Act.36 出された条件、決める覚悟
本当にお久しぶりです…。
しばらく待ってみたが、なかなか動かないザック様に、どうしたのだろうかと名前を二、三度呼べば、取り繕うように頭を掻きながら、「ああ…」と返事をしてくれた。
刻まれた眉間の皺だけが、今あった事の理解を拒んでいるかのように、ひたすら形を変えずにいる。
「どうかしましたか?」
「いや…。」
らしくなく言葉を濁したような歯切れの悪さに、私とリナリーは小さく首を傾げるだけだった。
仕方ないという風にリナリーが小さく息をついて、ザック様に問い掛ける。
「それで?交換条件は?」
「…ああ。魔物退治の依頼、それなりに骨が折れるからな…相応の事をしてもらわねえとなあ?」
先程のらしくない表情を一変させ、にたりと下卑た笑みを浮かべる。くつくつと喉の奥で笑い、ぎらつくその瞳には、いつか見たような熱情が微かに灯っていた。
「ちょっと、ルーシーに手は出させないからね?!」
「さあな、それは交渉次第…だろ?なあ?ルーシー。」
僅かに目を細めて顎を上げるザック様が、私に一気に最推しへと格上げさせたザック様のスチルを思い出させる。
い……イケメン過ぎるだろ!馬鹿かよ!!
何このイケメン!ずっる!!こんな言い方されたら何言われても、いや無理ですとか言えないじゃん!しかも絶対わかってて言ってるし!腹立つ!!誰でも自分の思い通り動くと思うなよ!?でももうなんかとにかくイケメン過ぎて許す!!
「…ルーシー、動悸息切れが酷い理由はわかってるからとりあえず落ち着け気持ち悪い。」
「もう、リナリー辛辣うー。」
「黙れ変態、この空気はお前も加害者側だ。」
「うう…正論です…。」
なんとか心臓と息を整えて、姿勢を正す。リナリーは呆れを隠そうともせずに、温くなった紅茶を持って席を立った。
「条件が釣り合うかは私が判断するから。」
「ああ?お前は関係ないだろが。」
「動くのがルーシーなら考えるのは私でしょ?私達二人からの依頼なんだから。」
言いながら新しい紅茶を、今度は三人分持ってきてくれた。置き方が淑女らしかったかと言われると、悪意と憎悪しか込められていないような置き方をしていたけど。そのせいでテーブルが少し凹んだ。
「まあ、ご期待に添えるかはわからねえが、俺の条件は…。」
「ねえ、本当にあの条件受けるの?」
エリオットまであと三日。あの日、ザック様の出した条件に悩み抜いた末頷いた私に、リナリーはこうして何度も問い掛けてくれる。
「んー、何度も言うけど、ちゃんと考えた結果だしね。魔物を放置して、誰かに怪我させたり、それこそ死んじゃう事を考えたら、よっぽど平和的な解決じゃない?」
「いや、平和的な解決ではないでしょ…。」
「背に腹は変えられないって事で…。」
「黒薔薇の君的には?」
「絶対に有り得ませんわ、私には婚約者もいますのよ?あんな事、王家の顔にも、ローズシェットの名にも泥を塗る行為ですわ。婚約者でもない殿方と…そんな…。」
「じゃあルーシー的には?」
「ザック様となら余裕で大歓迎、むしろよろしくお願いしますって感じ。というかあれは私へのご褒美レベル。」
「はい、気持ち悪い模範解答ありがとうございまーす。」
言いながら、リナリーはパスタを頬張った。
実際あの条件は私的にはご褒美でもあるが、この世界で言えば、屈辱的であり、家名にも婚約者の顔にも泥を塗る行為である。婚約者が王太子なのだから、あの条件は王家へ恥をかかせろと言っているようなものだ。
だからリナリーは何度も聞いてくれる。はっきりとは言わないが、己の欲望優先していいのかという話である。
まあ、リナリーの心配は有難いが、私は別に困らない。
それに、今はそんな事よりも…。
「それより、フィリップの方はどうなってんの?」
「あー、一応聞いたけど…。」
「だよね…。」
ザック様が提示した条件とは別に、とあるお手伝いを頼まれていた。というか、せざるを得ない頼みだったので、こちらに関する報酬はないのだけど。
「大体、人払いをしとけって、発生場所が森の中としかわからないんだから無謀過ぎない?」
「一応そこは調べてくれるって言ってたし、ね?」
