Act.26 イケメンはずるい
今回長めです。
こっちを見ようともしないザック様だが、腰に回った手は完全にホールド状態のようで、少し身を捩ったくらいでは外れそうにない。はっきりと、拒絶の色を込めて離せと言えば、少しの沈黙はあったものの、ゆるゆると手が離れていく。
よし、少しは私の話も聞いてはくれるようだ。
「それから、今は私が話しているのですわ。見る相手を間違えているのではなくて?」
「……。」
無言の抵抗をするように、ザック様はディリアスから目を離そうとしない。
「…ローズシェット公爵家の娘である私が話しているのに、他所を見るとは随分と傲慢な方なのね?」
「……黙っていてくれ。」
「いいえ、黙りませんわよ。こちらを見なさい。貴方が王族では無い以上、私の命令には従いなさい。」
本当は王族なんだけどね…しかも王太子だったんだけどね…そんなのザック様知らないからいいよね?!
しばらく無言の時間が過ぎ、ようやく観念したのか、小さく溜息を吐いて、ザック様がこちらを見た。
「これで満足か?」
「まだですわ、お話は終わっていませんわよ。」
「これ以上、俺の邪魔を」
「まずは、助けて下さってありがとうございます。」
背筋を伸ばしたまま御礼を口にすると、ザック様は面食らったように動きを止めた。その瞬間、辺りに満ちていた殺伐とした空気がほんの少し和らぎ、それを逃すまいと、私達を取り囲んでいた男達が脱兎の如く駆け出す。
うん、とにかくさっさと全員消えてほしい。ここで人殺しなんてやらかせば、もう確実にバッドエンドしか待ってない。
というか、ディリアスが殺されてしまえば、問答無用のゲームオーバーなのだから。
「この人数を無力化するのは私では不可能でしたもの、コクヨウ様が来て下さって助かりましたわ。」
「…はあ…御礼を言われるような事などありません、私は当たり前の事をしただけですから。」
少し落ち着いたのか、剥がれ掛かっていたコクヨウの仮面を被り直し、ザック様(コクヨウver.)は微笑んだ。
あっ…いや…その笑顔至近距離は破壊力があり過ぎますからやめてくださいこっち見ないで!!
「きっ…貴様!その男はなんだ!!貴様、婚約者がありながら…この阿婆擦れめ!!」
あー、面倒くさい事になった。
どうやら自分から意識が逸れた事でなんとか復活したのだろうディリアスが、プライドを傷つけられたと思ったのか、よくわからないことをほざいている。
「…ディリアス殿下。勝手に私の交友関係を決め付けないで下さいませ。この方とは今初めてお会いしましたのよ。」
「嘘をつくな!これは不義となるぞ、貴様を処刑台へ送ってやる!」
「殿下、彼女の言葉は本当です。嘘だと思われるのでしたら、学園の他のものにお聞きになってください。私は今日、この学園に転入してきたばかりなのですから。」
「な、んだと…?」
「学園内を見て回ろうと散策していたら個性的な男達に囲まれた彼女が見えましてね、緊急事態かと駆け付けた次第ですよ。」
みるみる萎んでいくディリアスの様子に、なんとか笑いを堪えながら、追い打ちをかけるように口を開いた。
「物事を決め付けて詰るのは殿下の悪い癖です。私は再三、直すように申し上げたはずですが。」
「ぐ、…た、たかが公爵家の娘が、王族に口答えをするな…!俺は王太子だぞ!!」
「…もうその言葉は聞き飽きましたわ。今日の事は兄様にお話して然るべき手順で陛下に抗議させて…………。」
ちょっと待てよ?
正式に王家に苦情を入れればさすがに陛下とて見過ごせない暴挙だろうとは思う。ただ、こんな事は原作にはなかったはずだ。
ルシルの動向が原作にはあまり書かれていないにしても、それはディリアスがルシルに滅多な事では近寄らないから。ルシルからもディリアスに近付くことはないし、さすがにこんな暴挙があれば、ルシルに異変が起きないはずはない。
原作のルシルには、ザック様のように助けに入ってくれる人などいないのだから。
つまり、今日の事はイレギュラーな事で、原作にはない行動という事になる。
それを陛下に伝えたらどうなるのだろうか。
上手くいけばディリアスは大人しくなるだろう。でも、その結果は針の筵で腫れ物扱いされる王太子殿下の誕生という事になる。
そんな状況になる事を、陛下は許しても王妃様は許しはしないだろう。
結果として、恐らく私は何某かの無実の罪で処刑台行きという事にならないだろうか?
私を罪人としてしまえば、殿下の顔が立つ。それに、ローズシェット公爵家も罪人の一族として取り潰し、または没落の一途を辿らせられる。
……そんな話、どこかで聞いた事はない?
