考え方なだけだ。巻き込まれる人の事など、彼はなんとも思っていないに違いない。
ならば、その問題は私達が振り払わねば。
魔物騒動の発端は私にもあると言われればそんな気もするし、魔物の件を片付けてくれるよう頼んだのは私達なのだから。
思いながら改めて気を引き締めて、森へ向かって馬を駆ける。と、森の入口辺りに何かが飛んでいる。あれは…鳥?
そっと速度を落としながら近付くと、小さな金糸雀が静かに私の肩に留まった。
これは…もしかしてザック様の報告?
でも、この金糸雀で一体どうやって報告を…。
私が困惑しながら馬を止めると、その小さな金糸雀は見計らったように「ピューイ」と一声だけ鳴き、そのまま羽ばたいて私の前、森の中へ入っていく。
呆気に取られて見ていると、一定の距離で金糸雀は木に留まる。こちらをじっと見ながら。
誘われてるのだろうか?
森には馬が入っていける道幅はない。
仕方なく私は馬を消し、その金糸雀の後を追った。
近付いては離れて留まるをしばらく繰り返した後、咲き誇るハナミズキの木に留まり「ピューイ」と鳴くと、何処かに飛び去って行った。
「来たか」という、酷く愉しげな声が降って来たのは、金糸雀を見失った直後だった。
はっとして振り向くと、ハナミズキの純白の花とは余りにかけ離れた、黒い出で立ちのザック様がいつの間にか立っていた。
なんだっけ、こういうの…漢服?
和服のように見えなくもないそれは、裾と袖がひらひらとしていて、一見して邪魔なようにも感じる。
「…なんだか、印象が随分と変わるんですね。」
「仕事としての正装だ。この邪魔な衣装も…色々と隠しておけるから都合がいい。」
言いながらザック様は肩を竦めた。
そして一度袖に手を入れ、出した時にはスクロールが握られていた。なるほど、色々と隠しているようだ。
「それが?」
「お前らのお望みのものだ。」
「ありがとうございます。これで誰を避難させれば済むかが…。」
言いながら、手渡されたスクロールを開くと、この森の地図に大きく丸が書かれてある。この丸が紙が撒かれている範囲だろう。
思ってたよりも…だいぶ広範囲に撒いたな…。
書かれてある黒点は、多分召喚陣ではなく人…つまりチェックポイントだろう。見ればほぼ全ての黒点が大きな丸の範囲内だった。
「撒く人間を殺せば済む話だったと思うが?」
「その人は巻き込まれただけです。それに、もし殺さず止めたとしても、今日やらせなかったら、今度はいつ何処でやるのか、私達には見当も付かなくなってしまいますから。」
「だが…全員を移動させるのは骨が折れる。それに、時間がかかるほど人間は増えるだけだろう。このまま放っておけ。」
「…ザック様が、その香の効果をすべてちゃんと話してくれるというなら、内容次第では放っておいてもいいんですけどね。」
「手の内は晒さないのが生業でなあ?」
「…でしょうね。」
小さく溜息を吐いて、今いる場所を地図上で探す。道の形からして大体森の南東辺り、唯一チェックポイントが置かれてない辺りだろう。
ここからほぼすべてのチェックポイントへ走り、全員避難させるのは中々に時間がかかる。何せこの森は道幅が狭く、魔法で創った動物に乗っての移動は出来ないのだから。
そうなると、まずはこの情報をリナリーと共有して、手分けして当たらなければ。
そう算段を付けて顔を上げると、意外にもザック様はまだそこにいた。
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