「人がいるかもしれないって言ったのに、それを無視してやろうとするからこんな面倒な事しなきゃならなくなったのに!そもそもあいつ人払いくらい簡単に出来るじゃない!」
そう、あの日魔物退治を依頼した時、問題となったのは魔物発生場所。
さすがにゲーム内の話だけでは詳しい場所まではわからず、ただ学園敷地内の森の中という事しかわからない。ただ、一口に森の中といっても、その森の面積はそれなりに広い。
エリオットは学園敷地全てを使ってやる為に、森の中であろうと敷地内である限りは人の出入りがある。もしも魔物発生場所周辺にチェックポイントなんてあれば、その生徒は確実に巻き込まれてしまう。
ザック様の使う香が人体に悪影響を及ぼす可能性がゼロとは言えない為、どうにか先に調べて人払いをしてくれとリナリーが言った結果。
『何故そんな面倒な事を俺がしなきゃならねえ?誰も巻き込ませたくなけりゃ自分でどうにかしろ。』
とのありがたーいお言葉をいただく羽目になってしまった。
勿論リナリーが激怒したのは言うまでもなく。
そして私達は、ザック様にそれを求めても無駄だとわかった為に、魔物発生場所を予めザック様に調べて教えてくれと、それだけはなんとかゴリ押しで了承させたのだ。報酬に上乗せしておくと笑った顔が下衆過ぎてときめいた事も付け足しておこう。
了承させたのは場所を調べて教えて貰うことのみ。つまり、その場所に誰かいるのならば、すぐにその人を避難させなければならない。
だから私達は、森の何処に誰がチェックポイントでいるのかを調べている、のだが…。
「まさか、チェックポイントの場所…決定は当日だなんて。」
兄様にも聞いたし、フィリップにも聞いたが、どうやらチェックポイントの場所というのは、ある程度は自分の意思で決めるらしい。まあ地形を使ってする課題もあるのだからそれは仕方ないと思う。
ただ問題は、その場所自体の細かい所は教師にしか把握されていないというのだ。
そりゃ膨大な数になるし、個人のルートを決めるのは教師だから仕方ないとはいえ「この辺に行けば君のチェックポイントの目印をしてるからそこで待て」とか、大雑把にも程がある。聞けば森の中には十人前後希望者がいるらしく、しかも森の中の何処かというだけで、細かい場所は当日に言われるとの事だ。
なので、事前に誰が何処にいるかは把握出来ない。
「一応森の中のチェックポイントを希望した人の名前は聞いたけど…全員じゃないし、そのチェックポイントを通る予定の一年の生徒はさすがにわからないし…。」
「これは当日走り回るしかないんじゃないの…。」
「うえー…リナリーがんばれ。」
「何言ってんの、ルーシーもに決まってんじゃん!」
「私令嬢として最低限度の体力しかないもん。」
言い合いながら、私とリナリーは手元の紙に目を落とす。
十にも満たない数の人の名前の羅列だが、それぞれがどんな人かも知らない。名前だけ把握していれば一応どうにかはなるだろうと聞き出したものの、ちょっとこればかりはさすがにどうにもならない。
「最悪もう食らって貰うしかないと思うんだよね…。」
「ザッカリーの香を?どうなるか分かったもんじゃないじゃん、いいの?」
「いくらザック様でも劇薬をその辺にほいほい撒いたりしないと思うし、あれでも設定は凄腕暗殺者なんだから、依頼に関する事では適当な事はしないと思う…思いたい…。」
「自信ないなら言わないでよ。」
大きな溜め息を零してから、リナリーは席を立つ。
「これ以上はどうにも出来ないから、後は当日ね。」
「まあ、そうなるよね…。」
そう言って、また揃って大きな溜め息を零すのだった。
約4ヶ月音沙汰無しですみませんでした…。
職場が思った以上に新型コロナの影響を受けまして、まともに執筆する事もあまり出来ずじまいで…ずっと読んで下さっていた方々には多大なご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありません。
また少し落ち着いたので、ちょろちょろ更新はしていきますが、恐らく週一くらいのペースになるかと思います。
どうかご了承くださいますよう、よろしくお願いいたします。




