Act.20 ホットミルクには蜂蜜がないと
「明日は用があるから、近々機会を設ける。その時にしてくれ。」
「わかりました、では今度ご紹介致しますわね。ところで兄様、最近何か変わった事などありましたかしら?」
「変わった事?何故だ?」
「ただ兄様と他愛ない話をしたいだけですわよ。」
「…特に変わった事などはなかったが…ああ、そういえば昨日、ディリアス殿下と口論になったと聞いたが。」
昨日?といえば…ああ、中庭のあれか。口さがない者が兄様の耳にも入れたんだろう。
だがそんな事は特に変わった事ではない。
元より私とディリアスの不仲は有名で、貴族社会では常識のようなものだ。
ただ、普通ならそこで婚約破棄させ、自身の娘を、などと考える不埒な輩が出てもおかしくはない、というか、普通の貴族社会ならとっくにされている。
確かにそんな家もあるが、ごく僅かで、理由は言わずもがな、あの性格だ。可愛い娘をあんな男にくれてやりたくない者、娘から嘆願されてしようとはしない者、あの男の治める王代に期待もしない者。色々いるが、全員があの男に期待を掛けていない、というのが本音だろう。
ゲームの時には描かれていなかったこういう背景事情を知ると、本当にアリエスハイムは大丈夫なのかと不安になる…。
唯一の救いは、現国王陛下がまだ30代とお若く、王代はまだまだ続くであろう事くらいだろうか。
「瑣末事ですわ。兄様が気になさるような事では御座いません。」
「…ディリアス殿下は、直らないか。」
「昔からあの様子ですもの。出会った時からずっとあのままですから、生涯あのままではないですかしら。」
「……出会った時から変わらないからな。優しかった事など…。」
「仕方がありませんわ。」
「ルーシー、お前は、殿下と出会った時の事を覚えてるのか。」
「あんな思い出深い出会いなんて他にありますかしら?薔薇の茨に埋もれたのは後にも先にもあの時だけですわ。」
「っ……そうか。そうだな、普通はあってはならないことだ。」
「ええ。あの時のまま、殿下は何も変わっておりませんもの。」
「…やはり、ディリアス殿下との婚約は…。」
「なんですの?」
「……いや、なんでもない。そろそろ休憩は終わりだ。」
兄様はそういうと、残っていたお茶を飲み干し、書斎机に戻って行った。
ある程度の目的は達成したし、これからはこうしてたまに話をしに来れば色々と聞けるだろう。
そう思い、私も静かに書斎を後にした。
夕食を終え、自室に戻りシャワーを浴びた後、ベッド脇のチェストの上に十枚程の紙束が置いてあった。
恐らくカインが持ってきた、兄様の知っているエリオットのお題集だろう。
その書面に目を通しながら、ソファへ座る。
兄様の方には特に変な事は起こってないようで安心した。この感じだと私とリナリーが原作にない行動をした時、その場にいたキャラのシナリオが変わっていってるということだろうか。
という事は…。
「…物凄く嫌だけど、ディリアスルートも確認しなきゃいけないのかな…。」
これについては明日リナリーと会ってまた相談するしかない。
もしもハリーの方に変化があったならそれでもこれからの行動を考えなきゃいけなくなるし、それに、ザック様の行動も読めなくて怖い。
リナリー視点じゃないSWを考える事なんてなかったもんな…。
その上私が目指すルートは幻のルート。
ただでさえ、リナリーの役割をルシルがやらなきゃいけないハードルがあるのに、その上未知の禁呪を解呪しなきゃいけないのだ。
呪の事も調べなきゃいけないし、ルシルとして学園の首席を取られる訳にもいかないから勉強もしなくちゃいけない。
やらなきゃいけない事が多過ぎて…どれから手をつけようか。
「はあ…もう攻略本でもほしいんだけど…。」
やると決めた以上はやるつもりだけど、余りにも手探り過ぎて、嘆きたくもなるものだ。
気持ちを切り替える為にも、今日あった事やらをまとめておこう。
「…うーん、眠れない。」
すっかり夜も更けて、もう時計の針は天辺を過ぎているのに、眠気はなかなかやってこない。
怒涛の一日だったし、疲れてると思ったのだけど、ザック様の事をまとめている間、テンションが上がりすぎたせいだろうか。
仕方ない、ホットミルクでも貰おうかな。
そう思って私はそっと部屋を抜けて、厨房へ向かった。
「お嬢様?どうしました、こんな真夜中に。」
階段の辺りで、ランプを持ったカインに出会った。
驚いたように、カインは慌ててこちらへ駆け寄ってきた。右手には分厚い紙束を持っていて、恐らく今まで仕事でもしていたのだろうと当たりを付ける。
「カイン。まだ起きてたのね。」
「ええ、それよりもお嬢様、そんな格好では冷えます。何か用事がおありで?」
「なかなか眠れなくて。ホットミルクを貰おうと思ったのよ。」
「でしたら、私がお持ち致しますので、お部屋で休んでいて下さい。」
「貴方のホットミルクは甘くないもの、料理長のがいいわ。」
「料理長はもう休まれております。ブランデーを少しと、蜂蜜をたっぷり入れたホットミルクをお持ちしますから。お風邪を召される前にお戻りを。」
「まあ…本当?蜂蜜たっぷりにしてくれるの?」
「…セオドア様には、秘密ですよ。」
「ふふっ…ええ、わかったわ。」
なんだか子供の頃に戻ったようだ。
あの頃はカインももっと小さかったけれど、何かを頑張った日にはこうして、兄様には内緒で一つ御褒美をくれる。
今日はきっと、兄様といっぱい話したからだろう。
なんだかんだ、私の使用人達は、私に甘いから。
ほっこりと温まった胸をそのままに、私は自室へと戻った。