「父上に伝えるというのか…。」
「……殿下が、一つ約束をして下さるのならば、伝えませんわ。」
「約束…?」
「…どういうおつもりで?」
ザック様(コクヨウver.)は怪訝そうに眉を顰めながら私に問う。
わかっている、わかっているけど、これは陛下に報告出来る事では無い。息子は確かに頭空っぽだけど、陛下や王妃様はそうではなく、立派に歴史あるアリエスハイム王国を治世する王と、魍魎跋扈する貴族のご婦人方の頂点とも言える王妃。
例え我が公爵家に反逆の意思などなくとも、私が王家につかないかもしれないと思えば、すぐさま私を消しにかかるだろう。
何せこれは、ザック様ルートで迎えるとあるエンディング分岐点。
本来は私の位置にいるのはリナリーで、ディリアスはここにいないのだけど、謎の男達に絡まれ、コクヨウに化けたザック様と初めて会う、本来のザック様初対面イベント!!
日付はズレてるし、私はリナリーではないし、ディリアスはここにいるし、ザック様のセリフも違うし、私とザック様は初対面ではないけど、ザック様がキレて男達を追い返すのはそのまま。そして原作ではこの事を学園側に相談するか、何でもなかった事にするかで分岐が発生する。
学園側に相談すれば、それは陛下の耳に入る事になり、聖属性使いが狙われたと危機感を覚えた陛下はリナリーを王城に軟禁し、そのまま一生を過ごす事になる。そして首謀者としてルシルが仕立て上げられ、ローズシェット家は一族郎党処刑台へと送られる、つまりはバッドエンド。
諸々事情が違えども、もしもこれが原作の初対面イベントではなかったとしても、私はそんな冒険は出来ない。
何せ、これはゲームの中のセーブロードをすれば戻ってこれる世界なんかではない。今は今しかない、現実なのだから。
「今後、殿下から私に近付く事は控えていただきたいのですわ。」
「な!?お、俺は王太子だぞ!そして貴様は俺の婚約者だ!!」
「勿論存じ上げておりますわ。ですが、その婚約者にこんな事をなさったのは殿下です。」
「っ…貴様…!」
「このような蛮行、本来であればすぐに王家に抗議すべき所ですが…こうしてコクヨウ様のお陰で私は偶然にもほとんど無傷です。そして私は、このような指示をした殿下には、暫く近付きたくはありません。」
ぎり、と歯を食いしばりながら、ディリアスは私を睨む。少し震えているのは、さっきの名残か、私への怒りか…まあ、どちらでも関係はないのだけれど。
「ですが、殿下と私の婚約は陛下がお決めになられた事。かの素晴らしき国王陛下のご決定には従う所存ですので、破棄とまでは言いません。殿下と私が真の夫婦となる日まで、私には近付かないで下さいと、申し上げているのです。」
「…貴様に、俺がわざわざ自分から近付く用事など、ない…!」
「そうですか。では契約成立という事で宜しくお願い致しますわ。」
そう言ってにっこりと微笑めば、悔しげに顔を歪めながら、ディリアスは校舎の方へと駆け出していった。
まあ真の夫婦になる日なんて永遠に来ないけどな!そんなもん来る位なら他国に亡命してやるわ!
これでなんとか穏便に終われる…と一息ついた瞬間、後ろからくつくつと喉の奥で笑う声が聞こえた。
「…ザック様。」
「いやあ、今のは中々いい見世物だったな。まさか自分の婚約者に近付くなと言われるとは、誰も思ってねえだろう。」
可笑しそうに目を細めて、ディリアスが走り去った方向を見つめるザック様。どうやら彼の怒りはおさまったらしい。
「あの、改めて、助けていただいてありがとうございました。」
「変な格好をした奴らがここに隠れるのを上から見てたんでな…面白い物が始まるかと見ていたが、あまりに気に入らない展開だったから、邪魔しただけだ。それに…。」
「?…それに?」
ふっと笑みを消したザック様はこちらを向いて当たり前のように言う。
「お前は俺のモノだ。」
…ずるいなあ。
こんなイケメンに白馬の王子様みたいに助けられて、そんな真面目な顔で俺のものだって言われて、ときめかない女子なんかいないでしょ。
これはもう、推しとかそういう事じゃなくて、普通にときめくわ。
「…ザック様は、ずるいです。」
「あ?どういう意味だ。」
「そのままの意味です!じゃあ、私はもう行きますので!」
反論する隙を与えず踵を返し、走り出した私は、その後ろでザック様がどんな表情をしていたかなんて、知る由もなかった。
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