Act.35 リナリーご乱心
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あれは、これはと私達が言い合っていると、不意にことり、と硬質な音が聞こえた。混乱のままに音の方向を確かめれば、ザック様が綺麗な銀細工を施した香炉をテーブルに置いた所だった。
「…何?それ。今この部屋の中でどんな香を焚いても意味なんてないからね。」
「俺がどうにかしてやろうか?」
にたりと、口の端を吊り上げるだけの厭な笑み。私達が見下ろしてるはずなのに、その見上げる目は、私達を見下すような嘲笑を含んでこちらを見ていた。
私達は口を噤んだまま、じっとその言葉の真意を探るようにザック様を見つめる。
お互い睨み合うように沈黙を保ったまま、数分が過ぎた時、まずそれを破ったのはリナリーだった。
「具体的に、どうやって?」
「それは機密ってやつでなあ…具体案は伏せさせてもらうが、俺なら例え相手が百体いようが何とか出来る。」
「……それは、ザック様に頼む事によって、私達に何か不利益があるんですか?」
「どうだかな。交換条件は勿論あるが、それが不利益かどうかはお前らが決める事だろ?」
「その条件って?」
「まず決めろ。俺に任せると言うなら話してやる。」
人によってはこのザック様を笑みをなんと言うだろうか。獰猛な獣が獲物を見つけた時のような、極悪非道の詐欺師が騙しやすいカモを見つけた時のような、なんとも言えないような下卑た笑みを浮かべ、ザック様は私達の決断を待つ。
少しは考える時間が欲しいが、その目は早く決めろと急かす。
仕方なくリナリーを見れば、何を思うのか、思案顔で私を見ていた。
「…リナリー。」
「…私の考え、聞いてもらっていい?」
「え?あ、うん…どうしたの?」
予想外の答えに戸惑いながら、ちらりとザック様を覗き見れば、特に異論もないようで、黙ってことの成り行きを見ていた。なので、私はそのまま先を尋ねる。
そして、リナリーを落ち着かせようと肩に手を置きながら座るよう促すと、ゆっくり腰掛けながらリナリーは口を開いた。
「多分、今回のこれって…私にじゃないと思うの。」
「まあ…ディリアスが用意してるってことは、多分…。」
「うん、多分ルーシーに嗾けるつもりなんだと思う。何せ、攻撃魔法を使えないんだから。」
「…それが有力。ただ、うん…ねえ…そこまでする?殺そうとしてるって事じゃない?これ。」
「どうだろうね、わからない。ディリアスが本気でルーシーに殺意があってこんな事するのか、それとも別の意図があってなのか…わからないけど、結果としてルーシーが危ないのはわかる。」
「そう、だね。」
正直、ディリアスに私への殺意があるかというと…よくわからないのだ。
憎しみのような感情を向けられてはいるけど、殺意を向けられた事は一応一度もない。だからと言って今が初めて向けられた殺意ではないとは言いきれないけど。
ただ、ディリアスと言うことを鑑みると、恐らく奴は魔物をそこまで危険なものという認識はしてないのだと思う。ちょっと脅して私が無様に逃げ回る姿を見て笑いたいだけ、という方が、私としてもしっくり来るのだ。
完全な悪党にはなり切れない小心者の小悪党。それが恐らくは、ディリアスに対する私とリナリーの共通認識で、間違ってはいないのだと思う。
「このままだと、少なくない人が怪我するし、多分死人も…出る、と思う。」
「私だけ、ってことはないだろうからね。」
考えが足りないせいで、私にどうにか一泡吹かせたいという一心でそんな事をしているのだろうけど。
よしんば私が逃げ仰せたとして、その後の魔物の処理の事など、考えてもいないに違いない。いや、もしかしたら自分がその魔物を倒す事で、私に目にものを見せてやるという事なのかもしれないが。
どちらにせよ考えが足りていない。
例え一国の王子だとて、魔力量が平均な上、ただの素人に、魔物の群れなど殲滅出来る訳がないのだ。
一人で魔物の群れを殲滅出来る人がいるとするならば、それは人ではなく、最早ただの化け物である。
「だから、凄く凄く嫌だし、死ぬ程拒絶したいとは思うんだけど…。」
ちらり、と、リナリーがザック様に視線を投げると、表情を全く動かすこと無く私達のやり取りを見ていたザック様が、ほんの僅かに首を傾けた。
「こいつに頼むしか道がないと思う…。」
本当に嫌そうに体を仰け反らせつつ、リナリーはザック様を指差す。
それを受けて、私も少しの沈黙の後、小さく頷いた。
そこでようやくザック様が満足そうに笑みを深めて、結んでいた口を開いた。
「いい判断だな?ルーシー、ロンガート。」
顎を上げて見下すように見られれば、リナリーは、あああああ腹立つうううう!!!!!と叫びながら、私を思い切り揺さぶる。
痛い、痛いって、リナリー、痛い。
「り、リナリー、落ち、落ち着いて、あの、揺さぶるの、やめ、ちょ、聞いて…。」
「ぐううううううう…………………ごめん、落ち着く…。」
ある程度発散出来たらしいリナリーが、大人しく自分の椅子に座ったのを見届けて、ザック様がカツン、と置いた香炉を指で弾いた。
「俺はこれさえあれば魔物だろうがなんだろうが無力化出来る。」
「これ…ってことは、香で、ですか…?」
「そんな効果のものがあるの?人には無害なんでしょうね?」
「死にゃしねえよ。」
「うわ心配!どうなんのよそれ!」
「うるせえな、動けなくなる程度でそれ以上は何もねえよ。」
言いながら、ザック様は香炉を弄ぶ。手の内でくるくると回るそれは、光を反射してまるでミラーボールのように楽しげな表情を見せる。
それを見ながら私は、ぼんやりと前世でザック様が言っていた事を思い出す。
『帝国じゃ魔力持ちなんていねえからな、代わりがこの香が生まれた。まあ、本来の使い方もあるが…中にはとびきり危険なものもあってなあ…。頭狂わせたり、動きを止めたり、五感をめちゃくちゃにしたり…な。』
『相手が意思を持って動くものなら、香は何にでも効くから使い勝手がいいんだよ。』
おまけのショートストーリー、全スチル解放後に見れるご褒美のようなもので、本編の後を書いた話だった。そこで今のように香炉を見せるスチルと共に、そんな事を言っていた。
魔物は『意思を持って動くもの』だ。ならば、確かにザック様は魔物の群れをどうにか出来る唯一の人かもしれない。
「それで、ザック様にその魔物達を任せたとして、私達は何をすればいいんですか?」
「…なんだルーシー?厭に物分りがいいようじゃねえか。」
「ザック様が出来ると言うなら、出来ますから。」
そう言った瞬間。
何故か言葉を失ったようにザック様が中途半端に口を開いたまま静止した。
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